第47話 空の王者

「お兄様の遺志を継ぐということは……」

「ええ、実は……」


 リリィの問いかけに、神妙な顔をしたアイリスが目を伏せたところで、


「思い出話を語ろうとしたところ、水を差して悪いが隠れるぞ」


 そう言いながらライルは手を伸ばすと、アイリスの腰をいきなり掴んで脇に抱えて走り出す。


「――ちょっ!? いきなりなにをするんですの?」

「そうです、お兄様! アイリス様より掴むなら私を……」

「リリィも、阿呆なことを言っていないで身を隠すんだ!」

「えっ? あっ、はい!」


 ライルの様子から緊急事態だと咄嗟に判断したリリィは、彼に続いてアイリスが最初に現れた草むらの中へと身を隠す。



 手入れが殆どされておらず、好き放題に伸びている草むらはライルたちの背丈よりも大きいものが少なくなく、屈んでしまえば街道からは何処に潜んでいるかわからなくなる。


「イタタタ……」


 勢いよく草むらに突っ込んだ時に草で頬を切ってしまったのか、リリィは痛む頬を擦りながら前方でアイリスを降ろしているライルへと話しかける。


「お兄様、いきなりどうされたのですか?」

「…………敵だ」

「えっ?」


 その一言に、リリィは思わず立ち上がろうとするが、


「莫迦者! 立ち上がるな!」

「は、はい……すみません」


 すぐさまライルに注意され、リリィはすごすごとおとなしく腰を落とすと、痛む頬を手で押さえながら肩を落とす。

 その顔には、ライルに怒られたことに対するショックがありありと浮かんでおり、目には大粒の涙が浮かんでいた。


 このまま放っておけばメソメソと泣き出してしまいそうなリリィであったが、痛む頬を押さえる手の上に、誰かの温かい手が当てられる。


「――っ!?」


 驚いてリリィが顔を上げると、ライルが真剣な表情で見つめていた。


「お、おお……お兄様?」

「動くな。ジッとしていろ」


 まるで恋人が甘い愛の言葉を囁くような展開に、リリィの顔が一瞬にして真っ赤になるが、次の瞬間、彼女の怪我をした右頬が緑色の優しい光に包まれる。

 光はすぐに収まり、完全に消えるとライルはリリィの頬から手を離す。


「今回は特別に治療してやったが、次からは顔に傷がつかないように気を付けろ」

「えっ? あっ……痛くない」


 リリィは草で斬ったはずの自分の頬を何度も擦りながら、傷痕がすっかり消えていることに気付き、感激したように目を潤ませながらライルへと飛び付く。


「お、お兄様、ありがとうございます!」

「ええぃ、くっつくな! それより、そろそろ敵が来る」

「敵……何処からですか?」


 リリィの質問に、ライルは妹の体を引き剥がしながら上を指差す。


「上だ」


 ライルがそう告げると同時に、何か大きな影が上空を横切る。


「ヒッ!?」


 思ったより大きな影の登場に、リリィは小さく悲鳴を上げながら草むらの陰に身を潜める。


「な、何ですかあれ…………鳥?」

「みたいだな」


 リリィの呟きにライルが応えると同時に、再び大きな影が上空を横切る。


「…………まあ、鳥にしては随分とデカいがな」


 ライルが呆れたように嘆息しながら上を見上げると、三メートル近くある巨大な鳥は、上空を大きな弧を描いて旋回しはじめる。

 その理由は言うまでもなく、草むらに隠れたライルたちを探しているように思われた。


「……あの鳥は魔王が城に来る時に乗ってきた魔物ですわ」


 ライルたちが鳥の動きに注視していると、アイリスが苦々しい表情で呟く。


「名前はグランデラパス……空の王者とも言われる最大級の大きさの猛禽類ですわ」

「も、猛禽類って人も襲うって噂のあの?」

「噂、ではなく純然たる事実ですわ。事実、魔王が城に夜襲を仕掛けて来た時、見張りの兵士だけでなく…………兵士たちを率いていたわたくしのお兄様も、声も上げる間もなく殺されたらしいですから」

「そ、それは…………」


 同じ兄を慕う者として、リリィはアイリスの気持ちを慮って悲しそうに目を伏せる。


 だが、ここで沈んではいられないと顔を上げたリリィは、上空を旋回するグランデラパスを見ながら折れた剣の柄を撫でる。


「これは……いざとなれば戦わなきゃ、ですね」

「無茶を言うな。その剣であの魔物に勝てるわけないだろう」


 ライルはリリィが無茶をしないように釘を刺しながら、油断なく上空を見て呟く。


「これは……失敗したな」

「失敗?」

「ああ、奴にゴブリンの死体を見られた。これで奴は、我々を見つけるまでずっとここに居座るぞ」

「……そうなのですか?」

「ああ、そもそも奴がここに来たのは、火柱が上がったからだろう」


 そう言いながら、ライルはアイリスのことを厳しい目で睨む。


「火柱……わたくしの所為だというのですか?」


 アイリスの声に、ライルは「そうだ」と頷く。


「あの魔物の本来の役割は、王都に近付く者を見定めているのだろう。そして、その中に冒険者のような戦う者……特に勇者がいたら襲いかかるように命令されている……違うか?」

「……違わないですわ」


 ライルの推察を肯定するようにアイリスは頷く。


 その答えを聞いたライルは、苦々しい表情を浮かべながら肩で大きく嘆息する。


「全く……莫迦な女だ」

「バカで結構ですわ。わたくし、それなりの覚悟でここに来ていますから」

「えっ? えっ?」


 殆ど会話を交わさずに互いに納得した様子のライルとアイリスを見て、リリィは困惑した表情を浮かべる。


「お、お兄様……これは一体どういうことですか?」

「つまりだな……」


 疑問符を浮かべるリリィに、ライルはアイリスを無遠慮に指差しながら彼女とのやり取りで分かった事実を伝える。


「この女は大量のゴブリンの死体と、自分が乗ってきた馬車を燃やして火柱を発生させることで、兄の仇である魔物をここにおびき寄せたんだよ」

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