第四話 大丈夫だよー、噛まないからねー。


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 捕虜収容施設 〜



 夜。

 俺は、盗賊の根城から救出した女性達を伴って、昼間支配したダンジョン【狼牙王国】に設置した転移部屋に密かに侵入し、転移して戻って来た。


 ルージュさん一家や女冒険者組、それと心を病んでしまった元奴隷の女性達は、とりあえずとしてこの捕虜収容施設に泊まってもらうことにした。

 ここなら大人数でも入れるし、大部屋から個室も用意されていて風呂も寝具も完備だしね。


 あの廃砦と違って隙間風も無いしな!


 みんなには、とりあえずは風呂にでも入っておいでと言ってある。

 その後で、俺の正体を含め今後の事など、色々と説明しないといけない。


 アネモネたち留守番組には事前に通信で状況を報せてあったため、今は仲間たちみんなで、歓迎会的な会食の用意をしている最中だ。


 フリオールとその部下たちとの親睦会を思い出すね。

 あの時もこの施設の食堂で、大騒ぎしたっけ。


 俺はというと、とりあえずこの施設の前庭に設置した転移ポイントを調整している。

 【狼牙王国】との相互転移用の施設を離れた所に新たに建造し、ダンジョンコアの通信を利用して、向こうと転移ポイントを再設定しているのだ。


「よし。これで問題無いだろ。試しにそっちに跳んでみるわ。」


『我がしゅよ、お気を付けて。』


 いや、心配はありがたいけど、転移だから一瞬なんだけどね?


 結果は大成功。

 俺は【狼牙王国】の1階層に創った転移部屋へと無事転移でき、その後向こうからもこの転移施設に帰還する事ができた。


「これでいつでもそっちに跳べるな。明日またそっちに行って色々やることが有るから、頼むな。それじゃそっちのことは任せたぞ、ヴァン。」


『御意に、我が主。お休みなさいませ。』


 新たな配下のヴァンとの通信を終え、俺は収容施設へと足を向ける。

 あー、そういや、この収容施設って、ダンジョンで捕らえた奴を入れる場所だったんだよなぁ。


 ……建て替えるか。

 収容施設は牢屋部屋の階層に新たに創って、ここは俺の客人を泊めるホテルっぽいのとか、今回みたいな時用の保護施設にしよう。


 あれ? だったら俺の家の階層と繋げちゃえば良いか? どうせ身内しか来ないんだし……


 いや、やっぱ別個にした方が良いな。

 俺の家は玉座の間から一応入ることが出来てしまうから、万が一、億が一でも、敵意を持った相手が来ないとも限らないからな。


 俺が守ってる間に、ここから転移で逃げてもらった方が安全だろう。

 そんな事をつらつらと考えながら、収容施設の中へと戻る。


 食堂には、チラホラと風呂でサッパリしてきた女性達が集まり始めている。

 俺はとりあえずそこは素通りして、調理場を覗く。


「アネモネ、ご苦労さま。進み具合はどうかな?」


 今日も今日とて、俺の無茶なお願いにも関わらず、大勢の食事の支度をしてくれているアネモネに声を掛ける。


「マスターこそ、お疲れ様です。お食事の用意はほぼ整っています。マナエとアザミには食器の準備を、シュラとイチには飲み物を邸宅に取りに行ってもらっています。殿下とレティシアには、支度が出来次第お知らせするようになっています。」


