第709話 いずれ消えゆく王女の「トゥインクル・スターズ」ー④

錬金術師アルケミスト……」


 アドラステアの復唱に、クリスタはうなずいた。


「はい。そもそも、錬金術は、化学、医学などを総合的に追及する分野で、別に不思議ではありません。万物の根源を明らかにしつつも、それを利用する……。現代科学の台頭で、肩身が狭くなったようですね。私も、本物と会うのは、初めてです」


 知っているのは、一般論だけです。と続けたクリスタが、周りを見た。


「ここには、生活できるだけの設備もあるようですし。今日は、調査に費やしませんか? 本当は全てを回収したいのですが、恐らく、トラップもあります。『魔術師マルジンの杖』だけに絞って、その痕跡を調べましょう!」


「えーと……。ここには、もうないよね?」


 アドラステアの発言に、クリスタは同意する。


「はい、姫様! アン・カモノ・クロウリーは、錬金術の素材、または、仕事道具として、入手したのでしょう。ならば、どういう形であれ、自分の手元に置いておくのが、当然……。いずれ再利用する予定でも、いったん放棄した工房に隠すとは、思えません」


「ですよねー」




 ――4時間後


 アドラステアが周りの品物を触って、クリスタに怒られつつも、一定の成果を得た。


 念のために持参していた携帯食料と水で、体力を回復しながら、話し合う。


「かなり昔ですが、帳簿に大きな出費がありますね。たぶん、コレです」


 開かれた帳簿を覗き込んだアドラステアは、桁が違う数字に、驚いた。


「こんなに……」


「本物の『魔術師マルジンの杖』なら、これでも、安いですよ? 錬金術師なら、魔術的なブラックマーケットにも伝手があるでしょうし、日本行きの航空チケットの支払いと併せて、ほぼ決まりです!」



 腕を組んだ2人は、お互いに、自分の意見を述べる。


「私たちの目的って、何だっけ?」


室矢むろや重遠しげとおさまと、『伝説の魔術師』と呼ばれていた、マルジンの繋がりを調べることです。……そのミッションは、これで完遂したと思いますよ? ここまでの調査結果をまとめて、報告すれば、あとは日本の室矢家がやるべきこと」


 クリスタは、難しい顔になったアドラステアに、付け加える。


「アド? 私たちは、もう自力では、日本へ行けません。人に頼めば、筒抜けです……。室矢家に報告することが、最善でしょう? ここで、アン・カモノ・クロウリーの情報を死蔵すれば、その時間で彼女が身を隠すか、別人に成りすます事も……」


「そーですねー! これで、室矢家に交渉してみますか……」



 ひとまずの結論が出た瞬間に、別の声が響く。



「ああ……。それで、いいのじゃ! ご苦労だったな?」



 ブリテン諸島の黒真珠こと、室矢カレナだ。


 すでに彼女の権能を知っている、アドラステアたちは、全く驚かない。



 クリスタが、すぐに報告する。


「カレナ様! 室矢様との接点で、『魔術師マルジンの杖』が、円卓ラウンズの宝物庫から――」

「それは、知っておる」


 いきなりさえぎられて、クリスタは、溜息を吐いた。


 カレナが、笑う。


「そんな顔をするな! 約束は、守るのじゃ! お主らの調査は、十分に役立った。特に、この女の情報は……」


 受け取った書類の中で、カレナは、アン・カモノ・クロウリーに、強い興味を示した。


 気になったアドラステアが、質問する。


「彼女は、重遠に、何をしたんですか? どういう関係で?」


 ニヤリと笑いながら、カレナは、告げる。


「お主らは、知らないほうが良い……。1つだけ言えるのは、重遠は魔術を使えること。そして……」



 ――ユニオンにゆかりが、戻ってくるぞ?



 ◇ ◇ ◇



 室矢カレナの権能で、アドラステアたちは、王宮へと戻った。


 その一方で――



 急停止した車の列から、覆面をした人間が、出てきた。


 手に手に、銃火器を持っている。


 小隊と呼べる数で、アン・カモノ・クロウリーの工房に、迫る。



 かつて、アドラステアたちが通った扉に、手をかけ――



 周囲の一帯が、吹き飛んだ。


 その轟音は、投下された気化爆弾と似ていて、いかなる原理か、離れていた場所で監視していた人間にも、次々に細長い針のような物体が刺さり、無数のとげが生えたような状態で、倒れ伏す。




 さらに離れた場所で座り、カップラーメンの容器に向かっていた人物が、思わず、むせた。


「ゴホゴホッ! 何だ!?」


 それは、アドラステアと同じ列車に乗っていた、中年男だ。


 急いで、容器に入っている残りをすすった。



 双眼鏡を覗いている男が、報告する。


「隊長、爆発です! 対象Aが入った扉に、小隊規模の何者かが突入したことで!」


「ああ~ん? ……本当だなぁ? おいおい。まさか、あの姫さんも、一緒に消し飛んだのか!?」


 自分に聞かれても困る、と言いたげな表情で、監視していた男が、黙った。


 ピリリリという、呼び出し音で、隊長と呼ばれた中年男は、無線機を手に取る。


「はい。こちら、イージーダイナー。まだ、開店前だぜ? ……ふんふん。へー! そうか! まあ、細かいことは、いいや。こちらも、帰るから。以上」


 中年男は、説明を欲しがっている部下に、説明する。


「あいつら、もう王宮だとさ! 俺たちも、帰ろうぜ! いやー、ここでのキャンプを回避できて、助かったわ!! あの場所を調べられなかったのは、痛いけどよぉー! ところで、おめえの夕飯は、ダイナーのハンバーガーでいいか? 酒と一緒に、奢るぜ?」


「ありがとうございます!」



 ◇ ◇ ◇



 勝手に外出したことで、アドラステアは、近衛騎士の監視下に。


 貴族の令嬢や、平民出身だが、優秀な面子に囲まれ、私室ですら、気が休まらない。


「あ、あのー。少し、休憩されては?」

「ご配慮、ありがとうございます! 私たちのことは、どうか、お構いなく……」


 取り付く島もない返事に、アドラステアは、乾いた笑い。


 壁際で控えているクリスタは、専属メイドらしく、家具のように、気配を殺している。


 内心では、こうなって、当然ですよ? と突っ込んでいるが……。



 アドラステアは、まだ粘る。


「せめて、外で護衛――」

「一部では、姫様の処女チェックを行い、貞操帯をつけさせるべきだと、言われていますが?」


 冷たい返事に、さすがのアドラステアも、口を引きらせた。



 コンコンコン



『失礼します! ラウンズの正騎士、ブラッドフォード様が、お越しになりました。いかが、いたしましょうか?』


 くぐもった、女の声が、来客を告げた。


 室内で配置についている近衛騎士は、それぞれに、備える。



 アドラステアは、真剣な表情になった。


「用件は?」


『アドラステア様をホームパーティーに誘いたいと、おっしゃっています。……お、お待ちください、ブラッドフォード様!』


 ガチャリ


 左右の大扉を開き、1人の男が、乱入してきた。


 『円卓の騎士』で、彼女の婚約者候補、トリスタンだ。



 室内の近衛騎士たちが、つかに、手を添えた。


 すぐに抜剣できる姿勢で、トリスタンを睨み、一部は壁となる。



 トリスタンが暴走することを恐れ、アドラステアは、すぐに叫ぶ。


「構いません! 下がりなさい」

「ハッ! 失礼いたしました……」


 王女の指示で、女の近衛騎士たちは、柄から手を離した。


 そのまま、壁際へ下がった後で、待機する。



 ふんっ! と鼻を鳴らしたトリスタンは、近衛騎士たちに、興味を失った。


 ズカズカと歩いてきて、無断で、ソファーに腰を下ろす。


「また、勝手に抜け出たようだな、アド? 日本の失踪と併せて、もはや、お前にまともな縁談はない。知らぬ間に、どこかの男を咥えこみ、孕んでしまう女など――」

「トリスタン様!!」


 壁際のクリスタが、すぐに止めた。



 彼女は、『円卓の騎士』の一員で、アドラステアの従騎士だ。

 言うだけの資格は、ある。


 けれど、トリスタンは、意に介さない。


「出しゃばるな、アドの腰巾着ごときが! さて、本日、わざわざ足を運んだのは、他でもない。我がブラッドフォード家が主催するパーティーに、お前を招待するためだ。日程は、後ほど連絡しよう……。それだけだ」


 一方的に喋ったトリスタンは、すぐに立ち上がった。


 何か言いたげな、アドラステアを見た後で、嘲笑ちょうしょうする。


「すでに、国王陛下のご内諾をいただいている! お前にできることは、俺のご機嫌をうかがうことだけだ。せいぜい、着飾ってこい」


 くるりと背を向け、周りの視線を気にせず、アドラステアの私室を立ち去った。



 アドラステアが、クリスタを見たら、彼女は肩をすくめた。

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