第4話 魔王城の罠

 魔王城エントランス、分厚い木材を鉄枠で留めた巨大な扉の前に四人の冒険者が立つ。

一人は薔薇色の髪をポニーテールに括り、伯爵家の紋章が描かれた白銀の甲冑を身に纏い、白銀の槍を背中に背負う薔薇色の瞳の少女、他の三人は兵卒が使用する平凡な鉄の鎧兜にショートソードという出で立ちで扉の周囲を警戒する。


「姫様、中からは何も聞こえませんね」

「侵入できそうか?」


扉の内部に聞き耳を立てていた兵士が少女に報告し、兵士二人が片側の扉の鉄枠に付いた輪に手をかけ、力を込めてゆっくり引く。


――ギギ……


扉が軋みを上げながら暗闇の世界へ誘うように徐々に開き、人ひとりがやっと通れるだけの隙間ができる。


「開きました」

「中の様子は?」


兵士の一人が背嚢から松明を取り出して火を付け、扉の隙間の前に立つ兵士に渡す。

松明を渡された兵士は隙間にそっと松明を差し込み、聞き耳を立てながら上半身を暗闇の世界に潜り込ませる。

その間に少女は背中の槍を外して右手に持ち、残りの兵士がショートソードを抜く。


「エントランスホールには何も居ないようです」

「よし、入ろう。この城は大魔王が滅んで三ヶ月以上経つ今でも罠が生きているという。十分に注意されたし」

「はい」「はい」「はい」


四人は装備を整え、松明を持ち、扉の中の闇の世界へと侵入していった。


 魔王城のエントランスホールに侵入し周囲の様子を探りだすと、生きては返さないという意思表示をするかのように扉がギィと不気味な音を立てて固く閉ざされる。


「姫様! 扉が……!?」

「くそっ! びくともしない!」


兵士たちは三人がかりで体当たりを試みるが、扉は木の軋み一つの音も立てず侵入者の脱出を阻んでいる。


「仕方がない。先に進むしか――」


少女が示す前進の意思を拒否するかのようにホール内に冷たい空気が流れ、四人の持つ松明すべてが同時に消える。

突然訪れる真の暗闇に、侵入者たちはここが人間の領域ではないことを嫌でも思い知らされる。


「きゃぁっ!? なにこれっ……! やだっ! お前たち、どこに居るのっ!?」

「うわっ!」「なんだっ!? 何も見えない!」「姫様、ご無事ですか!?」


兵士たちは突然の闇に慄くも、恐慌状態に陥る少女の叫びとカシャンと鳴る甲冑の音に正気を取り戻し、手探りで少女の元へと集まる。


「やだっ! やだっ! 助けて、お父様っ……!」

「姫様、我々はここに居ます!」「お気を確かに!」


 四人それぞれの叫びが石造りの城内にこだますると、エントランスホール内の全ての燭台と巨大なシャンデリアに火が灯り、暗闇の世界を払拭する。

石組みの壁には千花模様のタペストリーが掛けられ、床には真紅の分厚い絨毯が敷かれ、清楚で華やかな室内装飾が施された、魔王城と呼ぶにおよそ似つかわしくないほど静謐な空間が数多の揺らめく炎の明かりに照らし出された。


「姫様、もう大丈夫ですよ」

「ご安心下さい。お側に付いております」

「さぁ、立てますか?」

「うっ…… ひっく…… んんっ」


真紅の絨毯にへたり込んだ少女は嗚咽をこらえながら薔薇色の瞳に涙を浮かべ、手を伸べる兵士の一人に小さく震える手を差し出し、笑う膝を押さえつけるようにしてよろよろと立ち上がった。


