第15話 閑話 フレッド視点 耳飾りの贈り物(後編)

 次の休み。マイナの家の鍛練に行くとリルに伝え、実際に鍛練に顔を出してから、カラットが営む宝石店へ向かった。


 この前はこちらを睨んできた用心棒に「おう」と挨拶――と言っても良いのだろうか――をされたので、軽く会釈を返す。そのまま中に入ると、丁度ウィルムが店に出ていて、カラットと話をしていた。カラットはすぐ、こちらに気づいた。


「お、フレッド君だ。今日は一人かい?」

「あぁ。頼みたい物があってな」


 そう言うと、あからさまにがっかりした顔になるウィルム。そう言えば、リルは随分とこいつの能力を買っていたな。お互いに、だったのか。


「もしかして、リルちゃんに贈り物をする気になったのかな?」

「……まぁ、そんなところだ」

「へぇ! それは是非とも、成り行きを聞いてみたいね」


 ……この街の連中は、その手の話が好きな奴が多すぎないか? さっきも鍛練中に、リルとのことを色々と聞かれたのだ。何故そこまで聞きたがるのか……正直、放っておいてくれと思う。


「何でも良いだろう。で、良い宝石はあるか?」

「はいはい。……そりゃあ、良い宝石は置いてるよ。どういうのをお望みで?」


 何を贈るかは、もう決めていた。


「耳飾りを作って貰いたいんだ。それに合う物にしてくれ」

「魔法陣は刻みますか? 補助とか、強化の……」


 ウィルムがそう聞いてきた。俺は少し考えて、首を振った。


「いや……魔法陣ならあいつは絶対に気づくし、発動させる前に効果もばれてしまうだろう。それなら、純粋に綺麗なだけの宝石の方が良い」

「なるほど。でもどうせなら、リルちゃんを驚かせたいよね……。うーん、石そのものに効果があるもの、とか?」

「魔法具や研究に使わない宝石なら、リルちゃんも知らなさそうですよね」


 ……こいつ、あの短時間でリルのことをよく理解しているな。確かに、リルの知識はかなり偏っている。本人もそれは自覚しているのか、はたまた行動指針に従おうとしているのか、なるべく様々な知識を取り込もうとはしているのだ。しかし結局、自分の興味には逆らえていない。


「あぁ、それなら良いだろう。金ならある」


 そう言うと、二人は似たような顔で目を光らせた。


「……フレッドさん。リルちゃんの魔力は、簡単には尽きないと思いますか?」

「ウィルム! まさか――」


 しかし、ウィルムの言葉にさっと顔色を変えたカラット。魔法に関係無い物にするのではなかったか、と思ったが、とりあえず様子を窺うことにした。


「フレッドさんの話を聞いてから、リルちゃんに相応しいのはそれしかないと思いました。いえ、逆ですね。あの宝石に相応しいのは、リルちゃんだけです」

「いや。まぁ、ね……それは同意できるけれど」


 そこでちらっとこちらを見てくる。俺に聞くな、と言うように肩を竦めると、カラットは溜め息をついた。


「……大金貨三枚。もちろん即金で」

「構わない」

「はぁ。絶対に、リルちゃんより君の方が金銭感覚がおかしいよ」

「そんな物を子供に売りつけるあんたらの方がおかしいだろう。それより、その価値の説明をしてくれ」


 それからカラットは店を閉め、俺を奥に案内した。




 説明を聞き終わって、俺は溜め息をついた。


 ――傾国の宝石。


 カラットがそう呼んだ宝石は無色透明で、包んでいた布の上で静かに輝いている。先程、魔力についてウィルムが尋ねてきた理由もわかったし、それがリルの興味の範囲外――つまり、魔法とは関係がないこともわかった。

 この素朴な見た目からは想像ができないような大仰な名前だが、その価値は確かにリルに相応しいと思う。……そして、それを身に着けるリルを見てみたい、とも。


「この宝石を知る人――まぁ宝石商ですら殆どいないのだけど……本当に怖いのはこの価値を知ってる人なんだよね。だから、色の付いた他の宝石に寄生させることをおすすめするよ。リルちゃんなら色々な意味で大丈夫そうだけど、一応ね」

「……そんなことができるのか」

「勿論。ウィルム、最高品質の色付きを」


 傾国の宝石とは違い、今度はわかりやすく綺麗な宝石ばかりだ。基本的な色は揃っていて、これが全て最高品質だというのなら、やはりカラットは侮れない。


「好きな色を選びなよ。こっちの代金は要らないから」


 そう言われて、俺は宝石をじっと見つめた。それから目を閉じ、リルの姿を思い浮かべる。やはり赤色の系統が良いだろうか?


 ……いや、違うな。


 そこで俺は、この前のマイナの言葉を思い出した。少し悩んでから、並んだ宝石の中で最も深く光る、濃い青色をしたそれを手に取る。


「へぇ。意外と、粋なことをするんだね」

「うるさいな」


 にやにやと笑うカラットを睨む。それから手の中の宝石に視線を戻し、それを身に着けるリルを想像した。……悪くない、か。

 だがきっと、あいつはこの意味に気がつかないだろう。丁度、髪色の話をしたばかりだ。空の色として受け取るような気がした。だがそれで良い。寧ろ気づかないでくれ、と願いながら、俺は自分の瞳と同じ色をした宝石を、手の中で転がした。




 ……驚いた。


 右手に握ったそれを、まじまじと見つめる。目の前にいるリルの魔力、それをより強くしたものが手の中にあった――。


 互いに依頼が終わった次の日、リルに誘われて海へと来ていた。「話がある」と言ったのは、俺の準成人を祝い、贈り物まで用意してくれていたからだったらしい。祝いの言葉はともかく、これは想定外だった。

 それも、魔力金属で作られたナイフだ。本来、伝説級の武器に使われているような素材――というより、伝説級の戦士が戦いの中で、魔力と武器を少しずつ同化させてしまってできる、というのが実際の成り立ちだったはずだ。狙って作れる物ではないと前に何かの文献で読んだことがあったが、それをこいつは……。


 こんなとんでもない物を寄越しておきながら、不安そうにこちらの反応を窺うリル。お礼を言うと、ほっとしたような、照れくさそうな顔で笑う。自分がどれだけ無茶苦茶なことをしているのか、きっと気づいていないのだろう。……それからこの贈り物が、明らかに友人の関係を越えた内容であるということにも。

 しかしその嬉しい呆れは、その後のリルの言葉に吹き飛ばされた。


「……リル。お前は俺に、見習い仕事を始めて欲しいのか?」


 出てきたのは自分でも驚くような、苛立った声。そしてそれに怯えるリルに感じたのは、罪悪感と寂しさだった。

 こいつには、そんなことを聞かれたくなかった。他人に聞かれるのならともかく、当たり前のように隣にいて、一緒に旅をすることくらいは望まれていると、そう思っていたから。


「いや、悪い。……これは八つ当たりだな」

「……?」


 だがそれは、リルが悪いわけではない。俺がリルとの旅を望んでいるということを、もっと早く自覚して、はっきりと伝えなければいけなかったのだ。


「俺はこの旅が気に入ってるし、止めるつもりもない。だから……俺が旅を続けるか否かは、リル、お前が決めろ。俺はそれに従うから」


 これは狡い言い方だ。リルが抱えているものを知りながら、全てを委ねるという覚悟を見せるのだから。そうすれば、リルは自分も覚悟を見せなくてはと、そう考えるだろう。五年の付き合いは伊達ではないと思いたい。


 穏やかな口調で強めの言葉を口にすると、リルは怯えた表情を戸惑いに変え、それから意味を飲み込んだようにゆっくりと頷いた。


「……わかりました」




 それから今度はこちらが話をする番に。と言っても、贈り物を渡すだけだし、それもリルに先を越されたばかりだが……まぁそれは良い。


 渡した包みを開けてその中身を確認すると、リルは物凄く不思議そうな顔をした。確かに今まで贈り物をしたことはなかったが、そこまで疑問に思うことだろうか。

 もしかして拒まれてしまうのだろうか? という不安が頭をよぎり、しかしすぐにそれを打ち消す。……あの人攫いに明らかな罠として渡された物でさえ、こいつは受け取ってみせたのだ。


「贈り物は拒まないんだろ?」

「……? まぁ、そうですね」


 ……これは完全に忘れているな。俺はあの時のリルの言葉を思い出して、口の端を歪めた。


 贈り物を拒むのは、失礼ではありませんか――


 そう笑ったリルがあまりにも綺麗で、あんな状況にもかかわらず、俺は思わず見惚れてしまったというのに。


「驚きましたが、嬉しいのも本当ですよ。ありがとうございます」

「あぁ」

「綺麗な色ですね。夜が始まる時の空みたいです」


 やはりな。俺はそう受け取られた時のために用意していた、贈り物の意味を口にする。


「……この前ここで、お前の色の話をしただろ? せっかくなら、夜の色まであった方が良いと思って」

「なるほど。ふふ、これで夕焼けの完成ですね!」


 何かを言いかけて止めたリルが、それを誤魔化すように耳飾りを着けて「どうですか?」とこちらに見せてくる。


 その瞬間に湧き上がってきた感情を、俺は慌てて抑えつけた。……これは、まずいな。

 首を振ると、揺れる髪と耳飾りの残像が広がり、本当に夕焼けのようだった。髪から瞳、それから耳飾りへと色が流れていく――。夕方から、夜へ。赤から、青へ。リルが俺の色を身に着けている、それがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。


 しかし、楽しそうに耳飾りを揺らすリルを微笑ましく思いつつも、こちらだけが振り回されているこの状況が何だか腹立たしい。届かないことはわかっているが、少しくらい困れば良いと、リルの頭に手を置いてその動きを止めさせる。


「似合ってる。それに、いつでも綺麗な夕焼けが見られるみたいだ」


 リルが綺麗だ。そう言っているように、聞こえるだろうか。じっとその目を見つめると、彼女の緩んだ頬が、ほんのりと赤く染まっていく。その反応に、リルも少しは困っていることがわかり、俺は満足した。今はこれで良いだろう。


 ……いや、何を先に進もうとしているのだろうか。


 いつものように左手を胸に当てるリルを見ながら、この矛盾した感情をどうするか、ぼんやりと考えていた。

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