第2話 ハートエイク

魔王姫は心が踊った。


実際に小踊りする衝動を抑えるのが難しく感じられた程だ。


ようやく、この日が来た。


今日は実母を目の前で人間に殺された日でいまだその記憶は鮮明に残って居るのである。


魔王城の玉座で、愛玩のニシキヘビを愛撫しながらこれからの栄光の日々に思いを馳せる。


魔王姫ヒルダ。


見た目は華奢で可憐な少女であるが、この城の主にして魔王軍の最高権力を握っている。

黒を基調にした見事な刺繍のワンピースを着用し短く切りそろえた髪型をしている。

そしてその双眸は赤く輝いている。

丁度、手に持つアルビノ蛇と同じ色だ。


ふと、目の前の蛇から、視線を外し城の内観を眺めるヒルダ。

魔王であった父親の所有物のこの堅固な城は、彼女にとっては良い思い出の場所と言える。


立地と設計の段階から、あらゆる人間の侵攻に耐えるよう作られた要塞。

ほとんど偏執的と言えるまでに手間と素材を惜しまず作られてある。


その城の最上階、玉座の間に靴音が響く。

天井も高く、床は大理石だ。


そして、その人物は魔王姫、ヒルダの前に到着すると、深々とお辞儀をして告げた。

「姫様、参謀たちが揃いました。」


30年間、自分を時には母として、時には姉のように支えてきた側近のデガータが伝えてきた。

彼女の双眸もまた、赤い。


意味する所は、親戚であるということ以外に彼女もまた、高い地位にある人物ということだ。


女性にしては高い身長をし、引き締まった身体をしている。

髪の毛は背中の中心に来る長さだが、前髪は短い。

大きな瞳をした、聡明な美女である。


彼女の言葉を受け、無言で立ち上がると、蛇を飼育籠にそっと戻すヒルダ。

あらかじめ入れてあった鼠にかじりつくのを満足げに眺めると、デガータを後ろに伴い、会議室へと歩み始める。


途中で、完全武装の警備や将校の軍服を着た兵士とすれ違ったが、彼ら全員が深くお辞儀をする。


程なくして、石造りの廊下を隔てた会議室に到着した。

扉の両脇には重武装の兵士が斧槍を手に立っている。


彼らがお辞儀をするのを見やると、ヒルダは勢いよく扉を開けた。


魔王軍の最精鋭リーダー達を集めた軍事会議。


その面子は非常に個性的だが、ヒルダに忠誠を誓った点は共通している。

序列順にヒルダはその面々を見やった。


老練な指揮官、アイヒ。


今日まで各地に散らばる魔王軍を密かにかき集め、巨大な軍勢を築き上げた功労者。

小柄で常に礼服を纏った痩身の老人である。

デガータ着任の前、彼が側近であった。

目つきは鋭く、温厚な口調と性格ながら高い地位と頭脳を持つ。


会議の議長を務める、竜人族の族長、ドライデル。


黒っぽい緑色をした、ざらついた鱗の肌をしている。

双眸は黄金のような黄色で、知力を感じさせる光を放っている。

背は高いが、高齢という事もあってか背を少し丸めている。

服装は魔王軍将校の制服だが、記章に覆われてしまっている。

知恵と力を重んずる竜人社会のトップに君臨する実力者である。


獣人族のリーダー、ルフマン。


優れたリーダーシップと直感力を備え、気まぐれな獣たちをまとめる絶対的なリーダー。

狼の風貌を人間と併せたような体格、外見で暗い色の毛皮に覆われた肌を持つ。

双眸は青く光り輝く。

顔には目立つ傷跡が、左頬から喉にかけて残されている。

将校の制服だが、軽くて丈夫そうな板金鎧を制服の上から着装している。

鎧には細かい擦り傷が無数に付いていて、左胸の位置に狼の文様が掘られている。

姫とデガータを見ると、小さくお辞儀をした後にフン、と鼻を鳴らした。


女鳥人イガール。


策謀や奸計、政治工作の達人で弱者を常に蹴落とす鳥人達から認められた存在だが、実は鳥人のなかで最も速く飛べる翼を持つ才女。

着心地の良さそうで鮮やかな色合いのドレスを着ている。

鷲の頭部にやや緑がかった瞳。

手には愛用の品である折りたたみ式の扇を持つ。

最高権力者の二人を見ると、鋭い双眸を僅かに細めた。


ガモー。


屈強な魔人たちをその腕っ節で屈服させた、間違い無く魔王軍最強の人物。

ルフマンと同じく将校の制服だが、少し袖丈が短いようで、大きく太い腕と足の素肌が見える。

薄い緑色の肌をし、双眸は深緑だ。

険しく、岩石を削り出したような風貌である。

禿げて所々に傷跡が残る頭皮を撫でたのち、二人に深くお辞儀をした。

