第80話 多くの女子生徒に見守られながら女と抱き合う

 ――― 【4日目 午後】 演習エリア 第六トレーニングルーム


 武器を持てるマットの上で2年主席の神子戸みことたまきと向き合い、お互いにラバーナイフを持つ。


 環が、俺に話しかけてくる。


室矢むろやくん、ナイフの使い方は?」


「料理の包丁ぐらいですね」


 うなずいた環は、笑顔で言う。


「じゃあ、基礎だけ手早く教えるよ。いいかい?」



 右手でナイフを握ったまま、上から振り下ろそうとしたら、途中でその腕の内側に相手のナイフで縦になぞられた感触があった。

 環が、下から俺のふところへ滑り込むように伸ばした腕を引く際に、カウンター気味で俺の腕を切り裂いたのだ。


「はい。これで室矢くんの右腕は、もう何も握れないよ? 今の攻撃で、君の利き腕を斜めに切り裂いた……。剣道じゃないのだから、常に相手のナイフを防ぐように構えつつ、動いて! 今の振り下ろしなら、逆手で握ったほうがいいよ。大振りじゃなく、もっとコンパクトに!  基本は、相手からは点になるように切っ先を向けて、そのまま相手の胴体や手首を突くのが一番だ……。何も持っていないほうの手も、常にガードで使って! 切られる? 胴体の急所を刺されるより、遥かにマシだよ」



 今度は、ナイフを振り切り、腕が伸びきったところで、その手首を掴まれ、前へ引っ張られた。


 ビターン ポトッ


「簡単に手首を取らせたら、ダメだよ? ナイフ戦だと、いかに相手の刃物を持っている手首を制するのかがポイントだから」


 ナイフを取られ、前に突っ伏したままで、俺は頷いた。



 簡単なレクチャーが終わった。

 俺は精神的な疲れを覚えながら、ベンチで休憩。


 小さなパックの飲み物をすすりながら、話し合う。


「軍はまっすぐで長いナイフだけど、純粋な白兵戦用では小さな刃でリングに指を通すタイプや、グリップがこぶしにすっぽり収まってブレードと一体化するタイプも多いね。打撃をしながら切り裂く感じで使うから、訓練を受けた人間に使わせると面倒極まりない……。それで握り込むと、なかなかナイフを落とせなくて、苦労するんだよ」


 環の説明では、ナイフ戦では相手のナイフを落とすか、弾き飛ばすのが基本だから、それを防げるタイプが厄介だそうで。


 それから、お互いにナイフで戦えば、片方は死んで、もう片方も重症だと、揶揄やゆされた。

 銃とは違って、一撃で無力化できないからか……。



「ところで、神子戸先輩……。1つ、いいでしょうか?」


 俺の質問に、環はボディラインがはっきり出ている訓練用のスーツを着たまま、微笑んだ。


「ん、どうぞ?」


「神子戸先輩は、交流会でその、嫌な思いをしたことはありますか?」


 予想通りというか、環は苦虫を噛み潰したような顔に。


「君が聞きたいのは、僕の恋愛話かな? まあ、いいけどね……。過去に1回、手酷く振られてさ! あの時は、この上なく凹んだよ」


 環は、それまでの社交的な顔に影が差して、自信のなさそうな声になった。

 悪いことを聞いたな、と反省した俺は、すぐにフォローする。


「すみません。嫌なことを思い出せてしまって……。神子戸先輩も、髪を伸ばして色々な髪型にしてみたら、どうですか? きっと似合いますよ」


 少しだけ明るくなった環が、俺に笑顔を向けた。


「そうかもね? こういう女子校でリーダーだと、男みたいな言動になっちゃうし、『面倒だから』とショートヘアのままだったからなあ。高等部を卒業したら、思い切ってイメチェンしてみるのも……」


