第733話 四大流派の罪と存在しない『千陣重遠』ー④

「み、みやびは……この場にいる皆は、助けてください」


 震える声で、千陣せんじんゆうが、訴えた。


 それを聞いた、山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんは、今にも振り下ろそうとしていた刀を止める。


「委細、承知した……。この場にいる者の名誉は、私が守ろう。すでに死んだ者も多いが……まだ生き残っている場合は、こちらに攻撃しない限り、手出しせぬ」


 五郎左衛門の声を聞き、うつむいたままの勇は、微笑んだ。



 少なくとも、松川まつかわ雅は、助かる。

 

 どうせ、僕の命を捨てるのなら、千陣流と、他の四大流派も、救っておこう。



 返事はないものの、勇の雰囲気を感じとった五郎左衛門は、無言のままで、両手の刀を動かした。


 切っ先が、天を向く。


 微妙に両足を動かし、改めて、ポジションを固めた。


 上から、晒された首を見て、その関節部分に刃が滑り込むよう、狙いを定める。


 いよいよ、片足を踏み込む。



 刃筋が立っている、速度がある振りに特有の、風切音。


 ヒュンッと鳴るも――



「くうっ!」


 肉を切り裂く、ザシュッという音は、勇の手前だった。


 その悲鳴も、彼にあらず。



 驚いたように、五郎左衛門が、振り下ろした刃を外しつつ、後ずさった。

 刃は、血で濡れている。


「お主……」


 恐怖のあまり、固まったままで震えていた勇も、恐る恐る、自分の上に覆いかぶさっている人物を見る。


 そこには、自分がよく知っている顔が、あった。



「うっ……」


 背中を深く切られた雅は、小さく呻いた後で、勇の背中から、ずり落ちた。


 ドサッと、受け身なしで、イベントホールの床に、横たわる。



「雅! どうして!?」


 思わず、両手で肩をつかんだ勇は、横になっている彼女に、問いかけた。


「私がここまで戦ったのに、あなた1人で、勝手に決めないでよ……。また、3人で……」



 所在なげにたたずむ五郎左衛門は、息を吐いた後に、片手の血振り。


 傍の妖怪から受け取ったもので、刀身をぬぐった。


「帰るぞ……。この女子おなごが、代わりに斬られた。それで、良かろう? 約束は、約束だ」


 不満そうに見ていた妖怪へ、言った。

 まるで、自分に言い聞かせるような口調だ。


 納刀した五郎左衛門は、影に溶けるように、消える。


 それにならい、他の妖怪たちも……。



 残されたのは、今にも絶命しそうな少女と、全てが裏目に出た少年だけ。


 四大会議に参加したVIPと、その護衛。

 あるいは、警備をしていた異能者の死体が、そこかしこに散らばっている。


 むせ返るような、血肉の臭い。



「雅! ごめん! 僕が――」

「ゆ、勇……。悪いけど……和眞かずまを……呼んできて」


 弱々しい声だ。


 松川雅の背中から、ペットボトルをぶちまけたような勢いで、血が広がっている。


 千陣勇は、急いで止血をしようと、動くも――


「無理……。もう、血が流れすぎた……。お願い……早く」


 仰向けの雅に言われるも、この会場に、九条くじょう和眞はいない。


 だけど、教えないと。


 あいつは、無事だよ。

 他の場所にいるからって……。



「か、和眞は……。和眞は……」


 涙声になりつつも、説明しようとする勇に、虫の息の雅が、小さな声で言う。


「えっ! 和眞が……来たの? 良かった……無事で……。どこ? 私、もう目が見えなくて」


 雅の目に光はなく、それでも、必死に探している。


 最後の力を振り絞ったのか、震える片手が、持ち上げられた。


 勇は、反射的に、その手を握る。



「私ね? あなたのことが……好きなの」


 触っている手から、その人物がいる方向を見たままの、雅。



 彼女の手を握っている勇は、口を開いては、閉じる。


 だが、どんどん失われていく体温に、決心した。


「あ、ああ……。僕もだよ、雅……」


 九条和眞の口調で、返事をした。



 雅は、すでに光がない目のままで、微笑んだ。


「ほん……とう? 嬉し――」


 力を失った手が、ドサッと落ちた。



「雅?」



 返事はない。


 震える手で、触ってみれば、雅は絶命した後だ。



「アアアアァアァアアアアアアッ!」



 絶叫した勇は、さらに叫ぶ。


「何でだよ!? 何で……。こんな事に……」



 そのまま、しばし泣き続けるも、やがて立ち上がる。


