第1話 異世界
体がだるい。目覚めの悪い朝のような気怠さを感じる。
俺は……どうなったんだ?死んでしまったのか、生きているのかも分からない。死んでしまったのなら天国か地獄にでもいるのだろう。
少しずつ、意識がハッキリしていくのを感じる中で、話し声が聞こえてくることに気づく。
「成功・・・したの?」
「・・・おそらく。怪我を負っていますが、息はあるようです」
女性の声だ。どうやら二人いる。
「と…とりあえず、ヨボヨボのおじいちゃんじゃなくてよかったわ」
「そんなこと言ってる場合ですか! 早く手当しないと! 」
駆け寄ってきた女性が俺の体を起こそうとした。しかし――
「ぐあぁっ!!」
身体中に激痛が走る。よく考えれば、トラックに轢かれたんだから当然と言えば当然だ。
「大変!マイア様!骨が折れているようです!」
痛みのおかげで意識は完全に取り戻した。どうやら事故に遭ったことも、生きていることも夢ではないらしい。これだけ身体中が痛いのに、この痛みこそが生きているという何よりの証拠だと思うと、なんとか耐えることができた。
「カミラ、あまり動かさないで。私に任せて」
どうやらこの二人はマイアとカミラという名前らしい。マイアと呼ばれたその女性がゆっくりと俺の元へ近づいてくる。
ここで初めておれは目を開けた。床に仰向けになっている俺の両側で、マイアとカミラが心配そうにこちらを見ている。
「あっ!意識が戻った!大丈夫ですか!?聞こえますか? 」
声の感じからして、この人がカミラだろう。肩ぐらいの長さの黒髪の女性だ。
なにやらあまり見かけない格好をしているが、なかなかの美人だ。
あと、胸がでかい。いや、とてもでかい。
「喋らなくていいわ。すぐに治療してあげる 」
ということはこちらがマイアか。胸まである長い金髪の女性だ。
映画とかでしか見たことのないような、高そうなドレスを着ている。
こちらもかなりの美人だ。しかし胸はあまりない。いや、全然ない。
そんな下心丸出しなことを考えていたが、ふいに不安に襲われる。
助かったのかと思っていたが、事故に遭ったはずなのに、気づけば見知らぬ場所で美女に挟まれている。
あまりに不自然だ。やっぱり、俺はもう死んでいるんじゃないだろうか。
だとしたらここは天国か?少なくとも地獄ではなさそうだ。
マイアが俺の体の上に手をかざした。
何を始める気だ? 確か、治療すると言っていたはずだ。
「
マイアが何かを呟いた瞬間、俺の身体が光に包まれた。
「な…なんだ!? 一体、何を――」
「大丈夫です、落ち着いて。このままじっとしててください」
カミラが、動揺する俺に優しく声をかける。
突然のことに取り乱したが、包まれた光の中は不思議と嫌な感じはしない。
身体の力が抜けて、痛みが和らいでいくのを感じる。
このまま眠ってしまおうか――そんな考えが頭をよぎったとき、ゆっくりと包まれていた光が消えていくのが見えた。
最初こそ驚いたが、終わってみれば名残惜しいとさえ思うほどに心地よかった。
「終わったわよ」
マイアがふぅっとため息をつく。
「お身体の具合はいかがですか? 起き上がれますか?」
カミラが俺の身体を支えながら、起こしてくれようとする。だが、身体を動かそうとして、ついさっき激痛に襲われたことを思い出してしまった。俺に何をしたのかは分からないが、たった数分で何かが変わるとも思えない。文句の一つも言ってやりたいところだが、何しろ相手はなかなかの美人だ。しかも胸もでかい。
またあの激痛に襲われるのかと思うと気が重いが、恐る恐る身体を動かしてみる。すると――
「……治ってる。何で…… 」
驚きのあまり、気づけば勢いよく起き上がっていた。あれほど身体中痛かったはずなのに、完全に消えている。確か、カミラが最初に俺を起こそうとした時、骨が折れていると言っていたはずだ。
「世界樹の加護の力よ。私は光の加護を授かっているから、治癒術は得意なの 」
「マイア様は、この国でも有数の術師なんですよ 」
俺が不思議そうにしているのが分かったのか、二人が話しかけてくる。どうやら怪我が治った理由を説明してくれているようだが、何を言っているのかさっぱり分からない。
「セカイジュ……?カゴ……? 」
俺は何から聞いていいのかも分からず、ただ聞こえてきた単語を繰り返した。その姿を見た二人は、すぐにしまった、というような表情を浮かべた。
「も…申し訳ありません! 異世界から来たばかりなのにこんな事言っても分からないですよね!」
カミラが慌てた様子で、俺に謝る。
なんか、また気になる単語が聞こえた気がする。
「そ…そうね。まずは状況を説明するところからね。とりあえず、こちらにお座りになって 」
マイアが指し示した先に、テーブルが見えた。それほど大きくはないが、素人が見ても高そうなのが分かる。どうやら色々説明してくれるようだし、黙って従うことにする。
テーブルに向かう僅かな間、自分がいる場所を改めて見渡してみた。少し薄暗くて分かりにくいが、かなり大きな部屋だ。天蓋付きの大きなベッドがあったり、装飾や絨毯、どれを見ても高そうなものばかりだ。とりあえず大金持ちなのは間違いないだろう。窓から見える景色は暗くてよく見えない。どうやら今は夜らしい。しかし、マイヤやカミラを見て薄々感じていたことが、部屋を眺めてみて確信に変わる。ここはどうみても日本ではない。一体どうなっているんだ?
俺とマイアが椅子に腰掛けると、カミラが飲み物を用意してくれた。配り終えた後は、そのままマイアのすぐ後ろに立っている。どうやらカミラは座るつもりはないらしい。
「カミラ。あなたも座りなさい。少し……長くなるかもしれないわ 」
「……分かりました。失礼致します 」
この二人の関係は、主人と召使いといったところだろうか?この部屋の雰囲気からしてそうだったとしてもおかしくはない。カミラが席につくと、ひと呼吸置いてマイアが話し始めた。
「さて、何から話していいものやら……。えーっと。貴方が今いるこの場所は、貴方が元いた世界とは別の場所。つまり…… 」
マイアは言いにくそうに言葉に詰まる。そして、次の一言で俺は、取り戻した意識をまた失いかけるのである。
「……貴方は今、異世界にいます 」
「……は?」
……今思えば、これが全ての始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます