第三部二章 西に行くもの

第123話 『しばしの別れと突然の出会い』

 会談から一週間後。

 早朝の白い光の中に、そよ風の心地よい音が聞こえる。

 馬車に繋がれた二頭の馬が、準備万端を示すように鼻を鳴らした。


「ナミラだけずるーい!」


 そんな静かで穏やかな空気を、アニの叫びが貫いた。


「し、しかたないだろ。今更、どうもできないって」

「私だって連合国に行ってみたかった! せっかく、みんなで冒険者資格も取ったのにぃ! 先に一人だけ外国行くなんて!」


 アニは首に下げた、銅の冒険者証を持ち上げた。

 三日前。テーベ村騎士団の面々はギルド館へ足を運び、冒険者としての手続きをした。本当は冬の間に済ませるつもりだったが、年齢が十五歳に達していないモモの特例適用に、時間がかかってしまった。だが、今までの活躍やテーベ村のゴーシュが推薦状を書いたことで、実技試験が免除。その場で冒険者証発行という、優遇を受けることができた。


「今回連合に行くのは、子ども一人って決まってるんだ」

「でも、冒険者なら関所も割と簡単に通過できるんでしょ? なら」

「たしかに、万が一紹介状を紛失した場合に備えて、冒険者証を取得した。でも、それとこれとは、話がべつだから。首都に着いても、滞在先は別々になるぞ?」

「……ぶー」


 頬を膨らませるアニは、呆れ顔のダンたちに肩を叩かれ、諭され始めた。


「こちらにいてもやることはある。いや、むしろいてくれないと困る、かな」


 なにか含みのある笑みを浮かべて、アレクが言った。


「……なにか企んでるのか?」

「さぁ、どうだろう?」

 

 四勇士が同じように笑っているのを見て、ナミラはそれ以上の追及をやめた。


「ナミくん! これ、朝一番に焼いたお菓子!」

「ナミラ。本当に気をつけてな」


 母と父が、別れを惜しむ視線を向けた。

 草原へと続く西門の前には、友人以外にも見送りの者がナミラを囲んでいる。ナミラはファラを優しく抱擁すると、小さく「見逃してやるから母さんを頼んだ」と姿の見えぬ存在に呟いた。


「ナ、ナミラくん。これ、王都のお酒!」

 

 モモが近づき、丁寧な梱包のされた瓶を差し出した。


「困ったことがあれば、それを持って西の賢者塔に行くといい。そこにおる賢者、水界すいかいのミドラーが話を聞いてくれるじゃろう。なんなら、バボン王で話したほうがいいかもしれん」


 同じ賢者であるガルフは、友の姿を思い浮かべて苦笑した。


「はい、ありがとうございます……シュラ」


 見送る者たちから、少し離れた後方に声をかけた。

 そこにはタキメノ家に仕える三人がおり、かしこまった様子で立っている。


、お前に引き継ぐ。責任は俺が取るから、状況に応じて遂行しろ。シャラクさん、ウルミさん。父さんと母さんを、よろしくお願いします」

「「「かしこまりました」」」


 三人は頭を下げ、言葉の一切を承知した。


「……さて、挨拶は済んだかな?」


 幾分ラフな格好のルイベンゼン王が、ナミラに近づいた。

 

「盛大に送ってやれなくて申し訳ない。だが」

「分かっています。ダーカメ連合は必ず、新たに手を結んだ国から連合の文明を学ぶ研修生を受け入れている。それも必ず、貴族や王族などの子どもを。今回も、同様の招きでしょうから」

「うむ。一人を先んじて招き、徐々に人数を増やしていく……その後、帰ってきた子どもたちが連合に洗脳されていて、その親や国民に思想が波及。結果、あらゆる面で連合に依存してしまう。早い国で三年だったか……」


 王は空を見上げ、羽ばたく鳥に目をやった。


「まさか、そんな意図があったとは。きみが、渡り鳥からの情報をまとめてくれなければ、アレキサンダーを向かわせるところだった」

「かなり断片的で抽象的でしたが、妖精からも同様の話が聞けましたからね。小国は軒並み同じ末路ですから、信ぴょう性はあるかと。大々的に送り出してしまうと、それだけで国民の注目を集めてしまいますから、この見送りと人選は正解です」


 二人は目を合わせると、企みの笑顔を交わした。


「獅子王が命ずる。連中の鼻を明かして来い」

「はっ! 必ず!」


 こうして事情を知る一部の者に見送られながら、ナミラはダーカメ連合へ出発した。


「……夢、か」


 馬車の眠気を誘う揺れのおかげで、一か月前の夢を見ていたらしい。

 目をこすりながら、ナミラは窓の外を眺めた。

 草原の真ん中に伸びる街道を、馬車が黙々と進んでいる。少し離れた場所には森があり、風で木々が枝を揺らしていた。よく見れば、王都周辺のものとは、微妙に葉の形が異なっている。


「ここまで、何事もなく来られたな。前世も増やせたし、順調そのものだが……」


 青空に浮かぶ入道雲を見つめ、眩さに目を細める。


「目的地に近づいた頃が、最も警戒すべきときだ」


 フラグのような呟きを終えた瞬間、白い雲の中に飛来する二つの黒点を見出した。


「止まれ!」


 咄嗟に叫び、無理やり馬たちの足を止める。

 その結果、飛来物は前方に落ち、間一髪のところで回避することができた。


「あれ? 躱されちゃったぞ?」

「げほっ、げほっ。だから無茶だっていったでしょう?」


 激しい土煙の中から声がした。

 ナミラは剣を取り、怯える御者を下がらせた。


「何者だ?」


 ちらりと見えた口元が、ニヤリと笑う。

 次の瞬間。相手から闘気が放出され、視界が晴れた。


「アタシの名はガオラン! 獣人国家レッドの戦士、黒風のゴルロイの子!」

「お、同じくドワーフ王国タマガンの戦士長グリの子、アーリ」

「おい、お前!」


 ガオランと名乗った少女に指を差されたナミラは、眉間にビリビリと闘気の圧を感じた。


「アタシらと決闘しろ!」

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