第12話 東雲奏は不運に見舞われるが、天使とも出逢う(8)
「僕だけじゃなくて、
僕を含むオタクを
馬鹿にしたことを謝ってほしい」
先輩たち以外の周囲にいた生徒は
驚いただろう。
この状況下で突然
こんなことを言い出すのだから、
当たり前なのだけれども。
僕がずっと引っかかっていたのは、
「オタクのくせに」
という彼らの差別的発言だった。
今回の件も、難癖をつけるために、
オタクであることを言い訳に使っていた。
オタクであることは、
差別される理由にはならない。
もっとも、差別されるべき
理由などあっていいわけがないが。
オタクというのはある専門分野に
長けている人たちを言う俗語だ。
だからそれは、
蔑称として使われるもの
ではないはずなのだ。
一部の人が何か犯罪を犯すだけで、
皆がそうだと思わないでほしい。
オタクというのは、
大抵の人が一つのことに
誇りや希望を持っているだけで、
無害なのだから。
僕はそれを伝えたい。
「分かったよ」
少し不服そうな表情だった。
だからこそ僕は
声を大にして言ってやる。
オタクの何が悪いのだと。
「オタクは差別される理由にならないよ。
誰に迷惑をかけるわけでもなく、
ただそれが好きなだけだ。
オタクを嫌うのは構わない、
でも、馬鹿にしたり、
見下される謂われもないよ。
だから、今まで散々吐いてきた、
オタクに対する
侮蔑的発言を謝ってほしい」
弱気になってはいけない。
弱気になったら、
自分自身がオタクは侮蔑されるものだと
認めてしまうことになる。
だからこそ僕は、城山の目を
しっかりと見据えて言ったのだ。
「そうだな、
オタクだからって馬鹿にできないよな。
悪かったよ、
オタクを言い訳にして嫌がらせしたりして。
本当に、ごめん」
さきほどの体験も含めたと
思わしき発言に加え、
どこか自嘲気味な口調だった。
普通ならここで、
「いいよ」なんて言葉をかけたり
するものなのかもしれないが、それでは甘い。
と言うよりは、相手の本心だけは
知ることができないから、
僕はこの言葉を選んだ。
「城山たちが今回のことも含めて、
普段の言動を、心から反省したなら、
僕は許すよ」
これが一番効果覿面だろう。
そして、最後に僕は意味ありげに
ニコッと笑ってみせた。
これにて事件は一件落着した。
その後、彼らは傲慢な言動を慎み、
少し思いやりを持てるようになったようだ。
また、二週間と経たないうちに、
僕の私物とICレコーダーが
弁償されたのは言うまでもない。
学生なのにこの期間で
全てを買い集めたのは、金銭的にも、
労力的にも大変だっただろう。
それを鑑みると、少しは
見直してやってもいいのかもしれない。
そして無事、依頼達成ということで、
僕はまた、風紀部部室を訪れていた。
「先輩方、今回は本当に
ありがとうございました!」
僕は礼儀正しく、一礼を捧げた。
すると、
那月先輩が返答をしてくれた。
「いやいや、お礼もそうだし、
部としての依頼なんだからいいよ」
那月先輩は相変わらず
ふわふわした雰囲気を纏っていた。
和む。
「いえ、そうだとしても、
僕がした以上にお世話になったので、
お礼させていただきたいです」
すると突然、那月先輩は思案顔になり、
あるお願いをしてきたのだった。
今にして思えば、
那月先輩も顔に似合わず、
企みが上手いのかもしれないと思う。
可愛い顔して、侮れない。
「本当にお礼してもらうほどの
ことじゃないんだよ。
でももし、お礼したいって言うなら、
うちの部に入部してくれないかな?
部員が少なくて困ってるんだ」
それは副部長の那月先輩ではなく、
部長である凌先輩が言うべきなのでは?
と思ったが、那月先輩の方が
親しいからかもしれない。
「前にも聞いたかもしれませんが、
具体的には
どういうことをしているんですか?
表向きじゃない話で」
那月先輩は別段隠す様子もなく、
さらりと答えてくれた。
「今回みたいに
依頼を受けることが主かな。
生徒だけでなく、先生の雑用とかもね。
その他に、定期の風紀検査や
風紀部主催のイベントなんかも
いくつか行っているよ。
それに、風紀部に入部したら、
いくつか校則の免除や
特権なんかもあるんだけど、どうかな?」
な、なんか必死に勧誘してくるけど、
怪しい部活ではない、よね?
