第82話 「プロジェクトZEー7010」被検体001号の成果

 うだるような暑さが続く中東のフィーラーズ活動拠点から、蒸し暑い日本へ。

 身体の成長がいちじるしい咲良さくらマルグリットは、戦闘服を着て、室内訓練場にいた。


 ビーッ


 マルグリットはブザーが鳴るのと同時に、両手持ちで下げていたハンドガンを素早く進行方向に向け、自分の視界から外れている部分のクリアリングを開始。


 行く先々で待ち構えている兵士がを撃つも、そのことごとくが見えない壁に阻まれ、彼女の直前でその推進力を失う。

 地面を滑るように走るマルグリットには、ほとんど当たらない。


 対応に困る敵が次の手を打つ前に、マルグリットは玩具おもちゃのようなハンドガンの銃口を向け、トリガーを引く。


 ダンッ


 不可視の弾丸が敵の身体を穿うがち、彼らはその衝撃で後方の壁に、あるいは通路へ、ふっ飛ばされていく。



 ビーッ


 状況終了の合図が市街戦の訓練施設に響き渡り、KIAケーアイエー(キルド・イン・アクション)の判定を受けていた兵士たちが起き上がる。


 彼らのボディアーマーには大きな傷がついていて、対するマルグリットは無傷だ。


 陸上防衛軍の兵士たちは全員が男で、精鋭部隊であることが徽章きしょうなどから読み取れる。

 本来ならマルグリットに嫌味や、負け惜しみの1つでも言うところだが、彼らの顔には恐怖だけ。



 市街戦の訓練を上から見学できるよう、天井近くに張り巡らされた、狭いキャットウォーク。

 そこには、スーツ姿の人間たちがいた。


「予想以上だな、彼女は……。わざわざ、中東くんだりまで行った甲斐があったというものだ。それで、兵士のマギクス化のほうは?」


 どこかの研究所のネームプレートを胸につけた人間が、その質問に答える。


かんばしくありません。何とか入手できた初級のバレで、適性が高い志願者に試してはいるのですが……」


 陸防の背広組の1人が、苦々しい顔になった。


「ひとまずは、これまで我々に明かされなかった魔法師マギクスのデータが取れるだけでも僥倖ぎょうこうと考えるしかないか……。彼女の様子は?」


 研究所の男が、すぐに返答する。


「協力的です! 血液などの採取も、拒否する素振りはありません。しかしながら、DNAの解析でも、これといったマギクスの秘密は見つかっていない状況です。彼女に子供ができれば、話はまた別になるかと存じます」