 しばしの休息の後、少女は右手に持つ白銀の槍をギュッと握り直し、左手で甲冑の胸を叩く。


「みんな、済まない。無様な所を見せてしまったな。私はもう大丈夫だ。必ずここで功を上げ、みんな揃って無事に国に帰ろう!」

「はいっ! それでこそ我らが姫騎士様!」

「姫様は我々が必ず守り抜きます!」

「ああ! 頼んだぞ、みんな! ……ところで、その、無事に戻ってもさっきの事は父上には――」

「ははは、解っております。先程の姫様の姿は我々の胸のうちに大事に仕舞っておきますよ」

「仕舞わんでいい。早く忘れてくれ!」

「くく、ははは……」


兵士たちの抑えた笑いが響いた後、四人は城内の探索を開始した。



◇◇◇◇◇◇



 魔王城謁見の間、室内の宙空には見えない窓があるかのように四人の侵入者が城内を探索様子が映し出されている。


『――ガコン!』

『ん、なんだ? 今の音は……!?』

『姫様! あれは!?』

『い、岩です! 巨大な岩が!』

『――ゴロゴロゴロゴロ……』

『いかん! みんな、走れ! 押しつぶされるぞ!』

『くそっ! 大魔王は滅んだというのに、この城にはまだこんな罠がっ!?』

『姫様! ここは私が食い止めますので、どうかお先に逃げてください!』

『馬鹿を言うな! 部下を犠牲にして逃げることなどできるものか!』

『しかし……!』

『ここで部下を見捨てたとなれば騎士の名折れ! 泣き言など聞きたくない! さぁ! ともに逃げるぞ!』

『うぅ…… 姫様……!』


三人が並ぶ玉座の真ん中に座る勇者は食い入るように、左手側に座る大魔王は肘掛けにもたれて愉快そうに、右手側に座る女神は姿勢正しく微笑み、それぞれティーカップ片手にお菓子を食べながら目の前に映し出される映像を興味深げに観察している。


「いい感じに盛り上がってまいりましたね」

「大魔王さんって、侵入者が来たらいつもこんなことしてるの?」

「二人とも黙っておれ、今良いところじゃ」


映像の中では魔王城の大回廊を転がる大岩から逃げる侵入者が映し出されている。


『姫様! あれを……!』

『壁に窪みが!? しめた! あそこに退避すれば助かるぞ!』

『しかし、あの窪み……? くそっ! なんてむごい……! 姫様一人入るのが精一杯じゃないか!』

『姫様! これにておさらばです!』

『どうか我々のことは顧みず生き延びてください!』

『故郷に残した妻と幼い息子に、私は姫様を守り最期まで勇敢に戦った。と……!』

『そんな…… ついさっき、みんな揃って無事に帰ると約束したばかりじゃないか!』

『我々は命を懸けて姫様を守ると女神様に誓った身、姫様を犠牲にしおいて、どのような顔で城に戻れというのですか!?』

『いつものように居丈高に命を捨てろとご命令ください!』

『くそっ! くそっ! くそっ! 私はなんて無力なんだっ! ああ、女神様どうか我々にご慈悲をっ!』

『さぁ! 姫様、この窪みに……! 女神よ、我らにどうかご慈悲をお与え下さい !』


姫騎士は回廊の壁の窪みに無理やり押し込まれ、三人の兵士に大岩が迫る。


「ふむ、我ながら見ごたえのある良い演出じゃ」

「考案者の陰湿な性格が滲み出ているようです」

「ほんと、むごい仕掛けだね」

「馬鹿を言うでない。魔王城に許可なく侵入して全員死ぬはずの所で一人は助かるのじゃ これを優しさと言わずになんと言う?」


勇者が大魔王に目をやると、紅玉ルビーの瞳を輝かせて愉しげに笑い返す。


「女神様、ご慈悲を乞われていますよ?」

「窮地に立たされたときにだけ救いを求め乞い願うのは信仰ではありません。人間の都合を勝手に押し付けられても困ります」


今度は女神の方に目をやると、空色の瞳を輝かせて真顔で応える。


「女神の言葉とは思えんな。では、十分楽しませてもらったし、妾が慈悲を与えることにしようかの」

「あ、良かった。ちゃんと助けてあげるんだ」

「建前上ではあるが既に大魔王は滅んでおるのじゃ。奴らがここで死ぬ理由もなかろう?」

「大魔王さんのそういう器の大きいところ、良いよね」

「魔界を治めるものとしてこのくらいの器量は必要じゃ」

「それに比べて女神様と来たら……」

「残念ですね。一人残された姫騎士が絶望しながら私に祈りを捧げるのを楽しみにしておりましたのに」


三人が映像に視線を戻すと、侵入者たちの目前まで大岩が迫っていた。


『くっ! もはやここまで……!』

『――ゴロゴロ…… ゴゴゴ……』

『なっ……!? 岩が…… 止まった?』

『助かったのか? 俺たち……?』

『女神様への祈りが通じたんだ! ああ、お前たちが無事でよかった! 女神様、その御慈悲に感謝いたします!』

『ありがとうございます! 女神様! これでまた家族に会うことができます!』

『女神様最高!』

『女神様素敵!』


女神は大岩の前で感謝の祈りを捧げる侵入者たちを見て満足気に微笑み、後光を光らせる。


「おほほ、そうです。もっと私を崇め称えるのです」

「さっき見殺しにしようとしてましたよね。眩しいから後光を光らすの止めて下さい」

「世の中は不条理に満ちておる。のぅ、勇者よ」

「俺、今初めて大魔王様が気の毒だなって思ったよ」

「今が初めてかい」


いたわりの言葉をかける勇者に大魔王は遠くを見つめたまま言葉を返した。

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