第652話 俺だけが自分の正体を知らない会談

 都内とは思えない、優雅な日本家屋。

 京都にある、千陣せんじん流の本拠地を思い出すほど、伝統的な造りだ。


 中庭は四季を感じられる配置で、屋敷の縁側から眺めれば、時間を忘れられる。


 昔の日本家屋は、障子とふすまで仕切るだけ。

 防音という概念がなく、他の人間の気配、音をチェックしながらの生活。

 歴史では名前が残らない下働きが多く、彼らが自分の主に合わせていたのだ。


 特に、那須なす家のような、武家屋敷では……。



 俺を玄関で迎えてくれた男は、振り返りながら、話す。


「こちらです……。間に合って、良かった。そろそろ、出立するタイミングでしたから」


 灯りは、最低限。

 異世界のような薄暗い空間で、り足によって進む。



 案内役は、広間の前で立ち止まり、正座をした後で、中へ声をかける。


「千陣流の室矢むろや隊長が、お見えになりました!」


「おお!」

「これは、幸先が良い……」

九条くじょう隊長も、やはり考えてくださったのだな!」


 それらの発言の後で、爺さんの声。


「入ってもらいなさい……」


「ハッ! ……失礼します」


 案内の男は正座をしたまま、スーッと、襖を開けた。


 柔らかい光が天井から照らしている、広間だ。


 時代劇のドラマで、上様の謁見に使うような場所。

 大人数の宴会にも使える場所で、酒や料理の匂いや、まだ残されているお膳も。


 一面に畳が敷き詰められ、近衛師団の軍服を着た若者が整列したまま、正座。

 まるで、大名や家老に謁見するサムライだ。


 廊下である板張りから、案内の男が開けた襖によって、畳の感触に。


 白足袋しろたびで、第二の式神による、和装のまま。

 左腰には、刀を差している。


 全体が見える位置で立ち止まり、左右を見た。



 広間で正座をしている近衛師団は、全員が頭を下げている。


 学ランと似た詰襟つめえりで、憲兵のような雰囲気だが、それにしては華美。

 黒をベースに、金色のボタン、肩章、模様となっている金糸。


 蒸し暑くなってきた時期でも、冬服のような上下だ。


 腰には革のベルトで、側面に目立つホルスター。

 日本刀やサーベルを左側に置いていて、儀仗兵を思わせる制帽も。

 両手には白手袋で、完全な正装。



「千陣流の室矢です。はじめまして……」


 俺が自己紹介をしたら、近衛師団は顔を上げた。


 前列にいる、まとめ役と思われる男が、口を開く。


「自分は、篠塚しのづかと申します……。我々は、これより決起して、都内にある政治、治安維持、通信の場を掌握したうえ、四大流派と呼応することで、新たな日本を作る予定です! 陽動のMA(マニューバ・アーマー)の部隊は残念な結果になりましたが、まだ手札はあります。近くに潜ませている戦闘ヘリと、河川の船舶で、正義の鉄槌を下す所存! 室矢隊長については、九条隊長から伺っております。この場にお越しいただいたのは、我々と共に蜂起するため……と考えても?」


