第135話 『父に捧ぐ』
「フォーメーション、ミドル! いけぇ!」
隊長の掛け声で、素早く動き出した右脚部隊。
少女一人を相手だろうと迷いはなく、統率の取れたコンビネーションは訓練と信頼の為せる業であった。
「闘技 影縫い!」
先程下衆な欲求を抱いていた小柄の男がナイフを投げ、足元に浮かぶ影を捉えた。
「いくぜ、兄貴!」
「もらったぁ!」
双子の暗殺者が同時に小型の銃を撃つ。
それぞれ頭と腹部を狙い、見事命中させた。
「あぁ、エプロンが……」
「「はぁ!?」」
しかし、倒れない。
そればかりか、額にはかすり傷一つ付かずメイド服には血も滲まなかった。
「どうなってやがんだ!」
「狼狽えるな、インデックスに切り替える!」
隊長の言葉に、隊員たちはすかさず配置を変えた。
移動しながら牽制攻撃を続け、シュラは猛攻に晒された。
「『
隊長の魔力が解き放たれ、床から氷の柱が出現した。
シュラはその凍てつく世界に飲まれ、氷漬けにされた。
「氷ごと叩き割ってやる!」
闘気を纏った筋肉質な男が走り、手甲で覆われた拳を振るった。
「おらぁ!」
轟音響かせ、氷柱が砕け散る。
闘気の熱気に当てられた冷たい空気が、蒸気となって廊下に満ちた。
完璧だった。
銃弾で仕留められなかったのは予想外。しかし、魔法は完全にシュラを封じ込めており、闘気の攻撃も通った。このパターンで撃破できなかった標的など、五人が冒険者だった頃にもいない。
「よし、このままファラ・タキメノの部屋まで進む。今の音で異変に気づかれたかもしれない。急ぐぞ」
指示を出し、任務を続行する。
しかし、一人だけ動かない者がいた。トドメを刺したばかりの、手甲の男である。
「おい、なにをしている? さっさと」
「行かせませんよ?」
聞こえるはずのない声が聞こえ、立ち尽くしていた仲間の体が貫かれた。
「なっ!」
顔に出た動揺は、覆面が隠してくれた。
しかし、身構えた先の行動が躊躇われる。声は紛れもなく倒したはずのメイドであり、体から突き出た凶器は細く白い彼女の腕だったからだ。
「なぜ……生きている?」
「あの程度、子どものイタズラと同じです」
ずるりと倒れた男の陰から、シュラが姿を見せた。
メイド服は破け肌があらわになっている。
その姿に、隊長は昨年親権を奪われた娘が幼い頃に送った、着せ替え人形を思い出した。
無機質で温もりのない作り物。そして、傷一つ付いていない。
右脚部隊は、戯言と聞き流したゴーレムという言葉をやっと飲み込んだ。
「た、隊長! どうすんだ!」
「逃げるのか?」
「逃げようぜ!」
「撤退などない! 狼狽えるな! フォーメーション、リング! 全力で討伐するぞ!」
慌ただしく動く右脚部隊。
その敵意をすべて受けながら、開かれたシュラの瞳にはここに至るまでの記録が蘇っていた。
ヴェヒタダンジョンの守護者アーシュラ。
天才魔法技師ヴェヒタによって造り出されたその目的は、彼が持つ技術の粋を遺すこと。最強の体に自立思考するプログラムを施し、心を産み出そうとした。
その結果、誕生と同時に父を殺した。
元は弟子の男を狙った。ヴェヒタ以外を異物と捉えての行動だったが、彼は一番弟子を庇って死んだ。早々に存在の意味を失ったアーシュラを、弟子は根気強く支えた。その後の永い時間、彼らは共に過ごすことになる。
「師匠のすべてがきみには詰まってる。この時代の最高傑作がきみだ。文明が滅んだあとも……僕が死んでも永遠に存在しててほしい。それが、願いだよ」
絆を結んだ頃、弟子は語った。
アーシュラの存在を隠すため、ダンジョンにミスリルの粉を吹き付けたのも彼である。
「ワカッタ……ヤクソク、シヨウ」
友となった彼の死後。
アーシュラは約束を果たすために戦った。工房であるダンジョンを、そして己自身を守るために。しかし約一二〇〇年後、ギルドの先駆けとなる集団に討ち取られてしまう。
破壊され、完全に沈黙した。
だが、再び目覚めた。
時代を経たダンジョンで、目の前で笑っていたのは自身が殺したはずのヴェヒタであった。
「トウ……サマ?」