 相変わらずそつの無い仕事ぶりで本当に助かるよ。

 いつか、お返ししてあげないとなぁ。


「ありがとう。先ずは集まった女性達に俺が説明するから、ある程度で食事にしよう。一旦手を止めて、みんなを集めて食堂に来てくれ。」


 さて、毎度胃が痛い集団説明会オリエンテーションのお時間だ。

 俺って、こんなに人前に出るような奴じゃなかったんだけどな……


 食堂を見れば、大体の人数が揃ってきたようだ。

 俺は水を1杯飲んでから、食堂へと入って行く。


「あ、クレイ。お風呂ありがとう。生き返った気分だわ。」


「クレイさん、なんなんですか此処は? わたし昨日から、何が起こってるのかサッパリなんですけどぉ……?」


「そんなことよりオレ腹減ったー。」


 流石冒険者をしてただけあって、肝が据わってるな。

 エルフのミラ、虎獣人のミーシャ、熊獣人のベレッタは、普通に俺に接してくる。


 俺の正体を看破しているミラや、細かい事は気にしなさそうなベレッタはともかくとして、ミーシャからは強い困惑を感じるな。


「どういたしまして。ベレッタは、ちょっと我慢しててくれな? 先にみんなに色々と説明しなきゃだから。終われば食事にするからさ。」


 そう言い残し、一先ず3人の元を離れる。

 同じ冒険者同士、3人はだいぶ打ち解けているようだね。


 俺が次に向かったのは、ルージュさん一家の所だ。

 ルージュさんは、走り回ろうとしているエヴァちゃんを必死に捕まえて、髪を拭いてあげている。


「お風呂はどうでしたか? 少しは、疲れは取れました?」


 声を掛けると、エヴァちゃんが真っ先に反応した。


「あ、クレイお兄ちゃん! アタシ、あんなに大きなお風呂入ったの初めて!!」


「クレイさん、救けていただいたばかりか、何から何まで、本当にありがとうございますって、こら、エヴァ!? まだ髪が乾いてないでしょッ!?」


 おやおや。お義母かあさんの腕から上手く脱出したね。

 俺の元まで駆けて来て、可愛らしい笑顔を見せてくれる。


「よし、エヴァちゃん。ちょっと目を瞑って、じっとしててな?」


 俺はしゃがんで視線をエヴァちゃんに合わせ、指示通りに目を瞑ったエヴァちゃんの髪に、魔法で温風を当てて乾かしてやる。

 そして無限収納インベントリから櫛を取り出し、エヴァちゃんの髪を梳いてあげた。


「よーし。美人さんになったぞー?」


「わあ! スゴーイッ! あっという間に髪が乾いちゃった!!」


「ホントにもう……すみません、クレイさん。」


 いいっていいって。子供は元気なのが一番だよ。

 って、おや?


「カリナさん……でしたっけ? 彼女は一緒じゃないんですか?」


 ルージュさんの雇っている使用人の女性――カリナさんの姿が見えない。

 不思議に思い、訊ねてみると。


「彼女は、申し訳ありませんが先に休ませました。盗賊に襲われた事が思いの外堪えたようでして……」


 そっか。まあ、そうだよなぁ。

 普通に行商人の付き人をしてただけなのに、いきなりの刃傷沙汰で捕らえられ、あわや手籠めにされるところだったもんな。

 寧ろ、それが普通の女性の反応だろうな。


 ルージュさんは流石というか、女だてらに商人として修羅場を潜って来たんだろう。

 少しでも情報を得ようとして、多少の無理をしてるかもしれないけどね。


「そうでしたか。まあ、無理もありませんよ。お大事にしてくださいね。ルージュさんも、これから説明を行いますから、それまではエヴァちゃんとゆっくりしていてくださいね。」


 カリナさんには、落ち着いてからルージュさんに説明してもらう方が良いだろう。


「お気遣い、ありがとうございます。それと、どうかわたくしのことは気軽にルージュとお呼びください。歳もそう離れていないようですし、わたくしは既に独り身ですから……」


 う、うん? なんだか、目付きが変わってないかな?

 なんで、どうして俺の腕を胸に抱き込もうとしてるのかなっ!?


「あ、ああ。わかったよ、ルージュ。それじゃ、そろそろ説明を始めるね。」


 食堂を見回せば、元奴隷の女性たちも集まったようだ。

 アネモネが甲斐甲斐しく席に誘導してくれている。


 他の仲間も集まったみたいなので、俺はみんなから見える位置まで移動して、声を掛ける。


「みんな、疲れてるのに集まってもらって済まない。みんなにはこれから食事を摂ってもらおうと思ってるけど、その前に幾つか話しておきたい事が有るんだ。」


 みんなを見回し、俺の声が届いていることを確認して続ける。


「突然こんな所に連れて来られて、困惑するのも解る。どうか、落ち着いて聴いてほしい。まずここは、ユーフェミア王国の北に位置する、【惑わしの森】のほぼ中央だ。そこに存在する、【惑わしの揺籃】と云う迷宮の中だよ。」


 元奴隷の女性たちはともかく、ルージュや冒険者組は驚きに目を見開いている。


「そして俺は、この迷宮の主であるアークデーモン――魔族だ。本当の名はマナカという。素性を偽っていたことは素直に謝罪するけど、どうしても必要な事だったってことは、理解してほしい。」