今まで、依頼の件できちんと
仕事をしていたのはこの目で見てきたから、
大丈夫なはずだ、うん。
先輩たちを信じよう。
「風紀部主催のイベント
というのが面白そうですね。
それに、先輩方がいる部活なら、
楽しい学校生活を送れそうです」
それだけは確信できるのだ。
那月先輩はキラキラと
期待の眼差しで僕を見つめて言う。
「ってことはもしかして?」
期待通りの言葉を
聞かせてあげましょう。
「はい!
一年五組東雲奏、
喜んで入部させていただきます」
「え、ホント!?」
那月先輩だけでなく、
先輩たち全員が
僕の入部を喜んでくれた。
僕はその日に入部届の用紙を受け取り、
翌日提出したのだった。
そして、僕は風紀部という
居場所を得ることができた。
さらに、風紀部部室の棚に
僕専用の荷物置き場が設けられた。
三百円均一や雑貨屋なんかで
よく売っている収納ケースを部費で購入し、
部室の棚に置いてもらったのだ。
たったそれだけのことだけど、
僕はここにいてもいいのだと、
存在意義を与えられているように思えて、
嬉しくてたまらなかった。
せっかく用意してもらえた私物置き場だ。
だからこそ、この質問は欠かせない。
「ちなみに、
部室に置く私物は何まで可ですか?」
ふざけたことを
抜かしているつもりは毛頭ない。
大真面目だ。
僕の気持ちを察してくれたのか、
凌先輩が即答してくれた。
「校則違反にならないものなら大丈夫だよ」
すごく幅広いな。
しかし、校則違反に
なるようなものってなんだろうか。
「ありがとうございます、了解しました」
かくして、
風紀部に馴染んでいく僕であった。
入部から、数日が経った日のこと。
「奏、風紀部に入部したらしいね」
何の前置きもなく、桔花はそう言った。
一緒に帰っていたのに、
何の相談もなく入部を
決めてしまったことを
怒っているのだろうか。
結局、いじめの件に関しても、
桔花には何も言わず仕舞いだった。
それはもちろん、桔花には迷惑をかけまいと、
考えてのことだったけれど、
桔花にとっては不安だったのかもしれない。
その分も反省して、
少しくらいは説明しようかな。
「うん、そうだよ。
お世話になった人たちがいる部活で、
先輩たちはちょっと変わってるけど、
思ってたよりもずっと楽しいよ」
先輩たちのことを話すのが
少し照れ臭くて、頬を指で掻いた。
少しばかりぼかして
話したつもりだったけれど、
桔花にはお見通しのようだ。
「お世話になった人たちって、
この前クラスに来て、
城山たちに謝罪やら
何やらさせた人たちでしょ」
「え、どうして分かったの。すごいね!」
僕が感心していると、
桔花はなぜか
そっぽ向きながら説明してくれた。
「そりゃあ、あれだけ目立ってたらね。
それに、それ以外で親しそうな
先輩の陰は見当たらなかったし、
あれで他の部活に入る方が不自然でしょ。
奏の性格的に」
「さすがは桔花だね、
僕のことよく分かってる。
何でも見通されてそうだな」
冗談半分のつもりで言ってみたのだ。
すると桔花はこう答えた。
「そんなことないよ」
と、視線を落としてそう呟いた。
「…………」
どうしたのかな。
「大丈夫?」と声をかけようとすると、
それに気づき、
桔花はすぐにいつも通りに戻った。
それとも、
そう装っただけなのかもしれないけれど。
「じゃあ、あたしも入部しようかな。
いくらお世話になった
先輩たちがいるって言っても、
奏一人じゃ心細いでしょ」
やっぱり桔花は
僕のことをよく分かってくれている。
桔花は僕にとって
一番の理解者かもしれない、
それくらいに大事な存在だ。
「ありがとう、桔花!」
だからこそ、
その言葉はすごく心強かった。
かくして、桔花も風紀部に
入部することとなったのだった。
これからの部活が
より楽しみになったなぁ。
勿論、桔花も
僕と同じように部室へ行き、
そこで入部届の書類を受け取り、
後日提出した。
さらに、入部手続きが完了すると、
桔花にも
専用置き場が設けられたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます