第719話 「明日、母親に会いに行く」

「君たちが一番に到着して、現場を引き渡した形だから、刑事課も、五月蠅くない……」


 警察署で、課長の席に座っている人物は、言いにくそうに、話を続ける。


「ロックダウンしたビルを保有している医療法人も、『必要な措置だった』と、納得している。ま、自分とこの准教授が、身内に銃を撃ちまくったのだから、当然だが……。それで、君たちは、情報を刑事課へ引き渡したんだな?」


 お前らが隠し持っていて、後で問題になるのは、御免だ。


 そう言いたげな課長に、稲村いなむら奈央なおと、安里あさとメリッサは、肯定する。


「はい」

「間違いありません」


 首肯した課長は、残りの伝達をする。


「そうか……。ちなみに、現場で被害を抑えた、自称『刑事』の男は、例のダンサーで、間違いないそうだ。目撃した人間に、写真を見せての面通しで、全員が一致」


 警察庁の会議室で踊った室矢むろや重遠しげとおについては、名前も呼びたくないようだ。


 都市伝説のようだが、彼は実在している。

 その時の捜査本部長を含めて、キャリアを一掃した実績があるのだ。


 うっかり名前を言って、呼んだ? と出現されたら、怖い。



 大事なことで、奈央が発言する。


「本職らで、押さえますか?」


 座ったままの課長は、首を横に振った。


「いや、手を出すな! あまり口外できないことだが、彼は、Y機関の諜報員らしい。慣例的に、ウチでも、『警部』待遇になっている……。話を整理すると――」


 警察手帳の偽造と、行使。

 銃の所持と、発砲。


 これらは、言うまでもなく、重罪だが――


「慣例とはいえ、警察官に準ずる扱いで、『完全に違法か?』と言われれば、弱いんだ……。高蛇たかだ『准教授』が、先に撃ちまくったわけだし。現場で助けられた病院長や研究チームは、取調べで、『助けてくれた刑事さんに、お礼を言いたい』の、ベタ褒め」


「マッチポンプの線は……薄いですよね?」


 課長は、奈央の言葉に、うなずいた。


「ああ……。念のため、ダンサーが接触するかを見張るようだが、まずないだろう! 銃の所持と発砲についても、今から身柄を押さえたところで、どうせ何も出てこない。それでだな……。怒らずに、聞いて欲しいのだが……」


 気まずそうな課長は、2人に告げる。


「刑事課は、ダンサーが凶悪犯を押さえ、市民を救った功績を持っていく予定だ。要するに、乗っかると……。どういう理屈か知らんが、ダンサーの映像や指紋は、全く残っていない。そのうえ、犯人の高蛇は死んでいて、口なしだ。動機なんぞ、『仕事のストレス』で、十分だろう」


 安里メリッサが、恐る恐る、質問。


「あのー? ひょっとして、私たちがロックダウンをしてまで、取り逃がした室矢重遠の扱いは……」


 気の毒そうな表情で、課長が教える。


「室矢くんは、その場にいなかった。君たちは、そこらの通行人を犯人と間違えて、ロックダウンをさせたんだ……。そういう事になった……。で、書類を頼む」


「うっそでしょ……」

「ひえー!」



 2人の表向きの所属である、生活安全課。


 その課長は頭を下げつつ、すまん、と謝り、話を終えた。




 稲村奈央と、安里メリッサは、放心したまま、自分のデスクに向かい、とっとと書類を仕上げる。


 状況がシンプルになったことで、すぐに終わった。


 課長は何も指摘せずに、ご苦労さんと、あっさり通す。



 

 貧乏くじを引かされた2人は、げんなりした表情のまま、オフィスから出た。


 彼女たちの本当の仕事は、これからだ。



「あ、安里さん! 今、ちょっといいでしょうか?」



 呼び止められた2人は、足を止めた。


 見れば、自分たちと同じぐらいの、若い警官だ。


 階級章は、巡査部長。

 なお、2人も同じだ。



 稲村奈央は、安里メリッサのほうを見た。


 ほら、あんたが呼ばれたんでしょ?


