第66話 陸上防衛軍「マギクス特務班」の曹長(前編)
――― 【2日目 午後】 1年エリア ゲストハウスへの道
「……
彼女は1年2組の生徒なので、他のクラスの食事会には参加していない。
「いや、それがな……。遊んでいたら、ランチタイムが終わっていた」
マルグリットは、俺が両手に持っているお土産を見て、溜息をついた。
「あのねえ……。今日のディナーはうちのクラスだから、ちゃんとお腹を空かせておいてよ? 1組の主席に
ピザとかの料理は、全てプレゼントされた。
思わず、食べないのか? と聞いたら――
食べたいけど、カロリーが! と口を揃えて言ったうえに、1年3組の面々はガタガタと震えていたのだ。
ピーッ ガチャッ
ゲストハウスの個室に直接入り、俺は全ての容器を開けて、粗熱をとる。
――― 【2日目 午後】 ゲストハウス 個室
「ふーん。ゲストハウスの個室は、こんな風になっているんだ。いや、何、この大荷物……。現金輸送をしているの?」
一緒に入った咲良マルグリットは、興味深そうに周りを見ている。
いくつもの大型ジュラルミンケースを発見して、ドン引き。
「それは、俺の装備一式だ。機密だから、勝手に開けるなよ? まあ、施錠してあるけどさ……」
俺は、ホットドッグやフライドポテトを摘まんで、手早く食事。
マルグリットに説明しながら、ついでに勧める。
しかし、彼女は片手を振ることで、私はいらないと断ってきた。
マルグリットが、押収されていたホルスターや銃よ、と俺に大きな袋を差し出す。
これで、使いやすいハンドガンを取り戻せたな。
念のために、分解と整備点検をしておかないと……。
ドサッ
マルグリットは、持ってきたボストンバッグを床に置いた。
ごそごそと中身を漁り、化粧品などを洗面所へ持って行く。
「……何をやっているんだ?」
ひょいと顔を出したマルグリットが、青い目でこちらを見ながら、俺の質問に答える。
「ああ、そのクラブバッグのこと? 今夜の宿泊の準備よ。今日から、ここに泊まるから……」
「え?」
ベッドルームに戻ってきたマルグリットは、何を今更という顔になった。
「当たり前じゃない……。まさか、新婚夫婦がいきなり別居するの? そんなこと言わないよね、あ・な・た?」
最後の呼びかけだけ、とても迫力があった。
その剣幕に押されつつも、答える。
「あ、ああ……。昨夜に、そんな話を言っていたな」
ベッドに腰かけて、自分の手で反対側の肩を揉み始めたマルグリットは、面倒臭そうに説明する。
若干イライラしているようで、斜め上を見たまま。
「もちろん、責任を取らない云々は分かっているわよ! あくまで建前よ、建前……。これだけ若い男女が公認でヤリ始めたのに、『初夜だけで別居のまま』は、不自然極まりない。……あなたの捜査対象が誰にしても、『擬装だ』とすぐに気づかれるのがオチ! 私は、あなたに協力するの。だから、重遠も、少しは私の希望をかなえてよ」
いちいち言わせないでくれるかしら? という雰囲気で、不機嫌になったマルグリット。
「あー、うん。悪かった……。歯磨きと洗顔をしたら、すぐ校内見学に戻ろう。今日は――」
「そのことだけど、校長に何か言われなかった?」
シャカシャカと歯磨きをしながら、考え込む。
「そういえば……。『私の娘が高等部にいるから、一度会って欲しい』と……」
黙って話を聞いていたマルグリットが、勢いよくベッドから立ち上がった。
「校長も、ちゃんと考えていたわけね……。重遠! できるだけ、急いでくれる? 夕食までに行っておきたい場所と用事があるの!」
「……分かった。もう準備できるから」
――― 【2日目 午後】 管理エリア 情報システム部
女子たちが気ままに過ごしている校舎エリアから離れた俺たちは、道なりに進み、管理エリアまでやってきた。
ビジネス街のように無機質なビルが並び、それぞれにエリア番号や緊急時の避難経路が明示されている。
……よく見ると、貸金庫のような扉も。
テンキーやカードリーダーがあるから、銃火器、魔法の発動体のガンロッカーか?