常に無口で周囲を威圧するが、戦場で鍛えた判断力を会議でも発揮する男。


最後にスナギ。

わずか三日で東の島国を焼け野原にし、島に住む人間を駆逐してしまった鬼女。

非常に背が高く、やや筋肉質な体格だ。

将校の制服の上から東の島国に古くから有る手甲と足甲を付けている。

左手には刀を握り締めている。

赤黒い肌をし、長い髪を頭上で縛り上げている。

目つきは鋭く、双眸は黒い。

足下には兜が置いてある。

腕力と知力を兼ね備えた、まさに鬼と呼ぶにふさわしい人物である。


6人全員が議席のそばで整列し、無言で姫を見つめている。

長年、準備をしてきた。

後は号令を掛けるのみであり、忠臣たちもそれを望んでいる。

「やりなさい、しかし失敗は許さぬ。」

それだけ伝え、返事も聞かずに会議の場を颯爽と後にした姫。

ざわめく事無く、姫を見送った参謀たちは自分の席に着席し会議にドライデルの提言で入った。


全員が着席すると、まずドライデルは、3日で東の島国を陥落させたスナギと、軍の結集に心血を注いだアイヒの労をねぎらった。

「東の島国は間違い無く魔王軍の前線基地、橋頭堡になるしアイヒの尽力なしでは宣戦布告は不可能だっただろう、ご苦労であった。」

ドライデルが彼らに頭を下げた次の瞬間、ルフマンが異を唱えイガールが同調した。


「アイヒのじいさんは確かに良くやったが、スナギは新参者で素性が良く分からない。」

ルフマンは疑いの目を新参者の鬼へと向けている。

「アタシが手を貸さなかったらあと100日は開戦出来なかったはず、なんもなしかい?」

激しく扇を振りながらまくしたてるイガール。


「黙りたまえ!」

彼らの言葉を受けて口から小さな火を吐きながら、憤慨するドライデル。

彼の両拳はきつく握り締められている。

「開戦間際の現在は非常に重要な時期である、身内に脚を引っ張られてはたまらん。」

目つきは険しい。

まるで彼らの故郷の山岳を思わせる。

ドライデルの豹変を見て、慌てて詫びる二人。

「すまねえ、調子に乗っちまった・・・。」

「・・・悪かったよ。」

二人の謝罪を受け、咳払いをし、ドライデルは全員に告げる。


「・・・では、早速会議に入ろう。」

議長の提言を受け、全員が軽くお辞儀をした。

気を取り直した全員は、軍勢の戦力・配置の確認に入る。


竜人および飛龍は現在、北の大地、山岳地帯からスナギの居座る東の島国に移動中である。

敵に探知されぬよう険しい山々の影に隠れて移動中で、まもなくスナギ配下と合流する見込み。


次にルフマン。

北の大地の平原より獣人は移動中だが、速度を落とさぬよう軽装備なのでスナギの領地で補給と再軍備をされたし。


イガールたち鳥人は待機中。

鳥人は非常に移動速度が速いため、むやみに動く必要なしと判断。

新月の夜に高高度を飛ぶよう指示してあるため、探知される心配はほぼ無し。

ただし、集結地点で狼煙をあげてほしい、とのこと。


「アタシは違うけど、鳥目の連中も居るのさ。」

それを聞き、一同は吹き出して小さく笑ってしまう。


ガモー軍団は洞窟や地下道に潜伏する仲間たちに集結の号令を出してあり、徐々に軍団の規模は増えつつある。

そのため進軍速度の低下と食料配給の問題が出つつあるが、今のところ策を講じてなんとかなっている。


スナギの一族は少数ながらも精鋭揃いであるが、やはり数で押された場合は勝ち目が薄いため野山に潜伏中である。

具体的な配置図は機密保持のため明かせず。

この会議が終わり次第、 伝令を出す。


最後にアイヒ。

仕事の大半は終えたのも同然だが、引き続き各軍の調整と連絡の任務を継続している。

全軍とも待ちに待った開戦なので沸き立っているようだ。

戦略と兵器の配備を遅れないように、遅れた場合も確実に修正出来るように急ピッチで準備している。


「及第点、というところか・・・。」

報告を受け、厳しい評価を下す竜人ドライデル。

「アンタは自分と他人に厳しすぎるぜ・・・。」

特に獣人族は気まぐれな性格で知られるので、今日までルフマンの苦労は想像に難くない。

「そうですぞ。」

アイヒとドライデルは旧知の仲で、公私ともに仲が良く気の置けない友人同士だ。

そのしわがれた声には、明らかに友人を気遣う音色がこもる。

「まあな。」

ドライデルは、旧友の指摘を受けて素直に非を認めた。


次の議題は、各軍の具体的な戦力である。

竜人と飛龍は合わせて5万。

飛龍に搭乗する竜人は戦闘のエキスパートなので一騎当千の活躍が見込めるとは、他ならぬドライデルの弁である。


ルフマン軍はとにかく数に物を言わせた15万の雑兵だが、指示通りにちゃんと動く。

武器の扱いにも長けていて血に飢えたケダモノどもである。

屯田兵でもあるので灰と化したスナギ領国の開墾・再開発が可能である。


イガールの鳥人たちはその素早さと視力・聴力の良さを活かした斥候と情報収集が得意で直接戦闘には不向き。

それでも3万の兵士を用意できたそうだ。

全員、弓と戦闘機動の達人で人間たちには想像付かない戦術と用兵をするので攪乱効果が期待できるだろう、イガールは一同に言う。


ガモー軍団はまさしく質・量ともに魔王軍の中核を担う存在である。

今日まで鍛え抜いた歴戦の猛者たちでその数30万。

補給・整備要員も含めると50万に及ぶ。

緊急時には戦闘できるよう、すべての兵士に訓練を施してあるので30万の精鋭、20万の雑兵と捉えて貰って差し支えない。


最後にスナギの軍だが、三日で軍事的強国だった東国を陥落し、人間を殲滅したので実力は折り紙付きであるが、数はわずか2万。

全員が幼少期より研鑽を積んだ戦術的にも技術的にも魔王軍のトップクラスの兵士。であるが、不正規戦を得意とするため使いどころは慎重に選んで欲しい、とスナギは一同に念を押す。


総勢75万の軍勢で、歩兵65万、空中兵8万、特殊工作兵が2万の内訳である。


「・・・特に人間は空を飛べないため、空中兵の割合を高める事は急務である。」

ドライデルは腕を組みながら冷静に分析する。

「非戦闘員にも再訓練を施し実際に剣を交える時には100万の大軍を揃えるように、との姫君からのお達しである。 」

若干、言いづらそうにしながらも、ドライデルは一同に伝言を伝えた。

「また姫様のワガママか・・・。」

ため息をつきながら言うルフマン。

「いい加減、ウンザリだねえ。」

イガールは性格的にもヒルダとは反りが合わないのだろう、語気が荒い。

「まあそうボヤくな。」

一同をたしなめるドライデル。

「前回の大戦で人間たちは100万をわずかに超える大軍を結集した、そのことを危惧してのお達しだろう。」

アイヒが前回の戦争の経験を語ると、報告意外は沈黙を守っていた二人が口を開いた。


「議長、提案がある。」

「俺からも。」

「・・・どうした?」

先を促すドライデルに対し、意を決した鬼はその雄弁さを披露する。


「我ら鬼の一族は特殊工作や暗殺に秀でた集団であり、そのため、わずか三日で軍事列強国を陥落させ、人間を殲滅できた。」

淡々と事実を述べるスナギだが、実際にやったのはとんでもない殺戮と破壊である。

「・・・すなわち、事前工作を行えば敵の戦力を半減でき、こちらの損害も少なく出来る。」

殺戮には準備が必要だ、と暗に彼女は言いたいようだ。

「そのためには囮、本来の作戦から目を逸らす目くらましが必要である。」

「それがガモーの精鋭たち、という事か?」

ドライデルが察すると、いかにも、とガモーは答えた。


「先遣隊3万を既にスナギの領国に上陸させ、これより、ガモー先遣隊とスナギ一族の志願者を合同訓練させる。」

ガモーは武人であり、その言動には説得力が常につきまとう。

「攻撃開始や撤退の合図は人間たちには察知できないようにし、作戦開始の日時は極秘とする。」

スパイや破壊工作は戦場には付きものであるが、予防する事も出来る、とは他ならぬガモーの弁でもある。

「先走った行動であったなら非礼を詫びる。」

両人は一同に対して頭を下げた。


「でかした。」

アイヒとドライデルは賛辞と拍手を笑顔を見せて二人に送った。

しかし、浮かない表情のルフマンとイガール。


「姫君のご賛同は・・・?」

部屋の隅で会議を静聴していたデガータが口を開いた。

「いたのかよ、オイ。」

「びっくりさせる達人だねえ。」

「・・・必要であれば、あなたの口からお願いしたく存じます。」

驚く獣たちを尻目に、冷静な口調で頼むスナギ。

「・・・よろしいでしょう、でももし、姫様のお気に召さなかった場合は・・・。」

「存じております。」

スナギは静かな声色で言った。

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