第八話 安心・安全の六合運輸です。
〜 ユーフェミア王国 ケイルーンの町 孤児達の小屋 〜
孤児たちを保護し、女性たち4人を救け出した翌日の昼前。
俺たちは子供たちが住んでいた小屋の周囲を片付けていた。
子供たちと、捕まっていた貴族の娘のアグネス、女冒険者のオルテは、既にダンジョンへと送り届けた。
今は改築予定の捕虜収容施設で、アネモネたちから説明を受けているはずだ。
一応、雑貨屋の娘のメイリーンと、薬屋の娘のラキアにもついて来るかもう一度確認したが、まず両親と会って話し合って決めたいとのことだったので、ウズメと共にここに残ってもらっていた。
眠らせて閉じ込めてあった犯罪者共は、まだ起きてはいない。
そんなところにタマモと戻り、撤去作業をしていたってわけだ。
「よし。これで片付けも終了だな。」
元々在った朽ちた小屋と、洗濯物、元簡易浴室だった土の牢屋以外、何も無くなったその土地を見回して、一息着く。
来た時よりも、美しく。レジャーの基本ですな。
「しかし、他に孤児が居らんかったのは、良かったのう。」
「まったくだな。ラッカは、ホントに良い兄ちゃんだ。」
「あの歳にしてあのような気概を持つとは……将来が楽しみですね。」
この町の孤児たちは、皆ラッカが誘い、ここに連れて来ていたらしい。
3日に一度は町中を物乞いしながら歩き回り、新たな孤児が居ないか確認していたそうだ。
訊けば、ラッカは元々騎士の子供だったと言う。
父親は他の領の貴族に仕えていたが、仕事中に命を落とした。
慰めにもならない僅かな見舞い金を渡され、当主家から見放され、やがて父親の家は潰れた。
母親は家に残された僅かな貯えや家財を売り払い、少ないが雇っていた使用人達に分配し、ラッカを連れてその領を離れて、この町に流れ着いたそうだ。
1年ほどは母親が身を売りながらなんとか食い繋いでいたが、病を患って帰らぬ人となった。
それからラッカは、天涯孤独だ。
当時11歳だった頃から、物乞いをし、この朽ちた小屋を見付け住み着き、細々と日陰を歩いていた。
そんな彼にとって、勇敢な騎士の父親と、身を売ってでも護ってくれていた母親の思い出だけが誇りだった。
その誇りだけを頼りに日々を生き抜いていたが、ある日他の孤児に出会った。
自分よりも小さな子供が、路地の片隅で膝を抱えて座っているのを見た時、自分が守らなければと、そう思ったらしい。
それから、定期的に町を見て回り、新たな孤児が居ればこの小屋に住まわせるようになった。
本当に、13歳の子供なのに、とても立派な子だ。
亡くなったご両親も、きっと誇らしく思ってくれているだろう。
ちなみに、その時最初に救けたのが、当時8歳だったモーラだという。
やっぱり栄養不足だな。
今ラッカが13歳、エリザが12歳、モーラが10歳だ。
他のチビ達は自分の歳すら分からないらしく、【鑑定】スキルで観たところ、下の子達は5歳〜8歳だったよ。
それにしても、みんな年齢にしては小さ過ぎだった。
俺の街での生活で、なんとか改善して無事に成長してくれれば良いんだけど……
「クレイさん、毛布とタオルの洗濯は終わりましたよ。」
「お、ありがとさん。手伝わせて悪かったね。」
休憩している所に、人攫いから救け出した女性の1人である、メイリーンと、同じくラキアが歩いて来る。
「ん。あたしも手伝った。お兄さんに、恩返し。」
2人には休んでて良いと言ったのに、それでもと撤去作業を手伝ってくれたのだ。なので数が有って大変なタオルや毛布の洗濯を任せた。
魔法を使えばすぐなのだが、好意を無碍にする訳にもいかなかったしね。
メイリーンは、元々接客もしていたらしく、人当たりが良くて優しい
良く気が付く娘で、手伝いの言い出しっぺもこの娘だ。
そしてラキアは、人見知りがあり内気な感じだったが、田舎の村暮らしだと言うから、それもある意味仕方無いことだろう。
狭いコミュニティで育てば、知らない人には敏感になるもんさ。
そんな2人もだいぶ打ち解けてくれて、今では普通に話せるほどだ。
俺の仲間たちや、救けた女性同士、孤児たちとも仲良くなっていた。
「さてと。それじゃオヤツでも食べて一服したら、早速家族の所に帰ろうか。」
俺は仲良く話す2人を微笑ましく観ながら、結界でテーブルを作ってテーブルクロスを敷き、最早お馴染みとなったティーセットとお菓子を取り出して、並べる。
アネモネのお茶に人心地着き、マナエのお菓子(今日は生ショコラだったよ)に舌鼓を打ちながら、俺はこれから送る2人の郷が、どんな所なのか教えてもらった。
もし孤児が居るようなら、口減らしが起こるようなら、そして困った事が起きるようなら、いつでも連絡を寄越すようにと、ダミーコアも渡した。
この国は一時よりは良くなったけど、まだまだ情勢が安定しているとは言えないしね。
そうしてお茶を楽しみ、休憩を終えた俺たちは、彼女たちを送り届けるために、再び空へと舞い上がったのだ。
〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 捕虜収容施設 〜
《アネモネ視点》
マスターからダンジョンコアでの連絡を受けた翌日の朝。
私達は、改築が予定されている捕虜収容施設の階層に設置された、転移施設へと来ていました。
新たに支配したダンジョン【狼牙王国】の最寄りの町、ケイルーンにて保護した孤児達を8名、そして人攫い組織に囚われていた女性を2名、迎え入れるためです。
お出迎えは私1人で充分だと伝えたのですが、マナエもついて来ると言うので同行しています。
イチは、また森へ魔物の間引きついでのレベル上げへと出ています。
施設には未だ先に保護した女性達が留まって居りますし、僅かな差ではあっても、先達として新たな住民の助けとなってくれるでしょう。
と、そんなことを考えている内に、転移施設の魔法陣が輝き始めました。
「よっと。ただいまアネモネ。マナエも、ただいま。」
マスターが、いつもと変わらない笑顔で声を掛けて下さいます。
そしてそれに続いてアザミが。更に、今回保護された方々が施設から出て来られます。
「おかえりなさいませ、マスター。」
「お兄ちゃん、おかえりー!」
こら、マナエ! マスターはお疲れなのですから、無邪気に飛び付いたりしてはいけませんよ!
とは思うものの、マスターはマナエを溺愛しておりますし、現に今も、マナエを抱き止めてクルクル回って楽しんでいます。
はぁ……あまり甘やかさないで下さいと、あれほど申し上げておりますのに。
「アネモネ、朝から準備してくれてありがとな。早速、彼女たちを案内してくれ。」
マスターは、配下であり使用人でもある私にも、いつもお礼の言葉を掛けて下さいます。
そして、その笑顔でお礼を言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまうのです。
マスターはずるいです。
「はい。それでは皆様、あちらの施設へとご案内します。」
内心を表には出さずに、粛々と先導を開始します。
施設内へと入り、保護された皆様を食堂へとご案内し、マナエには予め用意しておいた飲み物をお出しするよう頼みます。
「みんな。この人はアネモネといって、俺の補佐をしてくれる頼もしい家族であり、相棒だよ。これからアネモネに色々と説明してもらうから、良く聴いて、分からないことが有れば何でも質問してくれよ。」
「紹介に預かりました、アネモネでございます。皆様、よろしくお願い致します。」
挨拶が終わると、マスターが皆様を一通り紹介して下さいます。
貴族、冒険者、そして孤児達。
それぞれと挨拶を交わし、食堂の席へと着いていただきます。
