第26話 小さな小さな収穫祭

 次の日。わたし達はまた、街の大通りに繰り出していました。昨日と同じようにたくさんの人でごった返していて、手を繋いでいないとすぐにはぐれてしまいそうです。


「今日は収穫祭に参加しましょう」


 繋いだ手を揺らしながら提案すると、フレッド君はその手をぎゅっと握り返して頷きました。


「それは構わないが、役場に行くのか?」

「はい。もし駄目ならフレ――」

「いつもと同じで良い」

「……わかりました。ありがとうございます」


 フレッド君だけでも、と言おうとしたのがわかったのか、すぐに遮られてしまいました。


 収穫祭の醍醐味は食事を楽しむことにあると思っていますが、その本来の目的は、儀式を行うことです。基本的には役場で行われ、農村では収穫物の奉納を、他の街や村では特産物やお金を奉納します。そして、そこで振る舞われるパンとスープを、感謝の気持ちとともに頂くのです。


 ちなみに、神殿にいた時はまた別で、そこで巫女として神事に参加していました。それも随分と昔の話で、しばらくは通常の儀式にしか参加していません。と言っても――


「きっと、『駄目だ』と言われてしまうでしょうけれど」


 収穫祭の儀式は、魔力を扱うものです。忌み子であるわたしが、神殿以外の公の場で参加させて貰えたことはありません。与えられた小さな部屋で一人、ささやかに儀式を行うのが、わたしの収穫祭でした。


 フレッド君に出会ってからは、それが二人に増えました。彼は参加できないというわけではなかったのですが、「どうせ魔力がないのだから、どこでやっても同じだ」と言って、わたしについて来てくれたのです。




「駄目だ」


 ですよね……。

 役場に入ろうとした途端、入り口に立っている魔兵団の人に、予想通りの台詞とともにつまみ出されてしまいました。粘ることもせず、そしてフレッド君が怒り出す前に、そそくさと退散します。


 ……駄目とわかっているのなら、初めから諦めれば良いものなのですけれど。わたしだって普通の儀式に参加してみたいのです。少しくらい期待したって良いですよね。


「さて。どうするか」


 それはともかくとして、公の儀式に参加できないことに変わりはありません。役場を離れてから、フレッド君はやれやれといった様子で聞いてきました。


「そうですね……街外れの空き地でも探しましょうか」

「宿じゃ駄目なのか?」


 単にこの状況に呆れて呟いただけだったのか、はたまた空き地というのが想定外だったのか、彼はすぐに別の案を提示してきます。


「問題はありませんが、できれば避けたいのです。それなりの魔力を使うことを考えれば、強い結界を張らなくてはいけないでしょう?」


 さすがに、宿の中で何の対処もせずに魔力を扱うことはできません。ですが、そのために結界を張ってしまうと、今度は儀式の意味合いが弱まってしまいます。


 その点、王都でわたしに与えられていたあの小さな部屋は便利でした。何しろ、「忌み子の部屋」として作られたものでしたから、魔力暴走を起こしても周囲に影響が出ないくらい、頑丈だったのです。

 かと言って、中で使った魔法が全く外に出ないというわけでもありませんでしたし……。壁に何か秘密があったのでしょうか、今更気になって――


 と、今はそういう話ではありませんでした。


「……調合室だけでも、借りられたら良かったのですけれど」

「あの様子じゃあ無理だろうな」

「とりあえず、儀式用の食材を買っておきましょうか」


 食材の用意をしている間に、とても良い案を思いつきました。昨日のが余程気に入ったのか、気泡の入ったお酒をじぃと眺めているフレッド君の袖を引きます。


「宿のお部屋にしましょう。わたし、良いものを見つけたのです」


 そう言うと、フレッド君は一瞬固まりました。微笑みを返しながら上げた視線の先には、鍛冶屋さんから伸びる煙突があります。




「なぁ……これ、何だ?」

「何だ、って、煙突ですよ。魔力は全部、あの空の上に流れるのです」


 部屋の中で張ったのは、できる限りの強力な――勿論、隠蔽付きです――結界と、その天井、真ん中辺りに開けた穴から突き出した細長い結界です。それはぐんと筒状に伸び、この街の建物より何倍も高いところで途切れています。


 フレッド君がぼぅっと結界を眺めている間に、パンと、作ったスープを並べました。


「眠りにつくは、四つ森の夜。温かき情に包み、その時を蓄えよ……」


 これは、土の女神様に対する感謝と、新たな季節を無事に迎えることができるよう祈りを捧げる言葉です。わたしが魔力とともにそこに込めるのは、今年の実りに対する感謝と、“気”と魔力という巡りへの祈り、それから、この土地が豊かであり続けることへの期待――それは神様というより、自然そのものを讃える気持ちが強くて、自分でも苦い笑みを漏らしてしまいます。


「おい」


 と、唐突に肩を揺さぶられました。目を開けると、溜め息どころか、もう片方の手で眉間を押さえたフレッド君。首を傾げると、彼はもう一度溜め息をついて窓の外を指差しました。


「魔力を使い過ぎじゃないのか」

「フレッド君の分も含めているのですよ。これくらいが妥当です」


 窓の外を見ると、自分の魔力がずっと高いところからぱぁっと広がり、この街や周りの畑にきらきらと降り注いでいるのがわかります。それは街のあちこち――特に役場から漂う他の人の魔力と混ざり合い、とても美しい景色でした。

 それに、目立つのは良くないと思って、あんなに高いところから降らせるようにしたのです。何もおかしなところはありません。


「何を言ってるんだ。どう考えても妥当じゃないだろう? いつもはもっと少なかったはずだ」


 けれども、フレッド君は何だか怒っているようです。


「フレッド君こそ、何を言っているのですか? ここは西部領、土の民の土地ですよ? この豊かな自然に、たくさんの魔力を捧げるのは当然のことではありませんか」


 わたし達が便利に使っている魔力は、自然の“気”を変換したものなのです。自然にとっては生命力そのものと言っても良いそれを、人間が独占して良いはずがありません。回り、巡らせ、そうしてまた魔力として戻ってくる……その流れを大切にしなくてはいけないと、そう思っています。

 王都を出てからは、特に強く感じるようになりました。タックスの丘や、ニースケルトの海、悪魔のいた洞窟……それから、チャトゥちゃん達が住む、土の民の村。全部、中心には“気”がありました。


「魔力を使うなら、その力をお返しすることだって、必要だと思うのです」

「その理屈なら、俺の分を含める必要はないんじゃないか? 魔力なんて使ったことないぞ」

「……神様からしたら、『おや、この者は感謝もなしに図々しい』と思われてしまうかもしれませんよ?」

「そんなこと言うかよ。というかお前、神なんて信じてないだろう?」


 ふふっと笑ったのも束の間、続いた言葉に目を見開きます。


「ど、どうしてそれを……?」

「見ていればわかる」


 最後にそう言って口の端を持ち上げたフレッド君は、「まぁ良い」とテーブルに着き、スープを飲み始めました。

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