2章 忌み子で、魔法使い

第5話 畑の真ん中で

 次の日、お昼を少し過ぎた頃。

 わたし達は小さな村に到着しました。小さな、と言っても、十軒に満たない家の集まりを見た感想であり、広大な畑を含めれば、土地としてはかなり広い村です。


 しかし困った事に、この村には宿屋がありませんでした。村というのは、近くの街に付随している食糧庫、という認識が強いものです。旅人がわざわざ寄るような場所ではないので、おかしなことではありませんけれど。

 それでもこの村に来たのは、単純にこの道が一番近道だからです。わたしとしては村の端に場所を借りて、野宿をするのでも構わないと思っていたのですが……。


「この前野宿したばかりなんだから、休める時にしっかり休んだ方が良い。子供二人くらい、さすがに泊めてくれるだろ」


 確かにその通りです。図々しいと思われるかもしれませんが、何か言われたらお金を払うことも、お手伝いをすることもできますし……ここは村人さんの優しさに期待しましょうか。


 ひとまず住民を探そうと、フレッド君がわたしの手を引きます。すると、一軒、変わった造りの家が村の真ん中に建っているのを見つけました。

 基本的な形は他の家と変わらないのですが、平たい屋根の上には、内側に向いた椅子が四つ、取り付けられています。そしてそれは、何かの像を囲っているようです。

 像からは魔力の残滓が感じられるので、もしかしたら魔法具なのかもしれません。


「君は、魔法使いかね?」


 変わった家を眺めていると、その手前の家から、麦わら帽子を被ったおじさんが出てきました。いかにも農民らしい格好をしていますが、随分と気品のある動作で、何だかちぐはぐな印象を受けます。


「はじめまして、リルと言います。わたしは魔法使いですが、こちらのフレッド君は剣士です」

「そうかそうか、赤い髪だからもしかしたらと思ったんだよ。この村には何か用があったのかい?」


 麦わら帽子のおじさんはそう言うと、底光りのする目で一瞬わたしを見ました。ぎゅっと手を握ったわたしをその視線から庇うように、フレッド君が前に出ます。


「いや、俺達はニースケルトの街に向かう途中だ。今日中に次の街に入るのは無理だから、この辺りで一泊したいと思って」


 ニースケルトと言うのは、宝石屋のお姉さんが紹介してくれた店のある、南部領で一番大きな街――領都です。おじさんはまぁそうだろうな、という風に頷きます。


「それなら村長にお願いすると良いだろう。ほら、ついておいで」


 そう言って、変わった造りの家に向かいました。どうやらその家が村長さんのお家だったようです。


 引き戸を開けると、真ん中の妙に太い柱が目に入りました。そしてその奥に執務机があり、麦わら帽子のおじさんと同じ年代の、優しそうなおじさんが座っています。


「村長。今夜、この二人を泊めてやってくれないか?」


 事情を説明すると、村長さんは快く受け入れてくれました。「部屋を用意してくるから、適当に座って待っててくれるかな?」と言って、奥の通路に入っていきます。


 この部屋は村の人たちがよく出入りするらしく、わたし達が椅子に座って待っている間にも、何人かが書類を執務机に置いていきました。

 少し時間があるようなので、先程から気になっていた太すぎる柱について、麦わら帽子のおじさんに聞いてみることにします。


「この柱、家の大きさに比べて随分と太いですね。木とも違うみたいですが、何か意味があるのですか?」

「あぁ、これかい? ほら、さっき屋根の上の像を見ていただろう、あれの台座だよ。豊穣の女神様の像なのさ」

「だから周りに椅子が置いてあったのですね。……お祈りをする場所でしたか」


 神殿のない街や村には、代わりにお祈り用の魔法具を置くことがある、というのは聞いたことがあります。それがまさか、屋根の上にあるとは……。


「あれ、でもあそこまでどうやって上がるんだ? 外にも階段は無かったよな?」

「それはね、魔法を使うんだよ。……ほら、部屋の準備ができたから先に荷物を置いておいで。それから説明してあげよう」


 フレッド君のその質問に、戻ってきた村長さんが答えました。そしてわたし達をお部屋に案内してくれます。東向きで、色々な物が置かれていますが、簡易ベッドが二つ置かれていました。


「普段は物置として使っているのだけど、一応毎日掃除してるんだ。女神様の足元を汚くするわけにはいかないからね。少し狭いと思うけど、構わないかな?」


 勿論、と笑顔で頷き、お礼を言いました。

 荷物を置いて入り口の部屋に戻ると、早速村長さんが像の説明をしてくれます。


「まずあの像だけどね、あんなところに置いてることからわかるかもしれないけど、普通の祈りの像とは少し違うんだよ。実際に豊かな実りをもたらすための、魔法具なのさ。月に一度、四人の魔法使いが祈りながら魔法を発動させる。するとその年の収穫は増え、作物の質も良くなるという、素晴らしい恩恵を受けることができるんだ」

「複数人で発動させる魔法具ですか……。神殿魔法みたいですね」

「そう、神殿魔法そのものなんだ」

「この村に、それだけの魔法を使える魔法使いが四人もいるのか?」


 フレッド君の言い方は少し失礼かもしれませんが、わたしも気になります。

 魔法具を使うと言っても、神殿魔法は複雑ですし、光属性の魔力が多く必要なのです。それなりの魔法使いでないと発動できませんから、小さなこの村にいるとはとても思えません。


「神殿の巫女に来て貰っていたんだよ。ただなぁ……」


 寄付金だけではやっていけない神殿は、神殿魔法を必要とする場所に魔法使いである巫女を向かわせ、有償での事業を行うことがあるようです。その話に言葉を濁した村長さんを見て、麦わら帽子のおじさんが口を開きました。


「実は、あの像は魔法具だった、と言う方が正しいのだよ。前に来てもらった巫女が魔力を暴走させてしまってね、魔法陣の一部が壊れてしまったと」

「そうなのですね……」

「……そうだ、村長。せっかくだし、リルちゃんに見てもらったらどうだい?」

「え……? あぁ、いや…………でもなぁ……」


 名案だという顔のおじさんと、とてもばつの悪そうな顔の村長さん。話がわからず黙っていると、またおじさんが教えてくれます。


「その魔力を暴走させてしまった魔法使いはね、忌み子だったのさ」


 ……そういうことでしたか。


 それを聞いたわたし達は、何故村長さんの態度がおかしくなったのか理解しました。


 忌み子というのは、魔力を持ちすぎる体質の子供のことで、大量の魔力を扱いきれずに暴走させてしまうことがあるのです。昔はそれが神の怒りであると考えられ、生け贄にされることがほとんどだったと言われています。……さすがに今の時代、そのような話は聞きませんけれど。

 しかし今でも、少なからず忌避されているのは事実です。他人よりも家族に対するそれが顕著で、神殿や孤児院に預けられたり、大量の魔力を欲しがる人に売られたりと、雑に扱われることもあります。


 そして、その忌み子の最大の特徴は、赤い髪を持つということです。


 わたしは、左手を胸に当てて息を吐き、自分の肩にかかった赤い髪を見下ろしました。


「でもリルちゃんは、忌み子なのに神殿に入るわけでもなく自分で魔法使いをやれているのだろう? かなりの才能と努力が必要なことだろうし、そんな君なら魔法陣の直し方もわかるかもしれない」


 おじさんが期待するような目でこちらを見てきました。しかし村長さんは、忌み子であるわたしに対しての忌避感こそ無いようですが、やはり魔法を使うとなると躊躇ってしまうようでした。

 ……昔から何度も、疎まれたり蔑まれたりしてきたのです。今更、どう思われても気になりません。


「それに、村長は優しいから簡単にこの子らを泊めてやろうとするけれど――まぁ私も泊めてやることには賛成なんだがね、少しくらい手伝って貰ったって良いと思うのだよ」


 あれ、おじさんが村長さんのところを勧めてくれたのにな、と思いました。しかしフレッド君が「おい」と声を荒げたので、慌てて止めます。


「良いのですよ、フレッド君。元々、何かお手伝いができたらとは思っていたのですから」

「リルちゃんもこう言っていることだし。私達もそろそろ、忌み子を不必要に恐れるのをやめなくてはね」

「それは、まぁ……」

「それに、周りの椅子には守りの魔法がある。あの時だって大きな被害にはならなかっただろう。勿論、それだけで歓迎しようとは言わないが……」

「……わかった。けれどリルちゃん、決して無理をしてはいけないよ」

「はい、気をつけます」


 村長さんは躊躇いつつも、首に掛けて服の中にしまっていたペンダントを外しました。どうやら柱と同じ素材でできている魔法具のようです。


「この魔法具が、あの像のところへ連れて行ってくれるよ。柱に触れながら発動させるんだ。帰りも同じように像に触れて発動させることで、ここに戻ってこられるからね」

「待て。それってリルしか上に行けないってことか?」

「君が魔法を使えるなら行くことはできるよ」

「……リル、危険だから止めておけ」


 わたしはとりあえずペンダントを受け取って、発動しないようにごく薄い魔力を流しました。簡単に魔法陣の構成だけ確認すると、フレッド君に向き直ります。


「大丈夫ですよ。フレッド君は気にせず、外から見ていてください」


 彼には魔法が使えませんから、わたしが一人で上に飛んでバランスを崩してしまう事を心配してくれたのでしょう。けれども、この魔法陣は「飛ぶ」というより、柱の中を「伝う」というイメージのものでしたから、問題なく像のところへ行けるはずです。

