第四章 遠き星空の果てから来るもの

第51話 金髪少女は死んだ魚のような目で旅立つ

 静かな夜。

 昼間とは正反対の、とても過ごしやすい気温だ。


 湿度が低いことから、多くの人が思い思いに行動する。

 砂嵐で空が覆われる季節でなければ、意外にも快適。


 石が積まれた2階までの建築物には、大きな格子による開口部がある。

 刑務所のように厳重だが、貴重な水を配る公共施設ゆえ、当然の措置だ。

 今では、貴重な観光資源としても機能中。


 全体的に白っぽい街並みで、街路には買い物などの人々が行き交う。

 様々な建物が密集している場所は、その隙間が裏路地に。


 どのような場所でも貧富の差があって、その土地の権力者が住む屋敷は広い。


 肩からスリングで吊ったアサルトライフルを持つ男が、漆喰で固められた屋敷の周りを哨戒中だ。

 ジャリジャリと、地面の小石とブーツの擦れる音が響く。


 屋上にも、スコープ付きの大型ライフルを構えた兵士が1人、2人。


 大人の倍以上の高さを持つ塀が屋敷を囲んでいて、上には軍用の鋭い棘がある有刺鉄線。


 隣接する住宅の窓からは、住人の話し声や光が漏れている。


 その僅かな闇に紛れるように、1人の少女が屋敷へ近づく。

 民家の壁に張り付いて、人目を避けるように……。



 これ以上は、隠れて近づけない。


 そのポイントで立ち止まった少女は、耳のインカムに合図を送る。


 コツ、コツコツ、コツ


 ザッ


『After 10 seconds, the situation starts(10秒後に、状況を開始)』

「Delta 1.Roger that(デルタ1、了解)」


 小声で返事をした少女は、いつでも射撃体勢にできるように、肩付け中のアサルトライフルを握り直した。

 やや猫背になっている前傾のまま、強張った指をリラックスさせる。


 銃を扱うのに適した手袋は、汗でグリップが滑ることもなく、疲れにくい。


 す――、は――。


 呼吸と同時に、高まる心臓の鼓動を聞く。



 軍の特殊部隊の装備に身を固めても分かるほどの、豊満な膨らみ。


 見るからに柔らかな果実の上には、予備のマガジンや手榴弾、コンバットナイフを収納しながらも、一定の防弾効果がある軍用ベスト。

 乾いた空気によく似合う、砂漠用の迷彩だ。


 わずかに見えている金糸から、恐らくは金髪。

 ヘルメットと一緒につけているシューティンググラスが目の色を隠しているものの、よく見れば若い。


 爆弾や銃弾による破片は、目を直撃する。

 そのため、各国の軍でアイウェアをつける兵士は多い。



 ポンッ ヒュ―――  ドオオオオン


 何かが筒から発射される音が空に広がって、屋敷の敷地内で爆発。


 歩兵が携帯できるタイプの迫撃砲による、支援砲撃だ。

 分隊支援火器による制圧射撃が続く。


 ドドドドドドド


 とたんに、屋敷の中はもちろん、周囲の民家も蜂の巣をつついたような騒ぎに。

 多くの人が玄関から外に出るか、急いで室内に立て籠もる。


 少女は密集した民家の壁を交互に蹴って、舞い上がる羽毛のように屋上へ。

 うつ伏せになり、屋敷のほうへアサルトライフルを構える。


 光を相手に合わせるダットサイトのため、とっさの射撃に適しているものの、狙撃には向いていない仕様だ。

 しかし、金髪の少女は構わず、トリガーを引く。


 一発、二発。


 アサルトライフル特有の長く残る銃声は、他の味方による制圧射撃に埋もれた。


 屋上のスナイパーが、倒れる。


 少女はすぐに立ち上がり、助走もつけずに、その場でジャンプ。

 物理法則を無視して飛び上がった後、さっきまでスナイパーの独壇場だった場所に着地した。


 その距離、約100m。



 普通に着地した少女は、バレリーナのように回転しながら、勢いを殺す。

 受け身を取らずに落ちたら大怪我をする高さだが、間髪入れずアサルトライフルを構える。


 足元の床を眺めていた少女は、おもむろに、1つのポイントへ歩く。


 右足のレッグホルスターから拳銃らしき武装を抜いて、自身を中心に円を描くよう照射。

 拳銃をホルスターに収めるのと同時に、円の部分が崩れた。


منظمة الصحة العالميةムナザマトアサアラミエト(誰だ)!?」

إنه اعتداءイナフーアティダ(襲撃だ)!!」


 落下した先には、慌てふためく男たちが数人いた。

 周囲は上から降ってきた瓦礫がれきによる砂ぼこりが酷く、とても目を開けていられない。


 少女は流れるように、一発ずつ射撃。

 目を瞑ったまま、音や空気の流れを頼りに、その場を制圧した。


 ようやく落ち着いてきたことで、少女は両目を開く。


 自分の左腕の上の部分をベリッと剥がして、そこに収納されている顔写真と倒れた人間を照合する。

 時間との勝負なので、フラッシュライトを当てながら、手早く済ませた。


 ターゲットを含めて、頭と胸に数発ずつ叩き込む。


 敵の絶命を確認した後に、少女が壁に手をつくと、今度はその壁が外側に破裂した。

 大穴から、新鮮な空気が入り込んでくる。



 少女が外に気を取られた瞬間、後ろで大きな破裂音が続く。

 しかし、少女の手前に見えない壁があるかのように、アサルトライフルの銃弾が全て止まった。


 驚愕する、敵兵士。

 逆に至近距離から胸を撃ち抜かれた彼は、膝から崩れ落ちた。


 ヒュッ


 いつの間にか忍び寄っていた敵が、ナイフで突いてきた。

 それに対して、少女はアイススケートのように地面を滑り、軽やかに回避。

 コンバットナイフを抜き、無造作に投げる。


 銃弾のように加速したナイフは、いったん外れたように見えたが、相手の背中に刺さった。

 上からハンマーで強く叩いたのと同じ勢いで、深く刺さる。


 少女のたぐる仕草だけで、そのコンバットナイフは手品のように戻った。


 襲ってきた敵は力なく、その場で倒れ伏す。

 念のために、頭部へ一発。



 外に飛び出した少女は地面を蹴り、一気にスピードアップ。

 かろうじて気づいた敵が照準を合わせるよりも速く、滑走路から飛び立つ戦闘機のようにその場を去った。



 ◇ ◇ ◇



「よくやってくれた、軍曹! これで、多国籍軍による制圧も容易になるだろう……」

「恐縮です」


 軍のオフィスと思しき場所には、将校用のデスクに座る指揮官と、くだんの金髪少女がいた。

 指揮官は男で、40歳ぐらい。


 指揮官の常装である制服の左胸には、多くの記念章がある。

 各ブロックは当人の過去の活動、または表彰、特定の職務を示す。

 その上には、徽章きしょうという、技能・資格を示す飾りが並ぶ。


 右肩には、黄色の丸打ひもを三つ編みにした飾緒しょくちょ

 すぐに分かるほど目立っており、両端には金色の金具がつけられている。


 その男の後ろには、部隊や国を示す旗が飾られている。



 指揮官は、次の任務だ、という雰囲気で、キャビネットから1枚の紙を取り出す。

 秘書の役割を果たしている当番兵がそれを受け取って、金髪少女に渡した。


「……ベルス女学校、ですか」


 金髪少女が不思議そうに呟くと、指揮官は頷いた。


「そうだ……。軍曹。君の次の任務は、その学校で教導をすることだ」


 納得できないという顔で、金髪少女が顔を上げる。

 だが、指揮官は動ずることなく、説明を始めた。


「君は、十分に働いた……」

「自分は、もう用済みということですか? 納得できません!!」


 かぶりを振った指揮官は、ただ必要なことを伝える。


「軍曹、これは命令だ! 現時刻をもって、全ての任を解く。ただちに、その学校へ編入するように!! 以上だ」


 指揮官の宣告と同時に、控えていた当番兵が扉を開けて、退出を促す。


 開きかけていた口をつぐんだ少女は、敬礼をした後に、怒りを隠さない動きで出ていった。



「これを考えたバカを八つ裂きにしてやりたいよ、まったく……」

「心中お察し申し上げます、中佐殿」


 思わず口に出した独り言に、当番兵が同意する。


「軍曹、彼女は…………」


 先ほどの少女と同じ階級でも、軍で飯を食ってきたキャリアが段違いの下士官は言葉を選び、上官に告げた。


「――も、いずれは分かってくれると思います」


 “中佐” の階級章をつけた男は、そうであってくれれば良いのだが、と願う。


 金髪の少女が投げ捨てるように置いていった紙には、作戦の終了時刻だけ記載されていなかった。

 つまり、実質的な退役、あるいは、こちらが納得するまで訓練校でやり直してこい、という扱いだ。



 ◇ ◇ ◇



 数日後。


 金髪少女は放心しながらも煩雑はんざつな手続きをこなし、ようやく “ベルス女学校” と刻まれたプレートがある正門に辿り着く。


「せいぜい学生らしく、普通に生活するしかないわね……。ああ、私の人生、いったい何だったのかしら……」


 煌めく金髪をアップにした少女は、オーバーに嘆きながら、指定された寮へ向かう。

 青の瞳は、まるで20連勤を突破したサラリーマンのように濁っている。



 少女は人の気配を感じて、周囲を見渡す。

 スーツを着た女性が、自分を見ている。


「あなたが、編入生の――ね? 私は、ここの教師の繁森しげもり仁子さとこよ。資格があることで、カウンセラーもやっているわ……。悩みがあったら、いつでも相談室に来てちょうだい」


「ハッ! じぶ……。いえ、私は――です。ほ、本日より、お世話になります」


 普段の習慣で敬礼をしそうになり、慌てる少女。

 それを見て、繁森先生は苦笑した。


「あー、うん。少しずつ慣れていけばいいわよ……。荷物はもう部屋に届いているはずだから、ルームメイトと顔合わせをしておきなさい」


 ガチガチに緊張している少女を見て、繁森先生は、しばらく注意しておいたほうがいいわね、と思う。


 軍人とは聞いていたが、想像していたよりも筋金入りだ。

 大丈夫だろうか?


 そう考えつつ、金髪の少女を寮まで案内した後、自分の仕事に戻る。



 コンコンコンコン


「どうぞ……」


 案内板を頼りに、自分の部屋まで辿り着いた金髪少女は、緊張しながらドアを開ける。


 そこには、自分が今まで見てきたタイプとは全く違う、いかにも優しそうな女の子がいた。


「はじめまして。私は――」

「わあっ! 可愛い!! 私、こんな見事な金髪碧眼の人、はじめて見たよ! これから、よろしくね!」


 金髪の少女は、目をぱちくりとした後、こう思った。


 なんだ、この生き物……。

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