第6話 新たな住人

 魔王城謁見の間、玉座には女神と大魔王が並んでお茶を飲みながら、宙空に投影された映像に映し出される小ホールでの勇者と姫騎士のやり取りを見守る。


「勇者の奴、相変わらず外面だけは良いのう」

「本心では勇者になりたくなかったようですから」

「何故あやつに権限を与えたのじゃ?」

「加護を与える際に間違ってデバッグモードにチェックを入れてしまいました」

「嘘をつくな。女神が間違えるわけがなかろう」

「さぁ、どうでしょう? それはこれから解ることです」

「ふん、相変わらず食えんやつじゃ。 ……さて、あやつめ、なんと言い訳する気かの?」


女神は大魔王を見つめて微笑み、大魔王は愉快そうに映像の中の勇者を見つめる。


『そうそう、俺が勇者を辞めてここに居る理由ね。 ……これは内密の話なんだけど、実は、大魔王は滅んでいないんだ』

『なんと、それは本当ですか!? 勇者殿』

『地上には平和が戻ったから、みんなには安心してもらえるように黙っていたんだけどね。大魔王の本体は魔界にいて、地上に出現したのはその力のごく一部を実体化させたものにすぎないんだ。だから、またいつか大魔王が地上に復活してくるかもしれない』

『そんな……』

『そういう訳で、俺は勇者としてではなく、唯一その真実を知る者としてこの城に残り、大魔王の復活を阻止することに決めたんだ』

『ああ、そうでしたか! 英雄としての名誉を捨て、唯一人、世界のために大魔王の復活を阻止しようとなさるそのご意志! 勇気! 信念! あなたこそ真の勇者に相違ありません!』

『えっ…… えーと、そういうのじゃなくて……』


姫騎士は熱い眼差しで勇者を見つめ、勇者はバツが悪そうに俯いてその視線をかわす。


「元勇者、現詐欺師といったところじゃな。くくく、それにしても傑作じゃ。あやつめ、自分で吐いた嘘に追い詰められておる」

「おほほ、楽しいことになってきました」


 しばらくの後、エッシャー迷宮から抜け出した兵士たちが小ホールに辿り着き、姫騎士と合流する。


『姫様! ご無事ですか!? おーい! みんな、こっちだ!』

『ううっ…… 姫様! ご無事で何よりです!』

『ああ、なんとか無事だ。 ……一応はな。この方に助けられたおかげだ。みんなも無事か?』

『はい! なんとか故郷の家族に無事を報告できそうです! ……こちらの方は?』

『はっ!? もしかして、勇者様!?』

『あぁ…… 元、ね』

『何故勇者様がここに?』

『無視かい』

『いいか、お前たち、勇者殿はな、いつ来るかわからない大魔王復活に備えて勇者の地位と名誉を捨てる覚悟でここにおられるのだ。どうだ、ご立派だろう?』

『おお! なんという…… さすがです! 勇者様!』

『さすが勇者様!』

『さす勇!』

『うん、さす勇はもう聞き飽きたんだけど…… この城には罠以外もう何も残ってないし、探索しても何も収穫無いから、なにかある前に帰ったほうが良いよ』

『……勇者殿、私もあなたとともにこの城に住み、大魔王の復活に備えても良いだろうか?』

『えっ!? なんで?』

『部下を危険に晒し、手柄もなく、幻惑の中とは言えあのような醜態を晒し…… どうして父上に顔を会わせられましょう。かくなる上は、この城で勇者殿のお傍に寄り添い、ともに大魔王を倒したく思います!』


姫騎士は困惑する勇者の手を取り、目を逸らそうとする勇者の視線を逃すまいと顔をぐっと近づける。


『姫様! なんとご立派なお言葉!』

『うぅ…… 姫様のおいたわしいご覚悟に涙を禁じえません!』

『私たちはいち早く帰還し、伯爵閣下にはそのように報告致します!』

『は? いやいや、姫様が戻らなかったら大騒ぎでしょ。早く帰ったほうが良いよ』

『いいえ! 伯爵閣下は武人の鑑、きっと姫様の気高きご意志を誇りに思われるでしょう!』

『よし、勇者殿には私から話そう。お前たちは外に控えておれ』

『はいっ! 姫様』


 兵士たちは揃って敬礼し、大回廊へ退室する。

それを見届けた後、姫騎士は改めて勇者に向き直り、胸当てが勇者の胸にくっつくまで距離を詰め、潤んだ瞳で見つめる。


『姫騎士さん!?』

『勇者殿、…… どうか私めをお傍に置いていただけないでしょうか? その…… 殿方がお一人では何かと不都合もございましょう? あなたのご希望であらば、なんでも致します故……』

