第12話 草鞋を編む

 見事、京都府大学法学部に合格した貴は、京都で一人暮らしを始めた。36歳にして2度目の大学一年生。確かにその姿は、市役所のいち公務員として働いていた時に比べると生き生きとしていた。

 貴は政治家になることを目標に勉学を始める。とはいっても社会人経験があるため、座学だけでは世間では通用しないことは百も承知である。そこで、大学に行きながら代議士の事務所に勤務することを思いついた。とはいえ京都は未開の地、更に言えば京都の代議士のパイプなど一つもない。はて困った。貴は考えた。<だいたいそういう輩は高級なクラブに集まって飲むというのが相場なんじゃないか?>

 そこで、祇園の高級クラブ「祇園 桜木」の働き口を何とか確保した。そのためになけなしの大金を叩いて数回そのクラブへ行ってみた。その際クラブの「杏奈ママ」に働き口がないかと頼み込んで、漸くつかみ取った。とはいえ、仕事はクラブのボーイである。そこで働く動機が代議士と繋がるためとはママにも伝えていない。

 「祇園 桜木」に勤め始めて3か月余り過ぎたころ、元国会議員で地元の重鎮的な伊東明行が取り巻き3人くらいを引き連れて飲みに来た。京都では知らない者はいないし、貴もTVで見た顔だ。貴はボーイであるから、顧客の入店から座席までの移動のエスコートまでをする。帰りはその逆だ。接触するチャンスが来た。これを逃す手はない。が、店内ではただのいちボーイでしかない。何とか接触するきっかけが必要だ。そこで貴は考えた。伊東の上着を預かる際、ポケットの煙草とライターを密かに抜き取る。伊東は大の煙草好きで有名であったから、それが無いとなると注文するに違いない。それを自分が買って来て伊東に手渡す。そして後日、ライターが見つかったいう体で自宅なり事務所なりに赴いてそこから勝負する、という筋書きだ。

 早速行動に移す。貴は伊東とその他3人を座席まで案内すると、

「お客様、上着をお預かりいたします」

と言って、4人の上着を預かろうとした。しかし、伊東が一旦貴に預けた上着を引っ張った。

「俺はこれが無いとしんでしまうからのお」

「先生、困りますよ~あはは」

そう言って、自分の上着から煙草とライターを取り出した。

<な、なにぃ!>

 貴は焦った。目論見がこの時点で崩れ去った。ああ、俺の計画が。仕方なしに煙草の入っていない伊東の上着とその取り巻き3人の上着をクローゼットに持って行った。その取り巻きの3人のうちの誰かのポケットにライターだけが入っていた。

<お、誰のか分からんがライターだけ入ってる!一応こいつを預かろう>

 貴は窃盗のごとくポケットのライターを取り出した。それは結構な値が張るものだと一見して分かった。すると、

「おお、ボーイ君。さっき我々の上着を持ってったろう?その一番大きい上着を貸してくれ」

「は、はい」

 その男は、貴より年下か同い年くらいに思えた。そして、ライターの入っていた上着はその男のものだった。

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