 わたしは柱に手を触れて、魔法陣を発動させます。


 目を開けると、像に手を触れた状態で立っていました。


 少し待つと、村長さん達が外に出てきたので、軽く手を振ります。フレッド君はほっとしたような顔です。


 女神様の像も、柱やペンダントと同じ素材でした。これを見て思い出しましたが、確か神殿で使われる魔法具は全てこの素材で作られていましたね。……それにしても、神殿がこのような事をしていたというのは初めて知りました。


 薄く魔力を流すと、像に描かれた複雑な魔法陣が浮かび上がります。一箇所だけ魔力が流れないところがあり、確かにこれでは発動しないだろうということも、わかりました。


「うーん……」


 すぐに終わらせると、ちゃんと調べていないと思われてしまうかもしれません。像の周りをぐるっと見てみることにします。

 像の北側――女神様の背面に、一度欠けたところを埋めて修復したような跡がありました。同じ素材ではありますが、色が少しだけ、違います。


「ごめんなさい。わたしには直し方がわかりませんでした」


 一旦下に降りたわたしは、村長さんに謝りました。彼は少しだけ残念そうな顔をしましたが、すぐに「気にしなくて良いんだよ」と言ってくれます。


「少しもわかるところは無かったのかい? やはり、ちゃんとした魔法使いを呼ばないといけないな……」


 おじさんのその言い方に、フレッド君が眉を顰めました。神殿魔法なのですから、初めから神殿の人に依頼するべきだったのではとは思いますが……ここで争い事を起こしたくはないので、少しだけ「お手伝い」をしましょうか。


「少しだけ、本当に少しだけですけれど、理解できた部分もありました。一人ですし、気休めにもならないかもしれませんが……もし良かったら、再現してみても良いですか?」

「リル――」

「おお! それは素晴らしい! 早速準備をしなくては。村人も呼んで、宴にしようではないか」


 何も言わない村長さんを気にせず、麦わら帽子のおじさんは喜びのまま外へ出て行ってしまいました。その感情の差に、わたし達は呆気にとられてしまい、見ていることしかできませんでした。


「……悪いね、びっくりしただろう。祈祷は宴をしながら行っていたからね、久し振りで、彼も嬉しいのだろうな」


 そう言う村長さんは、目を細めて笑いました。


「実のところ、私も嬉しいんだよ。まだ、君のような境遇の子が魔法を使うことを怖いと思ってしまうのは確かだが……。作物が少しでも豊かに実るかもしれない、皆とまた楽しい宴をひらける、そう思うとね」


 わたしに対する感情を正直に言ってくれるところには好感が持てました。フレッド君も、面と向かって「忌み子」と言わない村長さんに対して悪い感情は持っていないようです。

 ……彼、わたしが「忌み子」と呼ばれるのをとても嫌がりますからね。




 日が暮れて、西の空だけが若干明るさを残している時間。わたしはまた豊穣の女神様の像、そのすぐ隣に立っていました。

 下を覗くと、村長さんの家の前にはいくつかのテーブルが並べられていて、五十人くらいの村人さん達が集まっていました。フレッド君も端に座っているようです。


 だんだんと騒がしい準備の音が静まっていき、まだ麦わら帽子を被っているおじさんが、こちらに合図をしてきました。


 わたしは左手を胸に当てて右手に杖を出し、ゆっくりと、大きな魔法陣を空中に描いていきます。祈ることはしません。ただ、隠蔽もない、少し魔法を勉強していれば理解できるような簡単な魔法陣を描いていくだけです。

 それは、植物の成長を促す魔法。

 実際に像に組み込まれていたものですから、わざわざ隠す必要はない、寧ろ使える人が出てくれば良いなという気持ちでした。


 普段は、まず薄い魔力で魔法陣を描き、後から魔力を流して発動させる方法で魔法を使っています。けれども今は、最初からしっかりと魔力を使っていました。最後の線を描き終えると、完成とともに必要魔力量に達した魔法陣が発動します。


 途端、村に流れている“気”が大きく動くのを感じました。それに合わせてわたしの魔力が流れ出し、畑の中できらきらと輝きます。


「綺麗……」


 下にいる人達にも、わたしの周りから魔力が流れていく様子が見えているようでした。うっとりとした表情の女の子に、小さく手を振ります。


 ……できれば、ここからの景色を見せてあげたかったですね。


 畑の方に目を向けると、まるで星空が落ちてきたかの様な、神秘的な風景が広がっています。

 やがて、作物に付いた魔力の光が揺れながら消えていくまで、わたしはそれを静かに見続けていました。

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