第38話 『風が吹き抜けるとき』
しばしの間、テーベ村に静寂が訪れた。
美しかった景観は見る影もない。人々は傷付き、子どもたちの中には未だ涙を浮かべて震える子もいる。
そんな中。
真似衣の魔法が解けたナミラは、短剣を空に突き上げた。
「勝ったぞおぉぉぉぉ!」
響く勝鬨に、村人たちは歓喜の声を上げた。
「うおおおおおおお!」
村始まって以来の激しい戦い。
強敵に勝利した安堵と喜びは、計り知れないほど大きかった。
「やったー! 僕たち勝ったんだー!」
「よっしゃ……ナミラ、を……胴上げ」
「無茶言わないのバカ!」
最大の功労者である『テーベ村きしだん』の三人も、喜びに震えた。
そのうち興奮した大人に囲まれ、命懸けの働きを褒め称えられた。
「これからよろしくな」
「えぇ」
ナミラは、地面に刺さった竜牙剣を手に取り囁いた。
聞こえた温かい声が、疲れと傷を癒やしてくれるようだった。
「ねぇ! ナミラもこっちおいでよ!」
アニの明るい声がする。
振り返ると、もみくちゃにされた三人が村人と一緒に満面の笑みを向けていた。
奥には、涙を流すファラたち母親の姿もある。ナミラは抑えられない喜びで顔が緩み、足を踏み出した。
だがその笑みは。
突如襲った激痛に歪んだ。
「ぐっ!」
熱い痛みが力を奪う。
見ると、左肩を錆びた矢じりが貫いていた。
「きゃあ!」
アニの悲鳴を皮切りに、村人たちの顔が恐怖に染まる。
ナミラが振り向くと、そこには数十人の男たちが勝ち誇った笑みを浮かべ、先頭の一人は弓を構えていた。
「まさかお頭を倒すなんてなぁ」
弓の男が口笛を吹いて言った。
他の者も、ふざけた拍手でそれに続いた。
「斬竜団の生き残りか」
「そんな!」
デルとアニが悲痛な叫びを上げる。
「全員やっつけたはずだよ! 二人で村中確認したんだから!」
「あいつらやったのお前たちか! すげぇなこの村のガキ」
ニヤつく顔に向かって身構えるデルとアニ。
ダンは睨むが体が動かない。ガイの意識も戻らず、他の村人には戦意が戻らない。
「俺たちは西の森にいたんだ。お頭……あの馬鹿とジジイは、畑の家を襲って死んだと思ったみたいだけどな」
ナミラは自分を責めた。
別動隊の存在は知っていたが、ナミラもまた南側の罠で倒したと思っていた。北側に攻め込んだ数で判断したのが、間違いの原因だった。
「でよ、その剣返してくれねぇか? 片手じゃ持ち上げるのがやっとだろ?」
男が指差す先には、竜牙剣があった。
たしかに左腕に力が入らない今、斬竜天衝波の構えも取れない。
「お前が次の頭領になるのか? 斬竜天衝波も使えないのに、この剣を持ってどうする?」
滴る血を感じながら、ナミラは挑発的な笑みを浮かべた。
「……なんなんだてめぇ」
相伝の内容を知っていたことに驚きつつ、男は鼻で笑った。
「んなこと関係ねぇ。カビの生えた伝統は、もう終わりなんだよ」
男は、再び勝ち誇った笑みを顔に貼り付けた。
「あんな技なくても、これからは頭のキレる奴が頭領になるんだよ」
「ハッ」
思わずナミラの中のユグドラが吹き出した。
「なら、この剣も斬竜団もお前には相応しくねぇよ。やっぱり、あの男で団は終わりだ。パチモンは引っ込んでろ」
ナミラが言い終わると同時に男は怒り、剣を抜いた。
「うるせぇ! こっちはお墨付きもらってんだ! てめぇらはさっさと死ね! 女だけ残してくたばれ!」
明らかに三流の男を見下し言葉に違和感を覚えながらも、ナミラは危機感を感じていた。
傷に加え、魔力も闘気も残り少ない。他に戦えるのはデルとアニだが、二人もダメージがあり、疲労もピークに達している。地形を利用したゲリラ戦ならともかく、村人を守りながらの戦いは今の二人には荷が重い。
「やれぇー!」
「……くっ」
短剣を構え、体の底に残った闘気を振り絞る。
「大丈夫ですよ」
頭の中に、母竜の声が響いた。
「風が剣士を連れてきます」
