マウンリッシー
佐藤まどか
プロローグ パーティーでみんなの視線を独り占め
暖かな日差しを受けた新緑の青々と輝く公園は耳を澄ませば時折、小鳥のさえずりがどこからか聞こえるほど自然豊かではあるが、天高く立てられたビルの森に囲まれた中央に位置している。その為かどんな時間帯でも基本的に人気があり、日もすっかり上りきった晴れた日の朝には犬の散歩やランニング、ジョギング、ヨガなどを楽しむ人々が多い中、優雅に一服をしながら手入れの行き届いた芝生に寝そべり、空いている手でブルガリのピアスを弄るロミオ・パーシヴァルは、どこかの国の王子さまのようなルックスの持ち主。
少しクセがありながらもサラサラと指通りのいい蜂蜜のようなブロンドにサファイアを彷彿とさせるブルーの瞳は思わずうっとりしてしまうほど魅力的で、女の子はみんな彼の瞳に見つめられればすっかり虜になってしまい、中にはその完璧さに腹立たしさを感じる人物も一定数いる。だがその隣で、きっちりと撫で付けるようにセットしたブルネットにエメラルドグリーンの瞳を忙しなく動かすのはロミオの親友ニクラウス・ジンデル。
クールで神経質そうな雰囲気を醸し出す彼のルックスは町ですれ違えば思わず振り返ってしまうほどのハンサムで、ロミオ自身も親友として鼻が高い。ロミオのようなさわやかさもチャーミングさも持ち合わせてはいないものの、悪魔的な魅力があるのだがその近寄り堅さからか、数名の女子と付き合っていた程度で特に浮いた話もない。
そんな彼は新しく買ったばかりのピアジェの新作時計を眺めながら、先ほどからタブレットを黙々と操作してばかりいる。その操作時間はおよそ二時間ほどは経過しており、特に会話のないニクラウスにロミオがウンザリし始めるには十分な頃だ。
「さっきから何してるんだ?」
「お前には関係ない」
「なんだよ、冷たいな。女の子にもそうなのか? もしそうなら、お前がモテないハンサムな理由はこれだな。また探偵みたいにどこかの誰かを調べ上げてるのか?」
「うるせぇ、黙ってろ。見てわかんねぇのか。俺は今忙しいんだ。あんまり騒いでると、カーラにお前の秘密を話してやるからな」
タブレットからようやく顔を上げたニクラウスの表情は疲労よりも心底迷惑そうに歪んでおり、ロミオの顔近くに指されているニクラウスの指は怒りにわなわなと振るえている。今の彼はとても冗談が通じそうにない状態だとロミオは長い付き合いの中での経験から瞬時に理解した。
「わかったよ、邪魔して悪かった。でも、少なくとも二時間はずっとそうしてる。ちょっと休まないか?」
鬱陶しそうにニクラウスはロミオを睨むが、ロミオは全く気にせずへらへらとして、公園の入り口近くにあるコーヒーショップを顎で指しながら視線で彼を誘う。最初は断っていたが、行くというまで諦めそうにない頑固な親友にニクラウスはやれやれと両手を挙げて、仕方なく付き合うことにした。
*
ロミオとニクラウスの過ごしていた公園近くにある競い合うかのように空高く建てられた角ばったビル群。その中にシャネルやバーバリー、マークジェイコブス、ステラ・マッカートニー、ディオールなどの高級ブランド店が軒を連ねるデパートには、相も変わらずたくさんの買い物客が出入りをする。大きさやブランドの違うショッパーを大量に持ち歩く人もいれば、よく吟味をして商品を選んでいるらしき人、ウィンドウショッピングだけを楽しんでいる人、アクセサリーやネクタイを選び合っているカップルや夫婦など本当に様々だ。
その中のひとり、真夜中を思わせるほど深いブラックのリボンカールヘアとミリーのワンピースを自慢げに揺らし、フォグブルーの瞳を楽しげに輝かせた可憐な美女カーラ・ロッドフォードは、お目当てのナルシソ・ロドリゲスのドレスを三着とサルヴァトーレ・フェラガモで一目惚れしたカチューシャを五本購入した。その証拠に左手には大きめなショッパーと小ぶりなショッパー二つがぶら下がっており、それをカーラは満足げに見つめた後、出口に向かいながら最新モデルのスマートフォンを右手で素早く操作し、昨夜連絡したばかりのケータリング業者に連絡を取った。
「どうも、カーラ・ロッドフォードです。メニューの件についてですが、ローストビーフのソースは軽めにして、フルーツの盛り合わせはシャンパンの隣に。デザートにはベリータルト、モンブラン、チョコレートケーキ、ショートケーキを各種バラバラにケーキスタンドに乗せて頂戴ね。それから・・・・・・」
予定通り順調に進んでいるパーティー計画にカーラは満足しており、本番も大成功となれば文句なしだと期待に胸を弾ませながら外で待たせているリムジンへと急いだ。
*
同じ建物内でペネロピ・イートンは、パーティー用のドレスを友人と共に物色していた。鏡の前に立ってドレスを合わせては元に戻し、また別のドレスで合わせては元に戻すという行為を飽きもせずに何度も繰り返していた。
