紺青 剣術大会4

 大歓声が空気を震わせる。


 楽団がファンファーレを奏でて私とサーモスが入場する。

 決勝戦は国王夫妻も客席に顔を見せる。客席の上段に貴賓席があって、王族や貴族、義母もそこにいる。


 審判員が武器を点検、向かい合って互いに一礼。


 サーモスが使うのは刃渡り30cmほどのダガーナイフ(大会なので木製)だ。通常のナイフよりリーチが長く、剣よりも軽いので素早く振り回せる。また、レイピアよりも刀身に厚みがあるので、攻撃を受けることも可能だ。


 問題がなかったので審判員は下がり、リング上には2人だけが残された。


 静寂か訪れる。

 観客が固唾を呑んで見守る中、試合開始の鐘が鳴らされる。


 開始と共にサーモスが動く。一気に距離を詰め、私の間合いギリギリでダガーを構える。

 大会とはいえ国王夫妻が見守る前だ。ある程度の打ち合いを見せる必要がある。様子見として細剣で軽く突くが、流石に簡単に弾かれる。

 サーモスからも攻撃が返ってくるが、バックステップで避ける。強者独特の圧は感じないが、油断できるほど弱くはない。

 サーモスの表情はずいぶんと余裕そうだ。


 それにしても、甘ったるい匂いが気になる。集中を乱す効果でも期待しているのだろうか。


 さて、どうしたものか。



◆◇◆◇



 余裕の表情と見られたサーモスだが、その心中には焦りの色がみられた。おかしい。効果が出てないのか?いや、俺の調合に間違いはない。なら何故?


 サーモス・デブレット。ヨールヨール王国の片田舎に生まれた彼は、小さい頃から冒険者に憧れた。

剣術の鍛錬を欠かさず、身体も鍛えて夢を追い続けた。

 が、彼には2つのものに恵まれなかった。ひとつは身体。骨格が細く、筋肉が付きにくかった。どれだけ鍛えても彼の身体は戦士のものにならなかった。

 もうひとつはスキルだ。彼の生まれ持った固有スキルは【計量】。手に持った物の重さを正確に計ることができるというものである。

 日常生活においては大変便利なものであるが、彼が求めていたものではなかった。冒険者になるなら、少なくとも身体か戦闘系スキルのどちらかは必要だ。


 やがて夢を諦めたサーモスは、【計量】スキルを生かして薬の調合士となった。そこで才能を開花させ、それなりに名の知れた調合士として活躍した。

 そのまま調合士として暮らしていけば、それなりに裕福な生活が営めたのであろうが、彼の野望は安穏とした人生を許さなかった。

 薬と毒は紙一重。薬の知識で毒や麻薬の精製を始め、それを裏社会へと売りさばいていった。マフィアには麻薬を、暗殺者には毒を。

 やがて、自らも毒を用いて殺しの依頼を受け始めた。

 暗殺者として命を奪い、調合士として命を救う。そんな矛盾した生活になんの疑問も抱かなかった。

 結局の所、サーモスは他者に力を行使したいだけだったのだ。


 そして暗殺者としても名が知れ始めた頃、腕にサソリの刺青をした人間と出会った。

 彼らは、勇者を超える圧倒的な力を手にするための研究をしていた。その研究に賛同してサーモスは彼らの仲間となり、その証として腕にサソリの刺青を入れた。

 そうして数年活動した後、『学者』と呼ばれる同士からひとつの任務を受けた。

 任務は紺青の勇者、ファナン・アル・ユークレイドの暗殺。

 勇者家の弱体化を目的としたこの任務に、サーモスの胸が躍った。

 勇者とは、彼にはとってこの上ない強敵である。冒険者が魔物と戦うように、自分は勇者と戦うのであった。

 やはり、そこに疑問を抱くことはなかった。


 任務を受けて調査を開始してわかったことは、ファナンに毒を盛る隙がないということだった。

 せめて本人に近づく隙があればよかったのだが、学校には入れないし、それ以外は鍛錬か家に籠もっているかだった。

 友人と外出する機会でもってあれば話は違ってくるが、出掛けることがなかった。


 『学者』と相談した結果、ファナンが剣術大会に出場すると判明し、そこで直接手を下すことにした。

 とにかく戦う機会さえあれば、隠し持ったナイフで毒を与えることが出来る。その後自分がどうなるかなど知ったことではない。

 この偉業を成し遂げるには、それ相応の犠牲が必要だ。たとえそれが自分でも。


 大会を勝ち上がるのは難しくなかった。今回特別に調合したお香がサーモスの武器だ。この匂いには、幻惑効果と軽い麻痺の効果がある。

 幻惑効果によって頭が朦朧もうろうとしてしまい、思考能力が下がる。それに加えて手足に痺れがあり、戦闘能力が著しく下がる。そうなればサーモスでも勝つことができた。仮に【幻惑耐性】のスキルがあったとしても、麻痺があれば勝てる計算だ。

 更に、この幻惑の効果で審判のチェックも通過することができる。毒を塗った本物のナイフを隠していても、ごまかすことは容易だった。

 後日違和感を覚える者もいるかもしれないが、その頃には大会は終わっているので問題はない。


 はずだった…。

 目の前のファナンは、幻惑も麻痺もかかっている様子がない。幻惑と麻痺の両方の状態異常を用意することで、確実に有利を取る作戦だった。

 それがどういうことだ。こんなことがあって良いはずがない。私の完璧な作戦が…。


 何度か打ち合いを続けた後、ファナンの強打が右腕を襲い、サーモスの手からダガーが飛ばされていった。

 すかさず剣がサーモスの喉元に突き付けられ、審判がファナンの勝利を告げた。大きな拍手が闘技場を包む。


「有り得ない……私が調合した薬が……」


 このまま引き下がるわけにはいかない。

 『学者』から、いざという時の為の身体強化の薬をもらっている。瘴気の力を応用し、一時的に魔族の力を手に出来るというものだ。

 他人の薬に頼ることは矜持に反するが、こうなっては仕方ない。依頼をしくじるよりはマシだ。


 懐から小瓶を取り出し、中身を一気に飲み干す。

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