さすらいの異世界職人
マサユキ・K
前編
私の名は
菓子職人をしています。
人は私の事を「さすらいの
ちょっと気恥ずかしいですが、ありがたいです。
その異名の通りあちこちの
いつもは気の向くままに旅するのですが、今回は珍しく先方からのお誘いで出向く事になりました。
目的地はレス・トラーン大陸の首都ビフエ。
人族と獣人族が仲良く暮らす交易都市です。
そこの国王、マ・カロン王から招待を受けたのです。
《マスター、味見をお願いします》
助手のシロップから思念波が飛んできました。
四本腕の
ただ、これがちょっと問題でして……
とりあえず調理室に行くと、台の上で仰向けになったシロップがいました。
驚くほど豊かな胸にリンゴが一個のっています。
「……一応、念のために聞くけど何やってんの」
私は眉をひそめて尋ねました。
「あ、マスター。【アップル・パイ】を作ってみました。リンゴと私の胸と両方一度にご賞味頂ける自信作です」
「いや、それパイの意味違ってるだろ!ただリンゴのってるだけだし」
「あ。これは私としたことが……」
声を荒げる私にシロップは頬を赤らめてリンゴを外しました。
「マスターはリンゴは皮をむいて食べる派でしたね。うっかりしてました。では私の胸だけどうぞ。レシピを【○ッパイ】に変更します」
「いやいや、おかしいだろ!それピーだろ。てか、もはや食べ物じゃなくなってるし」
私はひたすらツッコむしかありませんでした。
そう、いつもこんな調子なのです。
天然なのか、ふざけているのか、助手になって久しいですがいまだに理解不能です。
「シロップ、そんな事より今からビフエに行く。出発の用意を頼むよ」
「分かりました。マスター」
シロップは飛び起きると、そそくさと部屋を出て行きました。
私はため息をつきながらその後に従いました。
港に着くと早速迎えが待っていました。
クッキと呼ばれるトカゲの引く馬車に揺られること一時間。
ドーム型の大きな宮殿に到着しました。
美しい装飾類を鑑賞する間もなく、追い立てられるように
「おおっ!待っておりましたぞ、
部屋に入るなり毛むくじゃらの大男が走り寄ってきました。
マ・カロン王です。
有無を言わせず頭の二本のツノを私の胸に擦り付けます。
この国の獣人の挨拶です。
「お、お初にお目にかかりまひゅ……お、おうひゃま」
顔面を上下するツノにむせながら挨拶を返しました。
「こちらは助手のシロップです」
「よろしくお願いいたします。王様」
腰を屈めるシロップにもツノを向けましたが、見事な胸の膨らみを目にして動きが止まりました。
「【アップル・パイ】です」
王の視線に気づきシロップが胸を張ります。
「と、ところで今回お呼び頂いたのは……」
胸にリンゴをのせようとする助手を押し留め、私は慌てて話題を変えました。
「おおっそれじゃ!とにかく一緒に来てくれ」
我に返ったカロン王はそう言うと、せわしなく私たちを誘導しました。
長い階段を上り最上階の部屋に着きます。
「シュマロ、
綺麗な彫刻の施された扉越しにカロン王が声をかけます。
かちゃりと扉が開き若い娘さんが顔を覗かせました。
小さなツノの生えた綺麗な方です。
どうやら泣いていたらしく目が真っ赤でした。
「どうぞ」
通された部屋には可愛らしい家具が並んでいました。
「娘のマ・シュマロと申します」
エレガントな所作でお辞儀をされますが表情は沈んでいます。
「良かったな娘よ。これで菓子が作ってもらえるぞい」
「ダメよ!」
嬉々とした王の言葉をシュマロ姫は厳しく遮りました。
「し、しかしお前の望みは……」
「私の望みはただ一つ」
そう言って姫は私たちの顔を見回しました。
「自分の手でチョコレートを作ることです」
事の次第はこうでした。
シュマロ姫はチョコレートが作りたかった。
それもどうしても自分の手で作りたかった。
何度か挑戦しましたがそのたびに倒れてしまいました。
どうも味見をした事が原因のようです。
基本的に獣人族は植物しか食べません。
肉や魚を始め植物以外を口にすると体調を崩してしまうのです。
ご存知の通りチョコレートにはカカオが使われます。
カカオはカカオ豆が原料で、しかも植物です。
獣人族からすれば何の問題も無いように思われます。
しかし実際は作った後に味見をした途端、具合が悪くなってしまったのです。
宮廷料理人にも相談しましたが理由は分かりません。
シュマロ姫は思うように作れず悩む日々が続いているという訳です。
「なるほど。では姫は作るだけにして、味見は誰か他の方にしてもらってはいかがですか」
私はふと思いついて提案しました。
「駄目です!」
シュマロ姫は即座に否定しました。
「それでは駄目です。私が味見しなければならないのです」
言いながら俯く目には涙が溜まっていました。
それをみて私は何か理由があると察しました。
その時扉がノックされました。
「入れ」
カロン王の威厳に満ちた声を受け、一人の使用人が入って来ました。
「失礼いたします。毛布の交換をさせて頂いてよろしいでしょうか」
使用人は人族の若い男性でした。
「……どうぞ」
シュマロ姫は俯いたままぎこちなく応対します。
よく見ると頬に赤みがさしていました。
ははぁ。
その時私にはピンと来ました。
「分かりました。何か方法を考えてみます」
力強いその返答に姫は顔を上げると私の手をとりました。
「ありがとうございます……」
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