さらに観察すると、不自然に線が入っている部分もあった。
軍事拠点であることを考えたら、格納式の機銃、対空ミサイルがありそうだ。
まるで、前に見たアニメの要塞都市のようだな?
咲良マルグリットは迷わずに、情報システム部の施設に入った。
SFの建物の中のような壁や床は、隅々まで磨かれている。
「高等部1年2組、咲良マルグリット。並びに、交流会の参加者である
「……確認しました。どうぞ、お通りください」
防衛軍の制服を着た女兵士たちが、来訪者をスキャンする通路を抜けてきた俺たちを検査。
今ようやく許可が出て、受付にいる女の事務員からゲストIDをもらったところだ。
「そのゲストIDは、こちらに返却するまで、必ず服の上から身に着けてください。さもなければ、侵入者と見なし、即座に射殺する場合もありますので……」
怖いことを言った事務員に
どうやら、ここは重要度が高い軍事施設と同じ扱いのようだ。
事務員ですら、護身用のハンドガンを腰のホルスターに収めている。
――― 【2日目 午後】 管理エリア 情報システム部 主任ルーム
「まったくぅ……。どれだけ遅いのよ……。待ちくたびれたわ」
“主任” と明記されたプレートの部屋には、持ち主と思しき少女が1人いた。
銀色の長い髪は
青と黄色のオッドアイ。
あまり外に出ないのか白い肌で、義妹の
人形のように美しく、それでいて、どこか近寄りがたい様子。
近くで見たら、寝不足や疲労のせいなのか、目の下に
少女はベルス女学校の制服を着ていて、左胸に識別章。
それとは別に、正規のIDカードを透明なケースに入れたまま、同じく左胸に固定している。
顔写真、偽造防止の輝くホログラム、ICチップ、読み取り用の記号などが見えた。
奥には、警備員が監視するようなモニタールームがある。
部外者の侵入を防ぐためか、施錠しているようだ。
壁につけられたデスクの上には難しそうな専門用語やプログラムが印刷されている紙が散乱していて、赤字による修正が入っていた。
プリントアウトで確認するタイプらしい。
モニターとキーボード類は、その横の専用ラックに収められている。
泊まり込みをしているのか、洗濯機の横の
パステルカラーの上下も見えた。
ミニキッチン、シンク、冷凍庫付きの冷蔵庫と電子レンジ。
ダイニングテーブルと思しき机の上にはピザや弁当の空箱、野菜ジュースの空パックが積み上げられている。
冷凍弁当は栄養バランスとカロリーを計算済みの、管理栄養士が監修したシリーズだ。
食べているものを別にすれば、まるでズボラな男子の一人暮らし。
1人用のシャワールーム、トイレもあるようで、部屋から出ずに暮らせそうだ。
……あ! 床にブラが転がっている。
応接用を兼ねたソファにいる少女は、俺とマルグリットに対して、座るように言ってきた。
「さて、とりあえず自己紹介をしておくわ……。私は、高等部3年の
統合幕僚本部とは、陸海空の防衛軍を文字通りに統括する組織だ。
要するに、海外の統合参謀本部のことで、まさに軍の頭脳。
しかも、データ保全隊は
見た感じでは、プログラミングを行うソフト屋っぽい。
だが、同じ
こいつ、教職員や生徒のチェックを行っているわけか?
その人物の思想、信条について。
週の回数、好きな状況とか、他人に言えない情報まで集めているに違いない。
必要であれば、何らかの手を打つことも、任務のうちだろう。
背筋が寒くなる思いをしながら、自己紹介を始める。
「俺は――」
「言う必要はないわぁ……。紫苑学園1年Aクラスの室矢重遠。
いきなり個人情報をベラベラと話されたことで、俺は一気に警戒を強めた。
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