 その視線を受けて、メリッサが、若い警官に応じる。


「えーと、何でしょうか?」


「ハッ! そ、そのですね……」


 チラチラと見られた奈央は、動き出す。


「先に、車へ行っているから……」




 ――20分後


 小走りの安里メリッサが、運転席のドアを開けて、滑り込んだ。


 後部座席にバッグを放りつつ、ドアを閉じる。


「ごめんごめん! 話が、長引いちゃって!」


 待ちくたびれていた稲村奈央は、隣を見る。


「んで?」


「お断り! 切々と、語られたけど……」


 

 助手席の奈央は、数え始める。


「これで、私が10回で、あんたが20回ぐらい?」


「そうだね! また、言われるのが、嫌だなあ……」


 メリッサは、溜息を吐いた。


 奈央も、後ろのシートに、もたれる。


「同じ女からも嫌われるって、どーなの……」



 異能者は、美人が多い。

 そして、この2人は、生活安全課の捜査員という肩書きで、公安の特務官だ。


 外回りが多く、余計に反感を買っている。



 運転席のメリッサが、話題を変える。


「今日は直帰にしたけど、後は?」


「本庁へ行って、情報を得ましょう。一度、考える必要があるわ……」




 ――デパートの地下駐車場


 停めた車の中で、話し合う。


「やっぱり、天野あまの領持りょうじの線で、追うべきね……。医学部の准教授が狂ったうえに、室矢重遠も、現場にいた。となれば――」

「高蛇『准教授』は、賀茂かもという人物を探していた。さらに、天野との共通点として、アン・賀茂・クロウリーがいる」


 頷いた稲村奈央は、腕を組んだ。


「たぶん、どちらも、アン・賀茂・クロウリーに、会いたがっている。天野の周りで起きた、連続の失踪事件も、きな臭い……。同じ研究チームにいたから、そこが接点ね?」


「うん……。総合病院を包んでいる、黒い円柱とか、雑音を気にせず、その研究チームを追った先に、アンがいると思う」


 奈央は、1つの心当たりを述べる。


「メリッサ……。明日は、ここに行きましょう」



 ◇ ◇ ◇



「戦中に研究所があった、病院の廃墟か……」


 目の前に浮かぶ、立体モデルを見ながら、俺がつぶやくと、悠月ゆづき明夜音あやねが、説明する。


「はい……。陸軍の科学研究所、それも公にできない、超人計画です。これは地下施設でして、その上に、通常の病院がありました。これを見てください」


 明夜音の操作で、古い新聞などの画像が、表示された。


「この科学研究所の存在は、今でも秘匿されています。ただし、当時の最先端の設備と、貴重な薬物が集まっていたことから、戦後にも重要な拠点で……」


「戦中から戦後にかけて、治療が続いていたと?」


 俺の指摘に、明夜音は頷いた。


「ええ……。中央病院として、かなりの権勢を誇っていました。地下に封印した科学研究所を暴かせないため、病院の経営者に補助金を与え続け、口止め料に」


「アン・賀茂・クロウリーとの関係は? どうして、潰れた?」


 明夜音は、“医療ミス” と銘打った記事を映し出す。


「賀茂が辞めた直後に、患者の人体が破裂するといった、大きな事故が起きています。その治療法を研究していた責任者である教授は、『賀茂くんに聞いてくれ!』と言うばかりで……」


「実態は?」


 溜息を吐いた明夜音は、別の資料に、切り替えた。


「状況証拠だけになりますが……。研究チームの教授が、賀茂の成果を横取りしたようで……。当時の彼女は、14歳ぐらいでUSユーエスの有名大を卒業して、ユニオンで医師になった後、すぐ来日。おそらくは、16歳です。いっぽう、日本で医師になるには、最短でも、20代半ば」


「飛び級の天才だろうが、ここの序列に従えと……」


 首肯した明夜音は、想像だけで、話す。


「はい、たぶん……。論文の名義は、教授でした。完全に奪った形で、賀茂の名前は、載っていません。そのせいで、彼は破滅したわけですが……。遺族か、その関係者に殺されているから、もう話を聞けません」



 まだ幼い彼女は、臨床医ではなく、研究医として、期待されたようだ。

 言い換えれば、自分の上司である教授に、逆らえない状態。


 人体からエネルギーを奪い、奇跡を起こしていた、天野領持。

 賀茂を探しつつ、狂った高蛇『准教授』も、その研究チームにいた。



 つまり、アン・賀茂・クロウリーは、錬金術を研究していたのだ。



「賀茂が最後に目撃されたのは、その中央病院か……」


 俺の質問に、明夜音が答える。


「ええ。それが、気になりますね……。研究成果を奪われた彼女は、退職しています。説得した教授に対して、『後悔しますよ?』とだけ、言い残したそうです。警察が本腰を入れて捜索したものの、目撃証言すら、出てきません」


「アン・賀茂・クロウリーは、トラップを仕掛けていたんだ。違法コピーをしたゲームでは、同じ画面がループするのと同じで……。医師の発想じゃないな。やっぱり、本質的に錬金術師アルケミストだ」



 彼女が、俺の母親かもしれない……。


 少なくとも、俺に『魔術師マルジンの杖』を仕込んだことは、ほぼ確定している。



「重遠……。大丈夫ですか?」


「ああ……。とにかく、明日は、そこへ行ってくる。高い確率で、彼女の手掛かりが……。ひょっとしたら、本人が潜んでいるだろう」

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