 反マギクス派にとっては、どれだけ小さな威力でも、一般兵士が魔法を使えるようになるだけでいい。

 大義名分があれば、親マギクス派を削り、その分の予算や資材を自分たちに回せるのだ。


 実際のところ、真牙しんが流のマギクス養成施設は、他流に比べて開放的。

 小中学生の進学先の1つで、基準は非公開であるものの、“適性あり” と判断されれば、一般人も入学できる。


 全寮制で非常呼集もあり得るため、衣食住が保障されて、貢献に応じた給与が支払われるとはいえ、倍率はそれほど高くない。


 ここで背広組や研究所の男が目標にしているのは、マギクスの解明とその一般化による育成マニュアルの確立。

 正式採用の突撃銃と同じに、誰でも使える兵器を作れれば、完璧だ。


 マギクスが自分と敵対している派閥に情報や人材を流すわけもなく、彼らは手をこまねいていた。

 そこに、咲良マルグリットという、バレなしで強大な魔法を使いこなすイレギュラーが登場。


 簡単に言いくるめられて、他とは無関係という、待ち望んでいた存在を手に入れた反マギクス派。

 だが、遅々として進まないマギクス化の研究に、だんだんと業を煮やしてきた。



 研究所の男がマルグリットの子供に言及した理由は、3つある。


 1つ目は、マギクスの母子で比較すれば、新たな気づきがある。という期待。

 2つ目は、ができれば、片方を使い潰しても大丈夫。という話だ。

 3つ目は、反マギクス派の男と愛し合わせて、自分たちの手駒に。


 マルグリットがまだ幼いから、すぐに連れ出せたものの、今度はそれがネックになった。


 彼女はマギクスの理論を何も知らないし、バレの使い方も説明できない。


 当初は女としての第二次性徴すら始まっておらず、この年頃の男子は好きな相手に意地悪をすることも多いのだ。

 実験的に、マルグリットを似た境遇である孤児に引き合わせてみたが、結果は散々。


 女子は妖精みたいな美貌に気後れしたうえ、話しかけても氷のように愛想がないことでお手上げ。

 男子は気を引くための悪戯いたずら、あるいは、自分が好意を寄せている女子に冷たくしたことを怒った。

 後者については、マルグリットを掴んだ手が凍らされ、思わず悲鳴を上げる。


 ……その施設は、になった。


 同年代の男女をマルグリットの初恋の相手や親友とする試みは、中止された。

 情操教育として少女漫画などを与えているものの、その効果が出るまでには、時間がかかる。



 親マギクス派の軍人や背広組が、そろそろマルグリットの奪還に動き始める頃だ。

 国から目的別に予算をもらっている以上、金と物資の流れを完全に消すことは不可能。


 彼女の卵子を冷凍保存するといった、非人道的な行為をすれば、必ず知られる。


 マギクスは公的な立場につくことが多いものの、秘密結社と言うべきグループだ。

 その仲間意識は強く、関係した人間を殺し、その施設も破壊することは確実。


 事がおおやけになった場合の保身も考えたら、現状で思い切った判断をするのは得策ではない。


 そう考えた反マギクス派は、どう転んでも、自分たちが困らない方針を選んだ。


「現時点で協力的なら、それ以上の対応は必要ない。義務教育もできる限り、受けさせてやれ! 同年代ではなくても、我々の関係者の誰かを慕ってくれれば、一番良いのだが……」


 後でマギクスから報復されないためには、マルグリット本人から自分たちを擁護させるのが一番だ。

 しかし、彼女は必要最低限の受け答えで、それ以外は静かに過ごす。


 かつての小竹森こたけもりまいと同じように、若い女をつけてみた。

 けれど、なまじ直感で判断する年齢だけに、作為的な会話をすぐに見抜かれ、全く相手にされなかったのだ。




 研究所の一室に住んでいる咲良マルグリットは、すくすくと育ち、中等部へ通う年齢に。


 情や恩義で縛れる人間がおらず、本人が自分の頭で考えられる状態だ。

 おまけに、彼女の身柄を確保していることは、すでに知れ渡っている。

 どこにかくまっているのかも、消去法で絞り込まれているに違いない。


 そういった事情で、反マギクス派は、咲良マルグリットの扱いに困り始めた。


 彼女を手放すべきだが、兵器としての有用性を考えたら惜しい。

 内部の意見はまとまらず、いくら会議を重ねても堂々巡り。


 一般兵士のマギクス化である “プロジェクトZE-7010” を担当する研究所も、反抗期に入ったマルグリットに手を焼く。


 彼女の食事や睡眠を制限して洗脳することもできず、ひたすらにデータを取るしかない日々を過ごす。


 とはいえ、反マギクス派は、その目的の1つを達成したのだ。


 自分たちのプロジェクトの成果、からのマギクス化が完了した被検体001号である咲良マルグリットを大々的に宣伝する。

 薬物投与などの明らかに非難される対応を行わなかったことも、新兵の教育隊のカリキュラムに推薦できると、逆手に取った。




「……それは、本当か?」


 スーツ姿の男が、研究所の男に問いかけた。


 研究所の男はうなずきながら、説明を始める。


「はい、間違いありません……。いかがいたしましょうか?」


 椅子にもたれかかったスーツの男は、しばらく目を閉じて、考え込む。


 国内では、咲良マルグリットの奪還や、彼女自身による反抗の恐れが高くなった。

 ゆえに、海外の陸上防衛軍の活動拠点へ預け、非正規戦に従事させている。


 その成果は全て自分たちの物で、かなりの量だ。

 これまでの積み重ねを根本的に崩されたら、極めてまずい。


「以後は、現場の判断に任せる。咲良マルグリットの所属を現地部隊に変えて、我々とは無関係に! 陸防の内部において周知の事実で本人がしゃべるため、カバーストーリーは不要だ。彼女をそのまま使うも、人間兵器の住処すみかに帰してやるも、現地の部隊長が好きにすればいい」


 スーツの男は、さらに自分の考えを述べる。


「従来のマギクスを超える強化プロジェクトの試作品は、多大な成果を残した。それが、全てだ! 彼女を手元から離してしまえば、何とでも言い訳できる……。これだけ大成功のプロジェクトであれば、それに賛同する人間はいくらでも見つけられるだろう」



 “プロジェクトZE-7010” は、試作品の実戦投入とその戦果を記録した後で、いったん凍結された。

 画期的なプロジェクトの成功によって、反マギクス派は大きな足掛かりを得る。


 いっぽう、海外の活動拠点に捨てられた咲良マルグリットは、現地の指揮官の判断でベルス女学校への編入を命じられた。

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