「それじゃアネモネ、後は頼むよ。俺は戻って残った女性達の送迎と、事の仕上げに行ってくるから。」
そう言って、マスターは再びアザミを引き連れて、食堂から出て行きます。
「お気を付けて、行ってらっしゃいませ。」
一礼してマスターを見送った私は、保護された皆様に向き直ります。
「それでは改めまして、ようこそおいで下さいました。当家使用人にして、マスターの補佐を務めさせていただいております、アネモネと申します。どうぞ、お見知り置き下さいませ。」
「あたしはマナエだよ! お兄ちゃんの妹だよ!」
飲み物を配り終えたマナエも挨拶します。
それから、私は此処がダンジョン――迷宮の中である事、マスターの正体、迷宮内の都市の事など、一通りの説明をしました。
流石に皆様、驚いて居られましたね。
子供達は、あまり良く分かっていなかったようですが。
「貴族の御息女であるアグネス様には、この施設のVIPルームにて、ご帰還の手筈が整うまでの間お過ごしいただきます。よろしいでしょうか?」
栗色のふわりとしたウェーブ掛かった髪を伸ばした、美しい令嬢へとお訊ねします。
「はい。望外の待遇に、感謝の言葉もございませんわ。どうぞ、よろしくお願い致します。」
穏やかな笑みを浮かべて、快諾して頂けました。
「オルテ様は、冒険者でいらっしゃると伺っております。よろしければ、同じく冒険者の女性達をご紹介致しますが、如何されますか?」
次に、冒険者のオルテ様へと訊ねます。
彼女は、ただ1人の仲間を殺められて、攫われたとのことです。
同じように仲間を失ってしまわれた、先に保護した冒険者達は、良い話し相手となってくれるでしょう。
「是非お願いします。あの、私は僧侶なのですが、その冒険者の方達は、どのような職なのでしょうか?」
なるほど。確かに仲間になるにしても、相手の職業は冒険者にとっては重要ですね。
小規模パーティーでは役割が重複するよりは、満遍なく揃えた方がバランスが取れますからね。
「伺ったお話ですと、中・後衛の弓士、前衛の戦士、斥候の剣士の3名です。皆様女性ですし、僧侶であるオルテ様が加われば、バランスの良いパーティーに成るかと思いますよ。」
「そ、そうですか……?」
モジモジと照れていらっしゃいますね。
なんとも愛らしい仕草です。
「あ、それと、此処ではどんな信仰をされていますか? すみません、魔族の方の信仰には、疎くて……」
そういえば、孤児院出身でもありましたね。その上で僧侶に成られたのですし、信仰は大切でしょう。
「特定の神を信仰している訳ではありませんよ。都市には、ユタ教会のみをお招きしております。主であるマナカは、この世界に転生させた転生神ククルシュカー様へと、感謝を捧げています。」
「ユタ教会ですか! 良かったぁ……!」
どうやらご縁が有るご様子ですね。後ほど、聖堂へとご案内して差し上げましょう。
「あの、アネモネ……さん……?」
おや、孤児達のリーダーの少年ですね。
質問でしょうか?
「はい。どうされましたか、ラッカ様?」
マスターから伺ったお話では、この少年は没落した騎士家のご子息だとか。
13という歳で他の子供達を護ってきたというのには、驚嘆します。
「うっ……様なんて付けないでくれよぅ……! そ、それで、俺達はこれからどうなるんだ……ですか? クレイ……マナカ兄ちゃんは、ついて来れば安心して暮らせるって言ってたけど……」
「はい。貴方達は、後ほどご案内する都市にて生活していただきます。都市唯一の教会に附属する孤児院の、最初の住人となります。そこでは毎日の充分なお食事は勿論、寝床や、衣服にも困窮する心配はございません。
私の説明に、肩から力が抜けるラッカ様。
……様を付けるなと仰いましたね。
では……ラッカ君? ラッカ少年? ラッカ?
呼び捨てにしましょう。
マスターも、子供とは目線を合わせることが肝要だと仰っていましたからね。
「お兄ちゃん、よくわからないの。どういうことなの?」
ラッカに質問する少女。
マスターがこの子達を保護する切っ掛けとなった、モーラと言いましたか。
兄の服の袖を引き、良く分かっていないような顔をしています。
「あのなモーラ。俺達は、これからマナカ兄ちゃんの街で暮らすんだ。孤児院って言って、俺達みたいな、家族を失った子供達が集まる場所で生活するんだよ。」
丁寧に、分かり易く噛み砕いた説明をしますね。
伺っていた通り、本当に良い兄として、この子達を護ってきたのですね。
「え……? クレイお兄ちゃんは?」
「うっ……!」
「クレイお兄ちゃんはいっしょじゃないの? あえないの?」
困ってしまいましたね。
そもそも、マスターがこの迷宮の支配者だということも解っていないようです。
ここは、私がフォローした方が良さそうですね。
「モーラ。貴女がこれから暮らす街は、クレイが……マナカが創った街です。いつでも会えますし、遊べますよ。」
実際に孤児を保護した以上、あの子供好きなマスターなら、足繁く通って様子を見守ることでしょう。
物陰から覗く姿が目に浮かびますね。一歩間違えれば、事案ですけど。
「クレイお兄ちゃんは、マナカお兄ちゃんなの?」
「はい。マナカが、本当の名前です。」
「またあえるの? あそんでくれるの?」
「はい。お約束します。」
「わかったの。こじいんで、くらすの。」
そこまで聞いて、納得できたようです。
賢く、素直な子ですね。マスターが気に入られるのも良く分かります。
「ラッカも、よろしいですか?」
「ああ。俺はコイツらが安心して暮らせるなら、それでいいんだ。」
「良かったわね、モーラ。アタシもマナカ兄さんと遊びたいわ。」
副リーダーのエリザという兎の獣人の少女に、モーラが撫でられています。
真っ直ぐで純粋な、良い子達です。私も微力ながら、お助けしますからね。
それにしても、マスターは相変わらず、子供達と打ち解けるのが早いですね。恐るべき子供好きオーラです。最早スキルなのでは?
「それでは皆様。少し遅くなりましたが、朝食と致しましょう。食後には、街をご案内します。時間は沢山ございますので、どうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さいませ。」
そうして説明を終え、支度しておいた食事を食堂へと運びます。
子供達用には、消化に良く、尚且つ出来るだけ美味しい物を。
大人のお2人には、マスターの故郷のモーニングセットをお出しして、朝食を始めます。
途中、他の保護された女性達も起きていらして、一緒にお話しながらの賑やかな朝食会となりました。
早速、商人のルージュ様の義理の娘のエヴァが、孤児達と打ち解けたようです。
母親のルージュ様は、使用人のカリナさんと共にそれを微笑ましく見守られています。
おや、アグネス様がルージュ様の元へと向かわれましたね?
どうやらお知り合いのようですね。行商の折にお会いになった事があったのでしょうか?
ルージュ様は慌てておいでです。
冒険者で僧侶のオルテ様も、3人の冒険者に囲まれて、賑やかにお話なさっています。
会話も弾んでいらっしゃるようですし、良かったですね。
マスターにお仕えしていますと、度々このような会食をお支度する機会がありますが……
何度観ても、私の料理でお
突然申し付けられるのは困りますけどね?
それでもマスターのお望みの一歩目が、こうして現実の物となるのを観られるのは、なんとも嬉しいものです。
「アネモネ、嬉しそうだねー?」
おや、マナエ。分かりますか?
「はい。これが、マスターの望まれた光景ですから。そのお手伝いをするこちらまで、嬉しくなってしまいますね。」
「そだねー。お兄ちゃんのお手伝いしてて良かったー! って思うよね。子供と女の子ばっかりだけど。」
それは私も思っていましたよ。
「まあ、拐かしに遭うのは殆どが女性ですからね。それは仕方の無いことなのですが……」
そうです。あくまで本分は人助けなのです。
しかし……
「ミラちゃんと、ルージュさんは要注意だよね。」
「マナエもそう感じましたか。特にルージュ様は既にアプローチを始めたようですよ。」
「くぅっ! 大人の女性で、しかも未亡人だもんねー。これはポイント高いよ! しかも女の子も居るし、懐いてるしっ!」
「教会のマリーアンナさんや、ギルドのフィーアさんも意識されているようですし、マスターを慕う女性はこれからも増えそうですね……」
「あの貴族のアグネスさんも、なんかお兄ちゃんを見る目が違ったよ!」
「……一度皆で話し合った方が良いでしょうね。私達は兎も角として、殿下やレティシアは気が気でないでしょうし。」
「そうだね! 第19回女子会、招集だねっ!!」
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