 環の性格は知らないが、主席の役割上、周囲に命令することが多いのだろう。

 それに、一度キャラが固まってしまうと、自分から崩すのは心理的な抵抗が大きいか……。


 良い人だから、ぜひ幸せになってもらいたい。



 ジーッ


「アハハ……。じゃ、室矢くん! まだ動けるようなら、脇宮わきみや先輩の相手もお願いしていいかな?」


 3年主席の脇宮杏奈あんなの視線を感じた環が、俺に話しかけてきた。


 俺が了承すると、環は他の女子たちの様子を見ながら、サポートに回る。

 本当に苦労人だな、この先輩……。



「ルールは、ボクシングで! あなたは蹴りやタックル、手の平も使っていいわ」


 簡潔に告げた杏奈は、オープンフィンガー型グローブをつけて、ウォーミングアップを開始。


 何気なく見せた左ジャブ、右ストレート、左フックの3連の動きが、かなりキレている。

 その風切音だけで、威力が伝わってきた。


「レフェリーは、僕がやるよ! 月乃つきのは、必要があったら止めてくれ!」


 同じリングに上がった環が、リングの傍にいる時翼ときつばさ月乃つきのに声をかけた。


「りょーかい!」


 1年主席とは思えない、間の抜けた声の後に、カーンッとゴングの音が鳴る。



 キュキュキュッ パアンッ


 シューズがリングとこすれ合う音や、お互いのこぶしが交差、ぶつかる音が響く。


 杏奈はこちらのパンチをさばきながら、後ろに下がっていく。

 どうやら、アウトボクシングに徹するつもりらしい。


 蹴りを使っていいので、接近されたらローキックを放ち、地味だが相手の足を確実に止める。

 ボクシングの杏奈には、大きなハンデだ。


 ところが、1ラウンド3分が終わったらリズムを掴まれてしまい、あっさりとふところに入り込まれる。


 俺の左ジャブを外側に払いつつ、右腕も反対側に弾き、思い切りぶつかってきた。

 そのまま密着して――


 抱き着いてきた。

 何か、俺の身体にほおをスリスリしている。



「脇宮先輩。ブレイク! ブレイク!」


 杏奈は両脇を締めて、頭のガードをした状態で、俺を見たまま離れた。


 じゃあ、気を取り直して、打ち合い……ギュッ


「はい、ブレイクしてねー!」


 環の指示で、前を見たまま後ろに下がる杏奈。


「ファイッ!」


 レフェリー役の環が、試合再開の合図を出した。


 ギュッ


 ……いい加減にしてくれ。



 杏奈にクリンチをされ続けて、スパーリングを終えた。


 色々な意味で疲れた俺がベンチに座ると、彼女も横に座る。


 杏奈が俺の頬にぐいぐいとスポーツドリンクを押し付けてきたので、いただく。

 すると、彼女は返されたボトルで、普通にそのまま飲み始めた。


 ……近くで立っている咲良さくらマルグリットが、怒りのオーラに包まれている。


 これ、南乃みなみの詩央里しおりにとっては、信じて送り出した若さまが寝取られたうえに、そこからまた寝取られているという、意味不明すぎる状態だな。


「え、えーと……。脇宮先輩? 少し――」

「杏奈と呼んで欲しい」


 精神的にも無制限のクリンチをされたまま、少しでも情報を得ようと試みる。

 対する杏奈はとても良い笑顔で、何も知らずに見れば、付き合い始めたばかりの恋人同士だ。


「杏奈……。俺は、前に会っていたかな? あいにく、すぐには思い出せなくて」


 俺の発言を聞いた杏奈は、頬を膨らませた。

 どうやら、ご立腹のようだ。

 マルグリットは、もっと怒りゲージを溜めている。


 杏奈が、すぐに応じた。


「忘れているとは思っていたけど、本人に面と向かって聞くのは酷い! あなたが、自分で思い出して?」


 これでストレートに説明してくれれば、楽だったのだが……。


 さて、次は――


 ビーッ


『現時刻をもって、コードD-11が発令された! 各自、状況を確認した後に必要な行動に移れ!! 繰り返す――』


 放送が流れた途端に、第六トレーニングルームの雰囲気が変わった。

 それまで談笑しながら訓練やスパーリングをしていた女子たちが真顔になり、片づけを始める。


「みんな、聞いたね? コードD-11の発令だ! 以後、決して1人では動かないように!! 解散!」


 2年主席の環が号令をかけたら、周りの女子はどこかへ去っていく。



 その光景を眺めていたら、月乃が近寄ってきた。

 彼女に催促されたので、ダメージ軽減の装置を渡す。


 決してお世話係のマルグリットから離れず、食事会が終わったらゲストハウスに引っ込んでくれ。と言われた。


「何があったんだ、月乃?」


 俺が尋ねるも、月乃は首を横に振った。

 どうやら、機密に属する話らしい。



「環お姉さま。それで、彼女は?」

「命に別状はないが、軽傷とは言い辛い。どうも、血を抜かれているようで――」


 月乃と環が物騒な会話をしながら、第六トレーニングルームを出て行く。


 ガランとした空間が物悲しい感じで、動いて汗をかいた制服のインナーがべったりと張り付くせいで、気持ち悪い。

 3年主席の杏奈も、どこかへ移動したようだ。



「ここは、宿泊施設じゃないわよ?」



 不意に声をかけられて、俺は思わず飛び上がった。


 その方向を見ると、いかにも鍛えられた雰囲気の女性がいる。

 合同訓練の責任者である、天城あまぎ美昊みそらだ。


 俺とマルグリットが会釈したら、美昊は片手を振った。

 早く来るようにとうながされたので、忘れ物の有無を確認してから、第六トレーニングルームを出る。



 コツコツコツ


「何かあったんですか? 急に、みんなの雰囲気が変わったのですけど……」


 俺の質問で、美昊は面倒くさそうに振り返った。


「ああ……。コードD-11のことね? うーん。ま、これぐらいなら、いいか! うちの中等部で、1人の女子生徒が襲撃されたのよ。それも、身体の血を抜かれるという、かなり猟奇的な方法で……。幸い、命に別状はなく、身体の欠損もなかった。しかし、相手の正体、目的が不明で、厳戒態勢の一歩手前ってわけ! あなた達も、せいぜい気をつけなさい? ゲストハウスの周辺には、実戦装備の魔法師マギクスたちを警備につけるわ。でも……」


 美昊は俺の顔をジッと見たまま、ハッキリと言う。


「さっきも言ったけど、自分から危険に飛び込むようなら、命の保障はできないわ。よく考えてから、行動しなさい! あなたがバカやって死ぬのは勝手だけど、それで咲良さんや他のマギクスたちが犠牲になることは、私が絶対に許さない。これは、遊びじゃないのよ?」


「肝に銘じておきます……」


 俺の返事を聞いて、よろしい、と美昊がつぶやいた。

 前方に向き直り、演習エリアの外までの先導を再開する。


 そこで、俺のアドバイザー役をしている室矢むろやカレナが、脳内通信で無慈悲に告げてきた。


『悪い知らせだ! いよいよ、眷属けんぞくが出始めたぞ……。ここからは、時間との勝負になるのじゃ』

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