第761話 剛拳 vs 柔拳(前編)

 初夜が終わった、翌日の昼過ぎ。


 俺と咲良さくらマルグリットの2人は、ベルス女学校の敷地を歩く。



 貸し切りのゲストハウスで、それぞれに起床して、ロビーにある自動販売機のドリンクと、冷凍食品。


 そのため、慌てて食事をする必要はなく、適当にぶらついているだけ。


 けれど――


 身長150cmぐらいで、ツーサイドアップにした黒髪をなびかせた、紫色の瞳が、立ちはだかった。

 マルグリットと比べて、幼い雰囲気だが、胸は同じぐらい。


 1年の主席である、時翼ときつばさ月乃つきのだ。


 彼女は腕を組み、ゆっくりと話す。



「初夜は、待ってあげたよ? 次は、ボクの相手をしてくれても、いいんじゃない?」



 隣に張りついているマルグリットが、気色ばんだ。


「時翼さん!」


「咲良は、少し黙ってくれ……。君の立場を考えて、昨日は邪魔をしなかった! どうせ、室矢むろやくんは、責任を取らないんだし」


 月乃の周囲には、1年の女子もいる。


 学年主席は、このエリアの支配者。

 

 俺が同意するまで、逃がす気はないようだ……。



 横で腕を組んだままのマルグリットが、ぎゅっと、力を入れてきた。


 それを感じつつも、月乃の顔を見る。


「いいぜ?」



 満面の笑みを浮かべた月乃は、何度も、うなずいた。


「そう、こなくっちゃ! じゃあ、咲良には悪いけど……。うん! 明日の昼過ぎ。ちょうど、丸一日ぐらい――」

「俺に、勝てたらな?」


 笑顔のままで、小首をかしげた月乃は、尋ねてくる。


「どういう意味かな? あ! その趣向が、いいの? Hなゲームとか――」

「素手の格闘術で、俺を倒せたら、満足するまで付き合ってやる」


 片足で、タンタンと、地面を叩き出した月乃が、それでも、説明する。


「あー! 言ってなかったけど……。主席というのは――」

魔法師マギクスとしての、学年トップ。基本的に魔力の量だから、いったん決まれば、動かない」


 月乃は、足で踏み鳴らすのを止めた。


「分かっていて、言ったんだ? へー!」


 組んでいた腕を下ろす。


 片手を外側へ払う仕草で、取り巻きの女子たちが、慌てて、すみへ退避していく。


 それを見た俺は、同じく、腕を絡めているマルグリットに離れるよう、伝えた。



 1年エリアの歩道は、にわかに、緊張した空間へ。


 決闘が始まる前のように、月乃と向き合って、立つ。



 月乃は、最後のチャンスとばかりに、自己紹介をする。


「この言い方は、避けたかったけど……。ボクは真牙しんが流の人間で、学年主席は幹部と同じだ! 同じ四大流派とはいえ、千陣せんじん流で無名の君が、勝てるとは思えない」


 謝るなら、ここだぞ? と示した月乃に対し、俺は、はっきりと告げる。


「軽々しく、流派の名前を出すな……。お前も、ウチが式神使いとは、知っているだろ? 今回は、敵意を示さないために、式神を置いてきた。しかし、他流の人間と戦う機会は、貴重でな? あくまで、親善だ」


 息を吐いた月乃は、手の平で、自分のうなじをさすった。


「あっそ……。気持ちは、分かるよ? ただねえ……」


 軽くジャンプしながら、叫ぶ。



「そちらの武器がなくても、ボクに勝てるって考えが、気に入らない!」



 一瞬で低く飛んできた月乃は、ホバリングしながらも、突き出している片手を引きながら、反対側の掌底を前へ出し――


 同じように低く飛んだ俺が、右手で掌底にした腕を上から押さえつつ、左腕の肘でカウンター。


「くっ!?」


 自分が突っ込んでいく、顔の高さに、肘。


 顔面に肘を食らう前に、わざと足を崩した月乃は、両手で跳ねる形で、俺から距離をとりつつ、構え直した。


「少しは、武術の心得があるようだね? ……これ、持ってて!」


 上着のジャケットを脱ぎ、近くにいる女子へ放り投げた。


 続けて、拳銃を差したままのショルダーホルスターも。



 身軽になった月乃は、先ほどよりも、オーラを漂わせた。



「この状態でも、ボクはバレを持っている……。次は、魔力で身体強化をするから、そっちも準備しなよ? さもないと」



 ――死ぬよ?



 片手を前へ出すも、上げ切らない、自然体に近い構え。


 片足ずつ、ゆったりと動かしていく。



 俺も、霊力を循環させ、身体強化。


 なぜか、言わなければいけない気がして、月乃に告げる。


「お前は……まだ、知らないことがある」


「何かな?」



「敗北と、お前が使っている大陸武術の奥義だ……」



 凄みのある笑顔に変わった月乃は、すぐに返事。


「ふーん……。軽い骨折ぐらいで、済ませるつもりだったけど。予定を変えるよ! 1ヶ月は、病院のベッドに寝てもらう」


 言うや否や、月乃は、先ほどよりも速いスピードで踏み込むも――


 その途中で割り込まれ、気づけば、宙を舞っていた。


「つっ!!」


 追撃を防ぐための蹴りを交ぜつつのジャンプで、やはり立て直し。



 バランス感覚がいいし、勘もいい。

 異能のバロメーターである魔力も、大きい。


 並大抵の相手では、勝負にならないだろう。


 少なくとも、こいつの得意分野である、正面きっての格闘戦では……。



 ――私の娘をよろしくね?



 どこかで、そんな言葉を聞いた気がする。



 月乃を視界に収めつつ、円を描くように、摺り足で移動し続ける。


「お前が……今のままでいる限り、俺には勝てないぞ?」

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