 フラフラと歩き、倒れている警備のホルスターから、拳銃を抜いた。


「今、僕も……」


 映画の見よう見まねで、上のスライドを引き、自分に銃口を向けようと――


 いきなり、銃を握っている手首をつかまれ、ひねられた。


 銃口を誰もいない方向へ向けて、その人物は当身を入れつつ、足で刈り、姿勢を崩して、怯んだ勇の手から、セミオートマチックを取り上げた。


 グリップの下からマガジンを落としつつ、スライドを引くことで、残った弾丸も側面から飛ばす。


 無力化した拳銃は、そのまま、下に落とした。

 すかさず、自分の足で、遠くへ蹴飛ばす。



「か、返せよ!?」


 思わず右腕を伸ばした勇に、兵士らしき人物は手でらしつつ、正面から首に片腕を絡ませて、後ろに引き倒す。


 かなり手慣れた動作で、ムダがない。

 何かしらの、軍隊式格闘術だ。


 勇は、ダアンッと、床に倒されたものの、後頭部を強打しないよう、右腕を掴まれたまま。


 兵士は、勇の右腕をつかんだまま、その手首を決めた。

 痛みによる誘導で、うつ伏せに。


 彼の左腕も後ろへ引きつけ、手早く縛る。



「死なせてくれよオオォォオオッ!」


 絶叫する勇に対して、猿轡さるぐつわが、かまされた。

 続けて、アイマスクも。



 ドシュン ドシュンと、ロボットらしき、足音。


 ウィーンと、回転する音も。



「生存者1名を確保! 大至急、搬送と身元の確認を――」


「現場のクリアリングを継続しつつ――」



 人の声と、軍靴のような足音が、多数。

 無線が発する、ノイズ。


 今頃になって、四大流派の部隊が、やってきた。


 それを理解した勇は、身動きできず、声を出せないままで、さめざめと泣く。



 19年前の『京都の四大会議』は、終わった。


 千陣勇を含む、わずかな生存者を残して……。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


「19年前の『京都の四大会議』は、その記録を抹消された……。さらに、1人だけ奮闘した、松川雅も……」


 俺が声に出していたら、女子の声。


「そうだよ。雅さまは、存在すら、消されたの……。ごめん。盗み聞きするつもりは、なかったんだけど……。そろそろ、食事の準備だから! な、何が、いいかな?」


 気まずそうに、さざなみ莉緒りおが、言った。



 立ったまま、後ろで手を組む莉緒に、お願いする。


「じゃあ……。ふたが閉まらないぐらいの、カツ丼で」


 顔を引きらせた莉緒は、すぐに笑顔へ。


「う、うん! 作ってみるから! ……だけど、思っていたよりも、元気そうで、良かった。待っててね!」


 そう言い残した後で、パタパタと、走り去った。



 元気も何も、今の俺は、原作の『千陣重遠しげとお』じゃないんだ。


 例えるのなら……。



『これが、カップ焼きそば? 冗談じゃない! 俺が、本当の味をご覧に入れますよ!』


『日本にも、良質の小麦を作っているところは、あるんだ! よし、次へ行こう』


『これは!? 野菜が、こんなに美味いとは!』

『本当! 信じられないわ!』

『そうでしょう。手間暇を惜しまない野菜は、それだけで、ご馳走だ』


『これが、本当の国産肉です。いつも食べているのは、だいたい輸入物だ』

『何てことだ』

『知らなかったわ……』


『ソースは、市販品なんですね?』

『ああ! さすがに、これを作っていては、キリがないんでね! 心配せずとも、選択を間違えなければ、美味いぞ?』


『鉄板焼きか! まるで、屋台だな!』

『ええ。結局のところ、家庭のコンロでは、不十分なので……。大火力で、別々に焼いてから、合わせるのが、コツです!』


『オホ―ッ! これは、いいね!』

『慌てずとも、全員の分をすぐに作りますよ! 最後に……カップ焼きそばのふたを立てかけて、完成だ!』


『お、美味しい……。これが、カップ焼きそばとは、思えないわ!』

『本当だね。切られた野菜の形が均等で、しっかり火が通っている』

『これなら、栄養もバッチリだな? お代わり!』



 カップ焼きそばの要素は、立てかけた蓋だけです。


 そりゃ、次元が違うだろうよ……。



 ここから、ついに、『千陣重遠』の出生を知るわけだが。


 それに対して、部外者の俺が結論を出したら、マズい気がするんだよねえ……。



 ともあれ、続きは、肉厚のカツ丼を食べた後で、考えるか。


 お腹が空いてきた。

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