第36話 真の仲間を探しに行こう【カレナ・詩央里side】

 南乃みなみの詩央里しおりの自宅に、本人と室矢むろやカレナの姿があった。


「それで、VR体験はどうだった、詩央里?」


「正直、予想外でした。重要なことを隠しているとは思っていましたが……。まあ、『他の勢力に操られていた』というよりは、マシです」


 カレナに問いかけられた詩央里は、まだ悩んでいる様子だ。


 リビングのテーブルに置かれた、手動のミル。

 それで挽いたばかりの豆による、美味しいコーヒーを飲む。


 含まれているカフェインで精神が高揚して、衝撃的な事実を受け入れる準備を始めた。


 インスタントコーヒーとは段違いの香りが、その空間を満たしている。



 上等なソファに身を沈めているカレナは腕を組んだまま、対面にいる詩央里を見つめた。

 カレナの碧眼が、もし重遠しげとおを裏切るのならば、絶対に許さないと告げている。


 詩央里は、遠回しの表現をするのはまずいと考えて、率直に言う。


「私はどこまでも、若さまの味方ですよ。ただ、もっと早く話してくれれば……」


「仕方あるまい……。私がいない状態では、後から言い訳ができるVRという形式にしても、あそこまで正直には話さなかったのじゃ。それに、他の千陣せんじん流の人間が聞いたら、『不適格』を理由に殺されておったぞ」


 式神のカレナの他に、本人の霊力が高まったからこそ、余裕ができたのだ。

 今回に限っては、彼女も全面的に協力した。


 室矢重遠にあれが現実の出来事だったと気づかれる要因は、潰しておかなければならない。


 ノーガードだった詩央里は、きちんと後処理をした。

 色々な意味で、在学中にお世継ぎができては困る。



 詩央里は、晴れ晴れとした表情だ。


「でも、カレナのおかげで、私の長年の悩みが解決しました。本当に、ありがとうございます」


「世辞はいい。それで、どうするつもりだ、詩央里? この私をの代わりにして、魔法まで使わせたのじゃ……。今後の働きに期待しているからな?」


 カレナは詩央里のお礼を一蹴して、プレッシャーをかける。



 真相は、カレナが強力な暗示によって重遠の精神的な防壁を崩し、そこに詩央里が体を張っただけ。


 麻酔と似た効果だが、人体への影響を最小限にした。

 諜報機関がよくやる、相手を自白させるパターンの応用だ。


 重遠にVRのシチュエーションだと納得させて、本人の希望を徹底的にかなえてやることで、わざとたがを外させた。

 満足しきっているうえに疲れて眠い状態では、これは話してはいけない、という用心ができないのだ。

 おまけに、相手にかなりの共感をしていることで、口が軽くなる。


 よく誤解されているが、一般にイメージされている自白剤は存在しない。

 最終的には、本人の同意を得ることが必須。

 さもなければ、嘘をつかれるか、無意識に間違えたままの回答になってしまう。


 今回は、普段から小言が多い詩央里が、相手の嗜虐心しぎゃくしんをつつきながら、ひたすらに媚びを売った。

 重遠が好きなエロゲ―を短期間で覚えて、そのシチュエーションを再現。


 さらに、試合中に作戦を授けるセコンドとして、カレナがついた。

 彼女は因果関係によって未来が分かるため、彼に余計なことを考えさせないように指示を出す。


 その奮闘によって、無事にお目当ての情報を引き出すことに成功。

 確実に跡継ぎを残すためのねやの教育も受けている詩央里が本気を出したと考えれば、当然の結果だ。



 カレナは、早く千陣流の反対派を黙らせて、他の勢力の介入も防ぎたい。

 そのためには、最も身近にいて、カレナ自身も認めている詩央里をにする必要があった。


 できれば、重遠が自分から話すまで、ゆっくり待ちたい。

 しかし、その気配が全くないことから、独断で詩央里と交渉したのだ。


 重遠たちが高校を卒業するまで、焦らずに待つ?

 間に合わなければ、全てがそこで終わってしまう。

 次はない。


 詩央里はカレナに言われなくても、重遠のために尽くすつもり。

 だが、彼に最期まで付き添う条件として、本人の口から秘密を明かすことを求めた。

 彼女にとっては、若さまの本音を知ることが、本当の意味でのスタートラインだ。



 カレナに、対価を示せと言われた詩央里は、説明を始める。


「暫定的に、若さまを千陣家に戻さない方向で、立場を固めていきます。千陣家の夕花梨ゆかりさまに協力してもらいつつ、他の流派から私のように全てを捧げる協力者、……最低でも、取引先を作っていく予定です」


 カレナが、疑問を口にする。


「千陣夕花梨は、信用できるのか?」


「はい。かなりのブラコ……。失礼、兄思いの御方なので……。カレナを式神にした時の報告では、若さまの画像や動画、使用済みの服を出す代わりに、色々な装備や物品を融通してもらいました」


 反射的に夕花梨の因果関係をチェックしたことで、カレナは神々が作り出した芸術品のような顔を引き攣らせた。

 お兄様を想っての他人にお見せできない光景を目にして、そっと閉じる。


 カレナの表情から全てを悟った詩央里は、こほんと咳払いをした後に話し出す。


「ま、まあ、そういうことです! 夕花梨さまの周りの人間はともかく、ご本人は大丈夫だと思いますよ」



 幅広く味方を作るという提案について、カレナが自分の感想を述べる。


「……重遠が自分から女を口説いてくれれば、苦労しないのだがな」


 詩央里は縋るような目つきで、カレナを見た。


「カレナ。あなたには未来が視えるのでしょう? せめて、若さまを誘導――」

「それはできん……。私にそれを強要するのならば、もはや遠慮はしない。お主を見限り、重遠の願いをかなえて、どこかへ立ち去るのじゃ。二度とお主に会うことはなかろう……。あまり調子に乗るなよ? 私は、お主の部下ではない」