残酷な刃が振り上げられたとき、男たちを押し止めるように突風が吹き荒れた。
「うおっ!」
「きゃあ!」
驚きの声と悲鳴が上がる。
門を開け放ち、北から吹いた一陣の風は不思議な温もりを携えていた。
「大丈夫か?」
風が止み、人々は目を開けた。
目の前には、残党との間に立つ男の背中があった。
ナミラはその背に、溢れた涙を止めることができなかった。
「この北方第三小隊所属、北の砦一番の台所担当。大好きなお父さんが来たからには、もう安心だぞ」
振り向いた父は、頼れる笑顔を見せてくれた。
「な、なんだてめぇは!」
「聞いてなかったのか? この子のお父さんで、北方……」
「んなわけねぇ!」
男たちは慌てふためいた。
「砦側が勝ったっていうのか? そんなのあり得ねぇ!」
男の言葉に、シュウは鋭い視線を向けた。
「なにか知っているようだな。だが、手加減してもらえると思うなよ?」
シュウは腰の剣に手をかけた。
しかし冷静さを取り戻したのか、男は余裕の笑みを見せる。
「てめぇ一人でなにができる」
見下した笑いを、シュウは鼻で笑って突き返した。
「いつ一人って言った?」
ナミラたちの背後から、重なり合った雄叫びが響く。
それは砦へ続く街道から起こっていた。地響きを伴って近づき、やがて声の主が姿を現した。
「うおおおお!」
「急げっ! シュウに遅れを取るなぁ!」
武器を掲げた兵士と冒険者たち。
中にはエルフの姿も見える。
「ここにいる連中は、漏れなく村に世話になってんだ! ツケの分働きやがぐはぁ!」
「傷口開くから無理しちゃダメですよ!」
先頭を走る馬車に、包帯を巻いたゴーシュとそれを支えるレゴルスがいた。
「な、なんだありゃあ!」
恐れを抱き、
「ナミラー!」
ゴーシュが乗る馬車の
見るとそれはゲルトで、逃げたと思っていた村人は驚いた。
「例の剣、ちゃんとシュウさんに渡したからなー!」
ナミラは父の腰に下がる剣を確認し、勝利を確信した笑みを浮かべた。
「そう。こいつに助けられたんだ」
抜き放った剣は、グラディウスのような小振りの剣。
しかし、刀身は美しい銀色に輝き、
「初代村長ラビが残したミスリルの魔剣。隠し部屋に仕掛けをして隠していたから、バビも手が出せなかったんだろうね」
北の戦いの早期終結は、テーベ村にとっても防衛に繋がる重要なことだった。
だからナミラは、魔素を取り込み増幅させるこの魔剣を、ゲルトに砦へ届けるよう頼んだ。願わくばシュウに、と思っていたが願いが通じたようだ。
「う、うるせぇ! その剣もよこしやがれ!」
配下の三人が、背を向けたシュウに襲いかかる。
「剣だけじゃないんだよ」
シュウを中心に風が起こる。
周囲には緑色の光の粒が、寄り添うように漂っていた。
「
薙ぎ払った剣から突風が起こり、三人を吹き飛ばした。
「な、なんなんだ……」
「自己紹介の続きだ。俺の名はシュウ・タキメノ。妖精剣士だ!」
シュウの名乗りと同時に、援軍が敷地になだれ込んできた。
「や、やれぇ! 俺たちが斬竜団だぁ!」
残党は応戦するが、一騎当千のシュウと騎馬を擁する相手には、為す術もなかった。
「に、逃げ」
新たな頭領を名乗った男が、仲間を置いて逃げ出そうとした。
「ふん!」
ナミラは情けない背中に向かって、手頃な石を投げつけた。
「うげっ!」
後頭部に当たり、男は気を失った。
「みんな! もう大丈夫だぞ!」
瞬く間に鎮圧した援軍は、村人や家族を安心させた。
「立てるか? ナミラ」
泣きつくファラの抱擁を受けながら、シュウがナミラに手を伸ばした。
「美味しいところ、持っていっちゃって悪いな」
「関係ないよ。みんなが無事ならそれで」
意地悪な父の笑顔に、息子は大人の微笑みを返した。
戦地となったテーベ村に、喜びが満ちていく。
いつの間にか雲が晴れ、美しい光が人々を照らした。
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