第181話 『生命の輝き ド派手な光』

 大量の塵が、辺りを霧のように覆っている。

 壊滅的な視界は呼吸の音や命の気配すらも飲み込み、外へ漏らさなかった。


「へ、へへへへ」


 冷たい沈黙の中を、乾いた笑いが踊った。

 

 ナミラの顔で引きつった笑みを浮かべ、その体を震わせている。


「やったよジル」


 ダークエルフから人族へ、主人格が変わっていた。

 子犬に似た瞳が、つり目の女を宿していく。


「あぁ、よくやったよオンラ! やっぱりあんたは最高だっ!」


 ジルが意識を表に出すと、途端に息が荒くなる。

 見たことも聞いたこともない強大な力を前に、彼女は死の恐怖を感じ、動けなくなっていた。


 そんなダークエルフの代わりに力を振るったのは、命を得たときから奴隷として生きた少女。戦いなど無縁の人生を送ったオンラは、死して初めて闘志を燃やした。


 自分を支えてくれた存在を守りたい。


 無垢な願いは闘気となり、魔力とひとつになった。

 そして自我を奪った他の前世の記憶を頼りに、あらん限りの力を放ったのだ。


「へ、へへへ。やっぱりジルは褒めてくれる……」

「そうよ。当たり前じゃない」


 自分の言葉に顔を赤らめ、優しく頭を撫でる。

 他者が見れば異常に感じる行動は、彼女たちにとっては当たり前のこと。むしろ世界がおかしいと、滅ぼそうとしていた。


「闘気……砂漠のときより、もっともっと強いよ! ナミラの意識が消えてから使えなくなってたけど、魔力と合わせるとこんなに」

「えぇ、本当に。こんなに生命力が漲るなんて……ねぇ、あなたたちも素晴らしいと思うでしょう?」


 ぶ厚い塵の壁が、静かに退場していく。

 物言わぬ大穴が、ゆっくりと吸い込んでいった。

 

「……くっ」


 噛み締めた声が、弱々しい風を生んだ。


「ちくしょう……」

「……うぅ」

「なんてことだ……」


 燃えられぬ熱が震え、わずかな雫が落ち、小さな石が転がる。

 四大元素を司る精霊王たちが、苦悶の表情で膝をついていた。


「ざまぁないわね? 大自然の王が、奴隷の女たちにやられるなんて……文明から目を逸らし、関わりを持たなかったツケよ!」


 ジルの怒号は、主に風の精霊王ガルダへ向けられていた。


「……たしかに。もっと他の種族を理解していれば」


 自らを蔑む背後に四つの体。

 シュウ、レゴルス、ゴーシュ、ブルボノが身動きひとつせずに横たわっていた。


「ギリギリで守ったが、これが限界か……情けねぇぜ」

「……そこの三人は辛うじて息がある。でも、シュウ殿は」


 悔しさを隠さぬイフリートと、思わず悲嘆を口にしたカリプソ。

 視線の先で、ミスリルの魔剣が塵の一部となった。


「せめて躯はファラさんの元へ。それが我ら精霊王の最期の大仕事よ」


 鼓舞するタイタンの声に、四人の王は立ち上がった。

 もはや消えかけの肉体。しかし、今やその存在を作るのは雄大な自然だけではない。


 万象王ゼノが没したときから築いてきた、王としての矜持。

 そして、ナミラと出会ってから生まれた絆たち。

 永きに渡り精霊族が持ち得なかった、尊い縁。ただ時の流れのままに存在していた彼らの胸に、一瞬に懸ける激情が滾っていた。


「勝てると思うの? 正気?」

「ば、馬鹿じゃないの?」

「馬鹿でけっこう」


 見下す視線と薄ら笑いを、威厳のオーラが打ち払う。


「この風は意思を持ち吹き荒れる」

「この火は熱意のままに燃え上がる」

「この水は使命を孕んで流れる」

「この土は覚悟の糧に育ちゆく」


 風が、火が、水が、土が、生命の輝きを放った。


「――――シネ!」


 無意識のうちに、ジルとオンラは飛び出していた。

 消滅しかけた精霊王など、今の彼女たちにとって敵ではない。にもかかわらず、胸の底が震えた。先ほどよりも弱々しいはずの力に、恐怖を感じたのだ。


「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」


 短い殺意を、渾身の雄叫びが塗りつぶす。


 風が運ぶはこれまで見てきた世界の景色。火が照らすは懸命に生きる人々の営み。水が魅せるは命の美しさ。土が起こすは積み重なった時の証。


 そして走馬灯は、楽しき日々と甘い焼き菓子の味を思い出させた。

 

「ナミラ様! ゼノ様! どうか、お目覚めをっ!」

「信じてますぜ! 俺たちの大将は、こんなとこでやられねぇって!」

「我らの命を最後に! この悪夢を終わらせてくださいませ!」

「これ以上……宝を失いますなっ!」


 かつて山と並んだ体は小さくなり、決死の表情は塵の中に霞んでしまう。


「ムダムダぁ! もう雑魚なんだよ、お前たちは!」

「死んじゃえ、消えちゃえ! 自然なんて大嫌い!」


 ついに真似衣の魔法まで発動し、ナミラの痕跡は消え去ってしまった。


「「ぎゃはははははははははははははは!」」


 狂気が二つ、顔を左右に分けて笑う。

 つり目のダークエルフと垂れ目の人間の少女が、己の強さに酔いしれている。


「このまま後ろの死にぞこないまで、きれいに消してや」

「邪魔するでぇ~!?」


 妙に陽気で無駄に大きな声が響く。

 直後、死力を結集した大自然の特攻とは真逆の、冷たい鉛が降り注いだ。


百腕拳ヘカトンケイル・ラッシュ!」


 ミリ単位の誤差もなく、シュラの多腕ワンズが精霊王たちの傘となる。

 しかし、復讐の女たちには容赦のない豪雨が襲いかかった。


「きゃあ!」

「邪魔するんなら帰って!」


 溢れるオーラで鉛玉を弾きつつ、上空を睨みつける。


「精霊王さま!」

「なっ……精霊たちか!」


 その隙に八本の腕から発せられたエネルギーが、四色の光と共にガルダたちを包んだ。

 対の腕には、それぞれの王に属する精霊が宿されており、攻撃を止め自然のエネルギーを供給した。


「失礼しますっ」


 さらに飛んできたシュラによって、精霊王とシュウたちは攫われていった。


「ちょっ待ちなさ」

「ニュー通天砲つうてんほう発射ぁー!」


 かつてセキガ草原にて存在を示した兵器が、威力を増大して放たれた。

 無駄にド派手なエネルギーの塊が、状況の飲み込めない女たちを襲う。


「こんなものぉ!」

 

 しかし、わずかな傷を負わせることもなく、一撃の下に斬り捨てられた。


「全っ然ダメやないかい! プレラーティのアホ、なにが『最強の兵器ですぞ、ふひっ』やねん!」

「まぁ、相手が悪いとしか言えないでしょうな」

「ウスッ」


 塵の向こうから、拡声音のやり取りが響く。

 薄っすらと見える影は人とは思えないほど巨大で、歪な姿をしていた。


「あいつらは……!」


 闘気の奔流で、充満する塵を払う。


 現れた異形は、ツギハギだらけの移動要塞。

 不格好な形状にもかかわらず至る所に金色の装飾を施し、製作者の趣味を全面に押し出している。

 そして、最も見晴らしのいいてっぺんから。

 車椅子に乗った小柄な男が顔を出した。


「まいどおおきに! ダーカメ連合でございますぅ~!」

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