その動作を一時間ほど繰り返している間に、一緒に来ていたクラスメートの友人二人は既にドレスを決めており、それぞれオレンジが活発でフレッシュな印象を与える可愛らしいバルーンドレスとシックで落ち着きのあるヘリオトローブが柔らかな女性らしい印象を与えるシフォンドレスを楽しげに眺めている。その後ろでペネロピはプラチナブロンドのミディアムヘアを手で軽くまとめて、ようやく絞った二着のドレスをヘイゼルの瞳で悩ましげに見つめていた。
ペネロピの憧れている人物のひとりカーラが着ていたコーザ・ノストラのドレスとロリックのドレスを交互に当て、どちらを購入するか悩んでから少なくとも三十分は経過しているが一向に決まらない。こういった場合に店員や親よりも友人の意見のほうが役に立つということはペネロピ自身もよくわかっていた為、振り返って意見を求めることにした。
「ねぇ、このドレス。どっちがいいと思う?」
「それより、こっちの赤のドレスの方が似合うよ」
「えー。そのドレスなら黒の方がオシャレよ」
「それって答えになってないけど、どっちもステキ。ありがと」
質問したドレスとは全く違うドレスを提案する二人に呆れたペネロピは溜息を漏らし、再び鏡の前で合わせて悩むことを始めた。
*
その夜バスと電車を乗り継ぎ、大きなグッチのバックを肩から提げたスラリとした長身美女、エイプリル・ブラウニングはアメジストの瞳を期待に揺らし、輝くブロンドのストレートヘアをなびかせてリムジンに飛び乗り、パーティー会場であるカーラのペントハウスに向かった。そのおかげで、カーラとその彼氏ロミオは盛り上がり始めたキスを中断することになる。
「カーラ、エイプリルが来たわよ!」
扉の向こうから聞こえてきた、友人が口にした“エイプリル”という名詞にロミオの肩がピクリと跳ね、カーラの体から名残惜しそうにすることもなく、パッと簡単に離れる。
「エイプリル?」
「招待してない。それより、キスして」
「来たんだよ。会いたいだろ? それに、キスならいつでもできる」
「そうね。すごく会いたい」
自分よりもその友達を優先するロミオにウンザリなカーラは、皮肉めいて聞こえる言い方でベッドルームを後にした。カーラの気分はキスを邪魔されたことと、恋人そっちのけな彼の態度で、一気に急降下する。
チェリーピンクの胡蝶蘭で飾られたテーブルには甘いデザートやキッシュ、ローストビーフ、みずみずしく色鮮やかなサラダなど豪華な料理がゴージャスに並べられているダイニングルーム。
そこに、ドルチェ&ガッバーナのレザージャケットにリダンのデニムパンツ、ラルフ・ローレンのロングブーツというパーティー会場には不釣合いなカジュアルスタイルで現れたエイプリルを、ロミオはうれしそうに出迎えに行くので、ひとり出遅れたカーラは不満でいっぱいになるが、表には出さず完璧な笑顔を作りハグを交わす。
「ハーイ、エイプリル。会いたかった! すぐ席を作るわ」
「ごめんカーラ。今日はもう、疲れてるの。ディナーはまた今度」
「もう帰っちゃうの?」
「うん。顔を見に寄っただけだから。明日、学校で」
招待客たちの挨拶に軽く応えながら、そそくさとパーティーを後にしたエイプリルの背中を、カーラは軽く睨んで見送る。エイプリルがカーラのパーティーに滞在した時間は一分も経たない。
「“学校”で、ね。女優にはなれなかったんだ」
「応援してたの?」
隣に並んだのは、ストロベリーブロンドのカーリーヘアがとてもセクシーなトレーシー・ターナーと、レッドヘッドのラフなビーチウェーブがクールなグレイス・フィーロビッシャー。二人は最近になって仲良くなった友人で、元々はエイプリルとよく一緒にいたのだが、突如彼女が居なくなってからはカーラたちのメンバーに入っていた。
そんな二人にエイプリルとの友情を疑われるのが嫌で「もちろん、一番の友達だもん」と毅然とした態度で答えたが、内心はとても驚いていた。
なにせ、仲良くしていたはずの友人は、ある日突然何も告げずに失踪し、帰ってくる時もまた突然だった。そのため歓迎パーティーはもちろん、心の準備だとかそういったものは一切できていないのだから当然のことだろう。
当時カーラが送った手紙に返事が帰って来たことは一度もなく、メールや電話にも反応はなかった。おまけに嘘か本当かもわからない噂話が流れていたこともあり、カーラはすっかり不安に陥ってしまった。
そんな中なんともなかったような顔をしてひょっこり姿を現したエイプリルには腹立たしさもあったが、ようやく帰ってきてくれた友達に嬉しさがなかったわけではなく、ただただ複雑な想いとエイプリルの香水の香りだけが残っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます