第20話 夏休みという非日常は○○


 あれから別段変わったことや依頼なんかもなく、

 無事平穏に夏休みに突入したのだった。


 しかし、夏休みに入ってから

 あまり日も経たないうちに、

 風紀部の召集がかけられた。



「話っていうのは何ですか?」



 真面目にコツコツ宿題を進めているところに、

 突然学校に呼び出されたものだから、

 少しばかり不満を抱いて口にした問いだった。


 しかし凌先輩がそんなことを知るはずもなく、

 さらりと答えてくれた。



「文化祭の出し物についての

 話し合いをしておこうと思ってね。

 みんなは何がしたい?」



 すると一番に手を挙げたのは意外にも、

 速水先輩だった。



「劇以外がいいです!」



 あぁ、なんとなく察した。

 女子に人気を博しているから、

 客寄せパンダのようなことを

 させられて参ったのだろう。


 次に、那月先輩が手を挙げた。



「それは俺も賛成。

 あと、見回りするためにも、

 食品バザーは遠慮したいな」



 そうやって消去法で

 選んでいくとなると残るは……



「じゃあ、喫茶店はどうですか?」


「そうしよう!」



 凌先輩だけでなく、

 その場にいた全員が賛成した。

 また、佐渡先輩が手を挙げた。



「じゃあ俺からも提案。

 その喫茶店で男装・女装をしないか?」



 普段、そういうノリ的なことは

 滅多に口にしない佐渡先輩がどうしたのだろうと

 疑惑の目を向けていると、

 彼は説明を補足してくれた。



「ただ単に遊びでしようというわけじゃない。

 これは身の安全のためだ。

 文化祭はトラブルが頻発する、

 そこでトラブルに巻き込まれたら、

 その場だけでなく、

 後々報復なんかで狙われる危険性も少なくはない。


 だからこその男装・女装なんだ。

 ついでに、働くとき用に

 源氏名のようなものをつけたいと思ってる。


 それも同じ理由だ。

 名前と性別が分からなければ、

 探しようもないだろ」



 思っていた以上の真剣さと

 配慮に僕はいたく感銘を受けた。



「やりましょう、男装・女装喫茶!」



 凌先輩も頷き、さらに話は展開していく。



「そうと決まれば、日向さんの出番だな」



 凌先輩の口から発された

 聞き覚えのない名前に僕は首を傾げる。



「奏くんたちは知らないよね。

 俺の兄ちゃんのなんだ」



 那月先輩の口から説明が為されて納得しかけるが、

 そのことと何の関係があるのだろうと、

 また疑問を感じてしまった。


 そこで再び、

 那月先輩の口から説明が為される。



「俺の兄ちゃんは、貸衣装のお店で働いていてね。

 前にも格安で衣装を貸してもらったことがあるんだ。

 だから今回もそうしようかなって」


「なるほど。それなら賛成だよ」



 異議が唱えられることもなく、決定に。



「じゃあ、借りる衣装の下見をしておかないとね。

 那月、一度、日向さんに連絡してくれる?」



 凌先輩が部長らしく話を進めていく。



「了解」



 那月先輩がスマホで電話をかけて確認を取ると、

 今日今からでも来ていいそうだ。


 もちろん、

 店長さんにも了承は得ているとのこと。



 早速僕らは、

 日向さんの働いているお店へ向かったのだった。



「「いらっしゃーい」」



 快く僕らを出迎えてくれたのは、

 日向さんだけでなく店長さんもだった。


 日向さんは二十代前半店長さんは美人な女性で、

 二十代後半から三十代前半といったところだった。


 尤も、化粧について詳しくない男の僕の見立てだ、

 実年齢はもっと上かもしれない。



 すると店長さんは僕らを見るなり、

 一目散に速水先輩の元へと駆け寄っていった。



「久しぶりね、速水ちゃん」


「お久しぶりです、間山さん」



 どうやら、

 店長さんのお気に入りは速水先輩のようだ。



「で、今日はどんなものを探してるの?」



 日向さんが僕らに尋ねてきた。

 その問いには部長である凌先輩が応答した。



「文化祭で男装・女装の喫茶を

 することが決まりましたので、

 その衣装を見繕っていただこうと思っています」



 凌先輩の言葉に、

 店長さんがいち早く食いついてきた。



「テーマとかはないのね?」



 あまりの迫力に、

 あの凌先輩も後込みするほどだった。



「は、はい。そうです」


「それなら、ちょうどいいものがあるのよ。

 こっちに来てもらえるかしら」



 そう言われるままに

 店の奥の方へ突き進んでいくと、

 真新しそうな衣装が

 いくつも並べてかけられていた。


 それらは、

 現代風の安っぽいコスプレというよりも、

 本格的な歴史物の貸衣装のように見えた。



「つい最近仕立てたばかりのものなのよ。

 文化祭で着てもらえたら、

 宣伝にもなるから」



 店長さんの言葉に僕は耳を疑った。



「え!? この衣装、

 店長さんが作られたんですか?」



 僕の漏らした驚嘆の音に、

 店長さんは誇らしげに答えてくれる。



「そうよ。この店に置いてある

 衣装の大半は私が作ったの。

 この書生さんの衣装は私が仕立てて、

 あのはいからさんの衣装は

 日向くんにも手伝ってもらったわ」



 すると、はにかみ笑いを浮かべる

 日向さんの姿があった。



「そ、そんなことより、

 みんな試着してみてよ!」


「そうね、そうしましょ」



 促されるままに僕ら男子陣ははいからさんの衣装を、

 女子陣は書生さんの衣装を

 試着してみることになった。 


 また、日向さんがそれに合わせて

 ウィッグや髪飾りをセットしてくれた。



 その後、風紀部全員の写真を撮った。

 店長さんからその写真を

 宣伝用に欲しいと言われたのは、

 言うまでもない。



 しかしまあ、これで文化祭の

 衣装の準備は完了したのだ。

 言うことはないだろう。


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