『その、なんでもするっていう約束は姫騎士さんが軽々にするものでは……』

『いいえ、私は勇者殿のためならなんでも致します。騎士に二言はありません!』

『えーと、それなら、まぁ、良いかな〜』

『では、決まりですね! お前たち、入ってきても良いぞ! 勇者殿の許可が降りた!』


勇者の返事を確認した姫騎士は一歩下がり、外に控える兵士たちに呼びかける。と兵士達は意気揚々と小ホールに戻ってくる。


『それは良かった!』

『さすが勇者様!』

『それでは、我々はいち早く帰還し伯爵閣下にお伝えしてまいります!』

『ああ、任せたぞ!』


二人のやり取りを見ていた魔王が慌てて玉座から飛び降りる。


「は? なんじゃ? この流れは……? いかん、奴に任せてはおれん!」

「おほほ、いってらっしゃい。私は用事を思い出しましたので去ります」

「ああ、もう二度と来るな」

「そのように冷たいことを言わないで下さい。またすぐにお会いすることになります」

「お主がそう言うと嫌な予感しかしないわ。では、さらばじゃ。女神よ」

「ええ、さようなら、大魔王」


そして、女神と大魔王は同時に光の泡とともに謁見の間から姿を消した。



◇◇◇◇◇◇



 魔王城小ホール、勇者は兵士三人を城外へと空間転移させ、姫騎士と二人きりになる。

姫騎士は熱っぽい視線で困惑の表情を隠さない勇者を見つめる。


「少々待たれよ。貴様、誰の許可を得てこの城に住もうとしておる」

「あっ!? 大魔…… 大家さん。どうしてここに?」


小ホール中央に光の泡が弾け、プラチナブロンドの長い髪をなびかせながら、漆黒のドレスを纏った少女が真紅の絨毯の上に降り立つ。

紅玉ルビーの瞳は魔性の輝きを帯びず、頭の左右に伸びる鋭い角は消失し、深淵の存在であることを隠してはいるが、その少女の幼い外見に見合わない存在感が人間を超えた特別な存在であることを示す。


(こんな小娘に丸め込まれおって、見ておられんから来たのじゃ。きちんと妾に話を合わせよ)

(はい、大魔王家さん)

(お主、全然反省しておらんようじゃな。あとで覚えておれ)


「勇者殿、一体なにを? この幼い少女が大家さん? それに、ここは魔王の城のはずでは?」

「まずは自己紹介をしよう。妾は魔女として生き、この城に古来より住んでおる者。この城は本来妾のものであったが、百年前に大魔王が人間界に侵出しここを魔王城として拠点とした折に妾はこの城に封印され。それからずっと眠らされておったのじゃ」

「そ、そうそう、俺が大魔王を倒したから目覚めてこれたんだよね!」

「その通り。勇者のお陰で世界に平和が訪れ、この城にも平穏が戻った。本来ならこの世の誰も我が城に用事はないはずなのじゃが?」


大魔王は勇者と話を合わせ、姫騎士に冷たい視線を送る。


「大家殿、大魔王はまだ滅んでいないと聞きます! その復活の阻止のためにも、どうか私をここに置いてはいただけないだろうか?」

「あぁ、えぇと、その心配はないと思うがの」


勇者のでまかせを真に受けた姫騎士の予想外の熱意に大魔王がたじろぐ。


「何故あなたにそのようなことが言えるのですか!」

「あ〜、なんとなくじゃ 大魔王ももう人間界に脅威を及ぼすような考えはないじゃろう」

「そのような根拠の無いことでは納得できません! 今度大魔王が復活したら、真っ先にあなたが犠牲になるかも知れないのですよ! おわかりですか!? 騎士としてそのようなことを見過ごすわけには参りません!」


姫騎士はさらに大魔王に詰め寄る。


(えぇ…… なんじゃ、この圧は?)

(頑張って、大魔王家さん)

(お主だけは絶対許さん)


「……ところで、この城の罠は大家殿が管理しているものですか?」

「ん? その通りじゃが?」

「あの、幻惑を見せる罠も……?」

「ああ、あれらも妾の魔力で制御しておる。申し訳なかったの。酷い夢を見たであろう?」

「……それは、勇者殿に助けていただいたので」


姫騎士は頬を赤らめて俯く。


「これだけ広い城です。罠の管理も大変でしょう。よければ、その……私がこの城の警備と罠の管理を担当するということで、如何でしょう?」


(ん? なんだろ、この提案)

(なるほど。こやつめ、どうやらあの快楽が忘れられんようじゃの。くくく、これはなかなか楽しいことになりそうじゃ。ここに置いておくのもまた一興かの)

(えぇ…… そんな理由で?)

(誰かさんのせいでこやつを折れさせるには難儀しそうじゃ。ま、邪魔になればお主ともどもいつでも追い出せるからの)


「ふむ、その条件でよかろう。この城にはもう何もないというに未だに賊が侵入してきおる。お主らのような、な」

「……面目ないことです」


一転して申し訳なさげに俯く姫騎士の反応を大魔王は愉快げに眺める。


「姫騎士よ、お主をこの城の警備と罠の管理の担当としてこの城に滞在することを許可しよう」

「ありがとうございます! 大家殿!」

「大家ではなく大魔…… 大家か、大家じゃな」

「これからよろしくお願いします。姫騎士さん」

「ええ、ふつつか者ではありますが、どうぞよろしくお願いします! 勇者殿! 大家殿も!」


姫騎士は勇者の手を取り、身体を近づけ両手で握手する。

「ああ、せいぜい楽しんで参られよ。まずはしばし休まれるが良い。メイドよ、この姫騎士を客間に案内せよ」

「畏まりました」


どこからか現れたメイドが大魔王の後ろに控え、返事をする。


「用事があればこのメイドに伝えるが良い。ホムンクルスじゃから気を遣うことはないぞ」

「感謝します、大家殿!」

「それじゃ、またね、姫騎士さん」


姫騎士はメイドに案内され客間へ向かい、それを見送った大魔王と勇者は再び謁見の間に戻っていった。

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