 これに対して、他の近衛兵も、騒ぎ出す。


「正義は、我らにある!」

「ネイブル・アーチャー作戦の艦隊を一蹴して、南極でも活躍された室矢隊長がいれば、千人力だ」

「大義と武力は、これで何の問題もない! 今すぐに、出立しよう!」

「ああ! この方のを考えれば、逆らう者が悪だ!!」

「四大流派にも、いなとは言わせぬ!」


 気の早い近衛兵が立ち上がるも、周りに引き留められる。


「落ち着け! まだ、室矢隊長のお言葉を聞いていないぞ!?」


 静まった場で、全員の視線が、俺に集まった。



 九条和眞かずまは、近衛師団と面識があるようだ。

 話しぶりでは、最近に話し合ったらしい。


 千陣夕花梨がにらんだ通り、和眞さんは俺のルーツを知っている。


 とりあえず、覚えておこう……。



 考え事をやめた俺は、正座をしている近衛師団のほうを見た。


 さり気なく、畳の上で両足を動かしつつ、左手をさやに添える。



「そちらのクーデターに参加するために来たわけでは、ありません。止めるためです」



 左手の親指で、鯉口こいぐちを切った。

 両膝を曲げ、身体のバネを溜める。


 10秒ぐらいの沈黙の後で、篠塚と名乗った男が、尋ねてくる。


「それは……我々の力が、信用できないと? 確かに、これまでは『不手際』と指摘されても致し方ありませんが、まだ敵を混乱させられるだけの機動戦力は――」

真牙しんが流の全賢者集会(サピエン・キュリア)は、今回の件で『不干渉』と決議しました。魔法師マギクスの協力は、得られませんよ?」


 四大流派の一角、それも公権力にいるところが、降りた。


 近衛師団にとって、今回のクーデターを決行する、一番の理由だ。

 大戦中の戦友が賛同しないと聞き、どよめきが広がる。


「なぜ……」

「今すぐに立たねば、次はないのだぞ!」

「ネイブル・アーチャー作戦での警察の態度を、もう忘れたのか!?」


 やり場のない怒りは、衝撃的な事実をもたらした俺に、集まってきた。


 その雰囲気を感じた篠塚が、再び話しかける。


「室矢隊長! あなたのお考えは分かりましたが、すでに手を打っているのです。かくなる上は、ご覚悟をたまわりますよう、お願い申し上げます! 戦闘ヘリと船舶は独自に動いており、もはや中止の連絡はできず。あなたのお立場を考えましたら、我らへの処罰だけでは終わらず、そちらへの官憲の横暴もありましょう……。ムダに犠牲となる人間を出さぬためにも、異能者を道具とする現政権や手下をちゅうして、今後のいしずえとしなければなりません! 無理にご参加いただかなくても、結構です。非能力者の代表である我々が手を汚し、今後の道筋をつけるだけのこと。あなた様は、ここでお待ちくださるか、早急にお帰りくださいませ。……行くぞ! 我々がここに留まっては、ただのテロで終わってしまう!!」


 最後の呼びかけで、静聴していた近衛兵が、それぞれに膝を立てる。

 脇に置いていた制帽や刀を手に取り、準備を始めた。


 彼らに出て行かれては、室矢家として動いた意味がなくなる。



「戦闘ヘリと船舶は、こちらで制圧済み。……テレビで、早朝の番組をつけてみてください」



 俺の発言で、立ち上がったか、その途中だった近衛兵が、動きを止める。


 気の利いた1人が、広間にある大型テレビをつけた。


『東京湾の沖合いで停泊していたタンカー2隻に、違法な戦闘ヘリがあったと、沿岸警備隊の発表で――』

隅田すみだ川で、沿岸警備隊の巡視船と思われる船舶を巡っての銃撃戦があり――』


 彼らは、残された手札が全て失われたことを理解。



 やがて、誰かが質問する。


「あなたが……やらせたのですか?」


「はい。四大流派は、クーデターを望んでいません。少なくとも、今は……。ゆえに、ウチで潰しました」



 ――左前方の二列目で、セミオートマチックを抜く


 ――それを止めるために、斜め後ろの3人目も、拳銃を抜く



「あなたは……いや、あなたが、そのような発言をするはずは!」


「止めろ、岩永いわなが!!」


 岩永と呼ばれた男は、右腰のホルスターの上蓋うわぶたを開けて、右手でグリップを握った。


 それに遅れて、斜め後ろの男も、腰のホルスターに手を伸ばし、拳銃を抜く――



 金属同士がぶつかる、激しい音と、戦闘機が通り過ぎたような突風。



 俺は、右手で持つ刀を下ろしつつ、立ち上がった。


 弾き飛ばされた拳銃二丁が、時間差でガシャン、ボチャンと、床にぶつかる。

 片方は、中庭の池へ落ちたようだ。


 摺り足で後ずさりした俺は、感触だけで切っ先を鞘に入れ、ゆっくりと納刀。


 残心でつかに右手を添えたまま、その場にいる全員に告げる。


「俺は、千陣流の御宗家ごそうけから推薦された、隊長です。その気になれば、あなた方を殲滅せんめつできます。まだ対話を望んでいるのは、ひとえにあなた方の国家への献身と理念を高く評価すればこそ……。桜技おうぎ流の『刀侍とじ』にして、天賜装守護職てんしそうしゅごしきたる室矢家の当主であることも、お忘れなく」


 右手を下ろした俺は、今の移動で足跡の周りがズタズタになった畳と、弾き飛ばした拳銃の勢いで倒れた障子を見た。


 外はもう明るく、つけっぱなしのテレビは陽気な声で、今日の天気を告げている。


『本日は、昨夜からの豪雨が午前中でやみ、昼の気温で蒸し暑い一日に――』


 予報通りに、雨足が弱まってきた。

 夏と呼べる気候になりそうだ。



「話を聞こう、室矢むろやくん……」



 床の間がある、襖で仕切れる和室に、老齢の男が正座している。


 動きやすい和装で、見覚えがある顔だ。


 日本帝国陸軍、近衛師団を指揮していた、那須なす少将。

 今は私塾の経営者に過ぎないが、陸上防衛軍には、まだ近衛師団がいる。


 全員がクーデターに賛同しているとは思えないが、彼の出方によっては、根切りするのみ。

 残った関係者の恨みを買うと同時に、思想的にも危険になるだろう。



 上座の那須は、静かに提案する。


「この度は騒がせてしまい、大変申し訳ない。……君が良ければ、私が相手をしよう」


「ぜひ、お願いいたします」




 はかまさばき、片足ずつの正座。


 左右に広がった袴を見せながら、那須の爺さんと向き合う。


 角帯に刀を差したままで、下座となる広間の近衛兵たちが、不穏な空気に……。



 それを察した爺さんは、護身用のリボルバーを取り出す。


「これは、私が出征した時の相棒だ。今となっては骨董品の、二十八年式拳銃。それでも、新しい拳銃に更新する気がおきん……。君も刀を手放さないようだし、構わんかね?」


「どうぞ、ご自由に……」


 俺の返事を聞いた爺さんは、銃口の向き、トリガーに注意しながら、自身の右側にゆっくりと置いた。


 お互いに、いつでも相手を攻撃できる状態だ。


 どちらかが死ぬまでは、じっくりと話せるだろう。

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