「おうよ。ま、厳密に言えば違うがな。最初はこのツラのほうが、受け入れられると思ったんだ……久しぶりだな、このじゃじゃ馬め」
破壊前には見られなかった、豪快な笑顔を見た。
そのとき、研磨し直され小さくなったスフィアに、喜びと感激が湧いた。悠久の時を越え、心の片鱗が芽生えた瞬間だった。
「……転生とギフト。ナミラ・タキメノとしての今生を聞きました。新たなボディと名前、かつてできなかった奉仕の機会を与えられました。ワタシは今度こそ友との約束を果たし、任務を遂行します」
彼女を動かすのは膨大なエネルギー。
そして冷たい体に灯った熱いもの。人はそれを、使命感と呼ぶ。
「タキメノ家メイド、シュラ。ワタシのすべてを偉大なる父に捧げます」
赤く光る両目は、ゴーレムの戦闘モードを意味していた。
「撃てぇ!」
銃、魔法、闘技。
四人が操る遠距離攻撃が、一斉に放たれる。
「驚異レベル……低」
表面の加工は違えど、シュラの体には以前のものが再利用されている。
材の名をオリハルコン。
タマガンが戦をしてでも欲し、土の精霊王タイタンが魔喰戦で防御にも使った世界最硬の物質。
故に、この程度の攻勢では傷一つ付くことはない。
「うおおおおおおっ!」
「このまま押し切れー!」
「目標、排除開始」
シュラが拳を突き出す。
すると一瞬で、双子の片割れの頭が吹き飛んだ。
「あんかーぱんち」
太いワイヤーで繋がれた拳が射出され、頭部を撃ち抜いたのだった。
「兄貴ぃぎぐがぉば!」
となりで叫びを上げた弟を、宙で円を描いたワイヤーが捉え首をへし折った。
ワイヤーを巻き取る勢いで体が回り、千切れた首は小柄の男へ飛んだ。
「ひっ、ひぃあ! な、なんなんだこいつはあああああ!」
がむしゃらにナイフを投げつけるが、へしゃげて弾かれる。
シュラが間合いを詰めると左の手首が高速で回転し、ドリルのように肉体を穿った。
「……な、なにが」
時間にして数秒の出来事。
歴戦の猛者であり苦楽を共にした仲間たちが、悲惨な最期を遂げた。
隊長は震え、恐怖を抱く。しかし、高めてきたプライドと復讐心が彼を突き動かした。腰に秘めた柄を握り、抜き放つ。
「死ねぇ、化け物ぉ! 魔剣ガリミムス、仲間との冒険で得た、俺たちの力だぁ!」
真空を纏いし剣。
封印を施した鞘に納めねば、刃に触れるものすべてを切り刻み、一振りで山をも断つと言われる伝説の一刀。
右脚部隊がまだ冒険者であった頃、古いダンジョンで見つけた至高の宝。絆の象徴であり、最強の力であった。
「プロテクション起動」
亀の甲羅を思わせる光が現れ、シュラを守る。
衝突すると眩い火花を散らし、暗い廊下を照らした。
「このまま両断してやる!」
「……解析完了。
プロテクションの色が変わり、魔剣にも移っていく。
次第に纏っていた真空の力は消え、ただの剣と化したガリミムスは敢え無く折れた。
「なっ……」
声にならない悲鳴を出し、隊長はよろよろと下がった。
「……ヨードン、カイ、サイ、ギムラ」
死した仲間の名を口にし、覆面を脱ぎ捨てる。
顔を見せたのは、涙を流した中年の男。顔色は青く、絶望が支配しようとしている。しかし、目には狂った殺意が迸っていた。
「お前たちの無念、必ず果たす! 命を捧げ呪いをここに! 我が名は」
「もういいです」
逆立ちしたシュラは足を水平に開いた。
下半身が残像を残すほどの速さで回り、隊長を蹴り飛ばした。
「ペんッ」
裏返った声を最期に、決死の呪いは発動しなかった。
壁に叩きつけられた上半身は肉塊となり、残された下半身は血を流しながら静かに倒れた。
「……任務完了。これより、お掃除を開始します。強力洗浄剤及び脱臭剤、生成開始……」
穏やかな青い瞳に戻ったシュラは、何事もなかったかのように掃除を始めた。
窓の下に広がる庭では数多の火花が散っている。
しかし、彼女は廊下の清掃を優先させた。
視認したうえで、自分が対応する必要はないと判断したからである。
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