 言いながら、自身に掛けた隠蔽魔法【欺瞞工作トリックメイカー】を解除する。

 露になった俺の角や耳を見て、再びの驚愕。まあ、若干1名は知ってたんだけどさ。


「俺は仲間と共に、名前と種族を偽って冒険者として活動していたんだ。目的は、各地の身寄りの無い子供達をこの迷宮に創った都市に保護するため。それと、行く宛ての無い移民を集めるためだ。


 そのために、迷宮へ出入りできる冒険者の肩書きが必要だったんだよ。迷宮を踏破して支配すれば、今日やって見せたみたいに、ここまで転移で人を運べるからね。」


 戸惑い半分、納得半分弱。それと、僅かな疑念かな。

 まあ、いきなりこんな話を聞かされても、正面から受け止められる人はそう居ないだろうけどね。


「俺は現在ユーフェミア王国と盟約を交わして、俺の迷宮の中に都市を創って王国からの移民を受け入れている。現在の人口は1,000人前後だ。ぶっちゃけまだまだ人が足りない。


 都市の代官になってくれたフリオール王女と協力して力を尽くしているけど、貴族達の利権争いのせいで芳しくない。そこで俺が国内外問わず、孤児と移民を集めようとしてるってのが、みんなをここに連れて来た俺の事情だよ。ここ迄で、何か質問は有るかな?」


 一旦説明を止めて、一息着く。

 みんなを見回すと、思い思いに思考に耽っているようだ。


「いいかしら? それで、アナタは私達を此処に連れて来て、何をさせたいの?」


 エルフのミラが、冷静に質問してくる。

 俺はそれに対し、率直な考えを答える。


「特に何も。まあ俺としては、都市の住民になってもらいたい。けど、住んで何をするかは、各々で決めてもらえれば良いよ。


 手に職を持っているなら職人に成っても良いし、冒険者を続けても、街を護る都市警備隊に入ってくれても良い。俺から求めるのは、平和で温かい街作りに協力してくれ、って事くらいだな。」


「呆れた……! どれだけお人好しなのよ、魔族のクセに。」


 うるせえやい。お人好しは自覚してますぅ〜!


「わ、わたくしからも良いですか?」


 お、ルージュからも質問か。


「うん。気になる事が有れば、何でも訊いてほしい。」


 促してやると、おずおずと、それでも力の込もった声で話してくれる。


「税金や住宅はどうなっているのですか? 仮に住む事になっても、それを賄えるだけの資金が無い人も居る筈です。」


 まあ、移民団に関わっていない人なら、当然の疑問だよね。


「税金については心配しなくて良いよ。俺の都市は王国法に則って開拓地扱いだから、向こう3年間は税は掛からない。住宅も、空いている家から選んでくれれば無償で提供してるよ。


 元々俺が迷宮の権能で創り上げた都市だから、元手は掛かって無いしね。人口が都市レベルの水準に達するくらいの住居は用意してあるから、住民募集中の今なら、早い者勝ちってワケだ。」


「そんな高待遇で……? で、では、商いを始めたい場合はどうなのですか?」


 結構乗り気になってきてるみたいだね?

 まあ元々、俺が力を貸すからってここについて来た訳だしね。


「開業資金についても、行政府から助成金が僅かながら出る筈だよ。それでも足りない場合は、低金利での貸し付けも相談出来る。


 自画自賛かもだけど、そういう福利厚生面にはかなり力を入れてるから、新生活も始めやすいと思うな。それから店舗になる物件も、賃貸から始めていずれは買い取るってことも出来るよ。中には住居付き店舗だって在るしね。」


 マジ破格じゃね? 自分で説明してて、そんな都合の良い話有るワケねーだろって思うくらいだわ。


「夢みたい……そんな、破格の条件で……!」


 うんうん。信じられないのも無理は無いよ。

 でもこれ、現実なのよねぇ。


 これぞダンジョンマスターの権能ちからよ! ふはははッ!


 一先ずの説明はこんなところかな? 質問への回答で補足もできたと思うし。


「他に訊きたいことは無いかな? 無ければ、みんな疲れてるだろうし、食事にしようか。」


「なあ、クレ……マナカ……さん?」


 説明を終えようとした俺を、熊獣人のベレッタが止める。

 どした? 訊きたいことが有るなら聞くよ?


「マナカでいいよ。どうした?」


「いや、元々盗賊に捕まってた達はどうするのかなって。とても新しい生活どころじゃないだろ?」


 ああ、そういえばもう自分の中で決定事項だったから、言い忘れてたな。


「そうだったな。彼女たちは、暫くは俺が面倒を見るよ。盗賊団の首領に受けた仕打ちのせいで、今は自分の意志が弱っちゃってるからね。俺に庇護を求めてくれたし、そこは責任持って、回復するまで療養させるさ。」


 俺の答えにホッとした様子のベレッタ。案外気に掛けてたみたいだね。

 優しいだ。


「それじゃあ、食事にしよう。先ずは食べて、ゆっくりと身体と心を癒してくれ。答えを焦る必要は無いからね。」


 俺の目配せでアネモネたちが準備に取り掛かる。

 食堂に次から次へと料理や飲み物が運ばれ、広いテーブルが埋め尽くされる。


「俺の補佐でもあるアネモネの料理は絶品だから、是非味わってくれよ。それじゃ、みんなゆっくり楽しんでね。」


 そう宣言し、食事会が幕を開ける。

 普通の人は見たことが無いような地球の料理の数々だが、俺や仲間達が手を付けることで、恐る恐るだが料理を口に運ぶ。


 でもひと口食べれば、そんな警戒は吹き飛んだように、みんな思い思いに(ベレッタなんかは凄い勢いで)食べ始めたよ。


 うん。食は元気の源だからね。いっぱい食べてくれよ。

 Made by マナエのデザートも有るからねー。


 俺もみんなの様子を観つつ、料理に舌鼓を打つ。

 うん、やっぱアネモネの料理はいつ食べても美味しいな。


 しかし。

 そんな和やかな雰囲気の食堂だったのだが、突然勢いよく開かれた扉に空気が固まった。


 驚いたみんなの注目が集まるそこには……!


「おいこらマナカ!! いつまで待っても呼び出しが無いから様子を見に来れば……どうして我ら抜きでもう会食が始まっているのだ!?」


「マナカ殿、酷いですよー!!」


 あ……声掛けるの忘れてたわ。

 入口に立って、涙目で肩を怒らせているのは、食事を始める前に呼ぶつもりだった、フリオールとレティシアだった。


「すまん! すっかり忘れてたッ!」


 うん。ここは正直に謝ろう。


「『忘れてたッ!』ではないわバカ者ッ!? なんでも正直に謝れば許されると思うなよ!?」


 あらら。相当お冠ですわこの姫様ってば。


「ねえ、マナカ。あのいきなり乱入してきたくせに大威張りな女は、一体何なの?」


 おおう、エルフのミラがちょっと毒を吐いてるよ。

 あまり遠慮しないとは思ってたけど、お前アイツの素性知らないもんなぁ。


「ホントですよぅ。折角みんなで美味しい料理を楽しんでたのに……!」


 虎獣人のミーシャまで、不機嫌そうにそんなことを言う。


「うめっ♪ うめっ♪」


 べレッタは我関せずか。ある意味大物だな、この

 まあ、待て待て。今紹介するから。


「あー、みんな済まない。食べながらで良いから聴いてね。」


 俺はフリオールに集まる視線を、再び俺に集めた。

 そしてひと呼吸置いてから、おもむろに爆弾を投下する。


「彼女たちは元々食事を始める前に呼ぶつもりだったんだけど、忘れちゃっててね。紹介するよ。俺の街の統括代官を務めてくれてる、ユーフェミア王国第1王女のフリオールと、治安維持を担う都市警備隊の隊長を任されてる、レティシアだ。何か困ったことが有れば、相談すると良いよ。」


 遅ればせながらみんなに2人を紹介して、俺の居るテーブルに手招きする。


 おや? みんな固まってしまって、どうしたのかしらん?


「フリオール・エスピリス・ユーフェミアだ。ダンジョン都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】の統治を、国王陛下より任命されている。新たな住人候補として、貴女達を歓迎するぞ。」


「レティシア・リッテンバウワーです! マナカ殿の一番弟子で、都市警備隊隊長を務めています! 街で困り事が有れば、何でも相談してくださいね!」


 はい、2人ともありがとさん。


 うん? どうしたミラ? そんな壊れた人形みたいにこっち見んなよ。

 うん、怖いよ?


「え、ええと……お、王女サマ……?」


 うん、そだよ。

 ここはにこやかに頷いてやろう。


 大丈夫だって。コイツがキツく当たるのは、大体俺か父親の王様だし。

 怖くないよー?


「「「「はああああああああああッッ!!!???」」」」


 おおう。見事な大合唱です、はい。


 お、元奴隷の女性たちまで固まってこっちを凝視してるな。

 そんなに驚くことかな?


 俺とは普通に喧嘩するくらいの仲なんだけどな。



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