君の小指でチョコフォンデュ
こばや
前編 彼の今年の願望
「今年のバレンタインは渚の足でチョコフォンデュがしたいんだけど、どうかな」
私の幼馴染で恋人の斎藤
高校からの帰り道、人気がまだある状態だと言うのに突然こんな事を言い出す男が変態で無くして何なのだろうか。
そんな空気を読む事を知らない恋人の耳に、人目を憚らず口を寄せる私。
「えっと、そういうのはせめて私か優の部屋に行った時にしてくれない?」
「すまん……つい先走ってしまった」
「ついじゃないわよ!全くもう……」
全く悪びれる様子の無い彼氏に私、海鳴 渚はただただ呆れるばかりだった。
しかしそれは彼にだけでは無く、こんな彼を特に咎める事なく一緒に過ごしてきた私自身に向けたものでもあった。
優がこう言った事を口にするのは今回に限ったことでは無く、毎年、決まった時期に起こることなのだ。
それがいつなのかと言えば、決まってバレンタインデーが近づいてきた時。
私と優のバレンタインデーの過ごし方はきっと他の人たちとは違う。恋人だから、とかそう言うのではなく、私と優だけの過ごし方だと、思っている。
それが、何かといえば『バレンタインデー』=『優の願望を叶える日』であるからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで、今年は何?私の足でチョコフォンデュ!?」
「おう!」
「あのねぇ……一昨年の優の要望覚えてる?」
彼女の部屋に来ても尚、気持ちが変わる気配が無くむしろ元気いっぱいに返事する彼氏に、私は少し呆れながらも『これが優だしなぁ』と自分に言い聞かせる。
これが私と優の付き合い方なのだから。
そんな事を考える私の問いに、優は悩むことなく即答する。
「もちろん。へそチョコだな」
と。
キリリッとした顔つきの彼に、気圧されそうになりながらも私は質問を続ける。
「そう。へそチョコ。あの時どれだけ手入れ大変だったか覚えてるわよね?」
「もちろん。へその奥にまで入ったチョコを必死に舐めとってたら突然渚がキレたやつだな」
「そうね。確かに怒ったわ。やめてって言っても全然舐めるのをやめる気配なかったから、あの時は怒るしかなかったの。でも今回言ってるのはそれじゃ無いの」
当時のことを思い出しながら私は何とか淡々と言葉を発する。
彼が見守る中、自らのへそに熱いチョコを流し込んだあの日の事を。恥ずかしさと擽ったさでどうにかなってしまいそうになっていたあの日の事を、私は今でも忘れられない。
忘れることなど、出来やしない。
そして、それは優も同じようで
「違うのか?あの時、渚が必死に声を我慢してるのをもっと聞きたくて、焦らしながら舐めてたのをバレて怒られたのかと思ってたわ」
「優ってば、あの時そんなこと考えてたのね……あとでお仕置きしなきゃね」
「あ、やべっ」
と、彼なりに当時どんな事を考えていたのかを、覚えてるようだった。
やってる事以上に思考まで変態だったとは思わなかったけど。
「って、そうじゃないわ。おへそ舐めてたとかじゃなくてその前段階の話!お手入れ!!」
「そんな話、してたっけ?」
「したわよ!優に食中毒が起こらないように、要望言われてから三日間毎日入念に洗ってたの!!」
話題がズレそうになったのを察知して私は無理やり元の話へと戻した。
目の前の事に見境なく飛びつきがちな彼を引っ張るのは私の義務で、私だけの特権だと思っている。
「そうだったのか」
現に、少しおとぼけた反応をするのだから。
そんな彼を少しばかり愛おしく感じながらも、私は話を再開させる。
「洗った矢先に汚れないように、おへそ周りをラップで密閉したりして本当に大変だったんだから!!」
当時の私が彼の事を思いながらしていた事を思い出しながら。
それが本人に伝わったのか
「渚がそんなに俺のことを思ってくれてたなんて……」
と少しばかり声を震わせる優。
「そりゃ、幼馴染で大事な恋人だもの。どんなに優が変態でも、病気にはさせたくないわ」
「渚が恋人で良かったよ」
「どういたしまして」
身長が飛び抜けて高いわけでは無く、成績も学年平均を何とか維持し続けてるくらいの彼氏だけれども、感受性が豊かで何より私の事を大切に思ってくれてる。
私はそれだけで満足なのだ。
それが、彼にほんの少しだけしか届いていなかったとしても。
しかし、それはきっと杞憂だったのかもしれない。
「それで話を戻すけど、今年は足でチョコフォンデュでいいのね?」
「そうだけど……いいのか?手入れ、大変なんだろ?別のを考え直そうか?」
彼なりに私の事を愛してくれてるのを、毎年この時期になると実感させられるから。
だから私は彼を強く咎めるつもりは無いのだ。ただ、不満がないわけでは無く……
「いいのよ、もう。優が私のありがたみを分かってくれたらそれで。それに」
「それに?」
「去年みたいに、その……谷間や太ももにチョコクリームを流し込まれるよりは全然いいかなーって……」
やはり、変態性はほどほどであって欲しいと思う時もあるのだ。
「そんなに嫌だったか?」
不安げに私の顔を覗き込む優。その表情はまるで捨てられた子犬のようで、正直ズルいと思った。
そんな顔をされてしまっては、言葉を選んでしまう。ましてや、恋人なら尚更の事。
しかしながら、たまには彼にお灸が必要だという事を十分に分かっている私は、心を鬼にして言葉を口にする。
「嫌というより、なんていうかその……いつも以上に優が変態でちょっとキツかった」
と。
これで少しは自重してくれるのかなと、私は期待した。
だが、現実はそうはいかず
「でも渚だってノリノリだったじゃん。『ほら、こっちのチョコは舐めないの?』って鎖骨にチョコクリームを流し込み始めた時はビックリしたよ」
ただただ返り討ちにあっただけだった。
優が口にした事に嘘は無い。実際に鎖骨にチョコクリームを流したという事をよく覚えてる。しかし、私としてはそれを嬉々としてやっていた事にはしたくなかった。
だから、私は誤魔化す事にした。
「あれは違うのよ!優なら喜んでくれるのかなって思ってやっただけよ!!」
「そうかぁ?目がイキイキしてたぞ?」
「してないもん!」
「いーや、してたね。俺は渚がどんな顔してるか見逃したこと無いからな!」
「……っ!」
あまりにも不意打ちな言葉に、私は反撃するどころか、言葉を詰まらせてしまった。
時々私はチョロいのではと感じることがあるが、それが確信に変わった。
私がどんな顔をしてたか見逃したことが無い。
そう言われただけで、胸が高鳴り、顔に熱が込み上げてくるのだから。───彼のことが好きなのだと、再認識させられるのだから。
「だから俺だけが悪いわけじゃ無いからな……?どうした、急に目を背けたりして」
「うっさいバカ!!今からどうやって足の手入れするか考えるから今日はもう帰って!」
優に表情を読み取られまいと、必死に顔を見せないようにしながら私は彼を部屋から追い出す。
このまま一緒の部屋にいたままだと、私自身が耐えられないと悟ったからだ。
「優の事言えないなぁ、私……」
そう言って私、海鳴 渚は優の出て行った部屋で思いっきり深呼吸する。彼の残り香を吸い尽くすように何度も。
「私だって変態じゃん……!」
明日はバレンタインデー。両親不在の隙を狙って、彼との特別な時間を胸に刻む日である。
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