 カレナは、詩央里が自分を都合よく使わないように、しっかりと釘を刺す。



 いきなり絶縁を宣言されたことで、詩央里は口を閉じた。


 裏の稼業とはいえ、国内で千陣流の追跡を逃れることは不可能だ。

 しかし、尋常ではない魔術を操り、いまだ底が知れないカレナであれば、やりかねない。


 苦しそうな顔をする詩央里を慰めるように、カレナが補足する。


「お主は、私の大切な友人じゃ! 困っていれば、助けよう……。重遠を傀儡くぐつにするのは論外ということだ。今までと変わらず、お主が重遠のために動くのであれば、私たちの利害は一致している……。違うか?」


 優しく諭すカレナに対して、詩央里は、そうですね、と力なく答えた。


 弱り切った詩央里が黙ったので、今度はカレナが話を振る。


「すまぬ。少し、強く言い過ぎてしまったの。お主に無断で、いきなり失踪することはない。それは約束しよう……。ところで、ここが【花月怪奇譚かげつかいきたん】の中という重遠の戯言たわごとについて、どう感じた?」


 ようやく顔を上げた詩央里が、うーん、と悩む。


「理論物理学、哲学の分野だと、他に宇宙があってもおかしくないんでしたっけ? 私は半信半疑ですね。さすがに、『はいそうですか』とは信じられません」


 言い終えた詩央里は、物欲しそうに、カレナの顔を見た。

 しかし、カレナは、あえてぼかした言い方で煙に巻く。


「それが重遠の思い込み、真実のどちらであっても、同じ話……。私は、頭ごなしに重遠の言うことを否定せず、その話題に触れず、手厚く支援していくことが一番だと思う。高校卒業が1つのターニングポイントだから、その時点で改めて話し合えばいい。今は重遠の身を守るために力を蓄える、それだけを考えるのじゃ」


 詩央里は、非常識の塊であるカレナから極めて常識的な提案をされたことに驚く。

 だが、自分を気遣ってのことだと察して、それ以上の追及はしなかった。



「詩央里は、重遠が他の女と親しくなっても良いのか?」


 カレナが質問をすると、詩央里は仕方がないという顔で、しぶしぶ同意した。


「はい。若さまには、VRとして言いました。気に食わないですが、なるべく我慢します。……若さまのお役に立てる女、という条件をつけますけど」


 機嫌を損ねたか、と思ったカレナは、詩央里を煽てた。


「お主が、正妻だからな! 側室を選ぶ権利を持っているのは、当然じゃ」


「ええ、当たり前です」


 今のところ、重遠に女の影はない。


 詩央里はクラスメイトの立場を崩さないものの、周囲にいる女子生徒が牽制し合っている状態。

 顔だけは良いと散々に扱き下ろしていたのに、学業やスポーツで活躍し始めた途端、これだ。


 カレナは遠い目をしながら、呟いた。


「重遠は、女に困らんぞ? せいぜい、きちんと管理しろ……」


 その発言を聞いた詩央里は、これまで以上に頑張ろうと決意した。




鍛治川かじかわ航基こうきだが……。結局、どうするのじゃ?」


 カレナが尋ねると、詩央里が悩ましい顔になった。


「航基さんに退魔師の仕事を出し、そこで説得させる段取りはつきました。でも……」


「でも?」


 煮え切らない返事に、思わず突っ込むカレナ。


 詩央里が、重い口を開いた。


「えーと、ですね。実は、私の親友が、そのー」


 カレナは、テーブルの上のドーナツを口に運び、もぐもぐと咀嚼そしゃくする。

 ごくんと喉を通し、口直しにコーヒーを飲む。


 ようやく、詩央里が本題に入る。


「航基さんに惚れたらしくて……」


「ほう?」


 驚いたカレナは、思わず聞き返す。

 詩央里は、彼女が言いたいことを先回りして、説明する。


「私と同じクラスにいる、小森田こもりだ衿香えりかですよ。この前、恋愛相談を受けまして……。一般人の娘なので、どうしたものか……」


 良い知恵を貸して欲しい、と顔に書いてある詩央里だが、カレナは切り捨てる。


「詩央里が諦めろと言っても、逆恨みされるだけ。本人に直接ぶつけて、幻滅させればいいだろう? 奴は、退魔師の宗家になれる女を求めているのだ……。どうせ、碌な対応はしない」


「…………デスヨネー」


 詩央里としては、親友の恋路を応援したい。

 けれども、鍛治川航基は没落した退魔の宗家で、その妻になるのは至難の業。


 かつては千陣家の当主の妻となるだけの教育を受けた詩央里ですら、キツかったのだ。

 一般人の女の子では、無理。



 うっかりすると、衿香を利用して、私と付き合うことを企むかも。

 正義感に燃える主人公にあるまじき、ゲスな行為だが、今の航基さんでは……。


 そう考えた詩央里は、思わぬ方向からトラブルがやってきたことに頭を抱える。



 親友が失恋して、それを慰める未来は嫌だが、航基さんに延々と絡まれるのも嫌だ。

 それに、衿香の性格を考えたら、私も退魔師になる! と言い出しそう。

 もし、万が一、平和に生活している親友が化け物の餌食になってしまったら、私は……。


 今頃になって、あの洋館で航基さんを始末しておけば良かったかなあ、と物騒なことを考える詩央里だった。

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