正道教
「うーん・・・この人は、とりあえず当たりにしておくかな・・・」
それは、すでに夜半を過ぎようかという時刻。
ラフな服装に着替えた一也は、街を、
「酸化の臭気がわずかなのはすごいけど、もう少し喉に引っかからなかったら、最高だったかもしれない」
女性のスーツにかからないよう気をつけながら、口に残った血を吹き捨てていた。
ふむ・・・。
そろそろ眠いけど、あと一人くらいは獲物を探しておくか、と少年はていねいに彼女の髪をうなじに戻していく。
ーー ヴァンパイアにも、それなりに
人間の血液は、おおむね
高価なものや、化学調味料のごった煮のような食品をありがたがる人間ほど、安価な自然野菜の力を見失っている、未来の疾病者が多いのだ。
(……なぜか品位を感じられる人間ほど、本能でそういったことを理解しているのか、澄んだ血の味がするんだよな……)
次は、仕草が綺麗なのを確かめてからにしよう、と少年は女性を大通りへやろうとしていた。
「あ……」
うつろな声を出して、肌を紅潮させた女性が、突然もたれかかってくる。
(うえっ?)
「息! 息がかかってるって!」
シャツの襟首あたりが何やら熱くなって、自分が起こさせた感情のはずなのに、流されそうになった。
(ずいぶん、狩りの間をあけてたからかな・・・。
でも、こんな雑居ビルのすき間で、がっついてるなんて)
『不死者の王』などという種族から、どんどん落ちこぼれていっているかもしれない。
どうにか女性を引きはがしても、むなしい呼吸が相手に残り、やり過ごすのは苦しそうだった。
「お前はヘタクソだな」と、彼女の上下している肩に、言われている気までする。
……うあぁ。
「ーー?」
その時、ふいに上を向いたからだろうか。
自分でもまったく予期していなかった気配が、動いたように感じる。
・・・なんだ?
一也は、思わず歩幅を広げていた。
(まさかこれは ーー 。食事中だったとしても、ぼくが気付かないなんて!)
うろたえて目を凝らしてみると、かぶさっていたような気配が、ビルの上層から消えようとしている。
もしかして、主に先日注意されたばかりの、
少年は知らず、行動に出ていた。
溜めていた魔力を放出し、吸血鬼としてはポピュラーな
・・・なかなか間抜けな変身になるのだが、やはり慣れたものの方が、動きやすいのだ。
(あいつらは、
「何か、ご用でも?」
(ーーっ!)
飛び上がってすぐに、ビルの屋上でふり返られてしまった。
こいつらは、いったい何て呼ばれていたんだったか・・・。一也は、その嫌味な名前を思い出そうとしている。
ええと、『原罪の使徒』とかいう、旧約集団だったような。
(
「・・・ちょっと、驚いたんでね。こっちは、相野一也っていうんだけど」
修道士たちと同じ建物に着地しながら答え、少年は、やれやれというように人の体へもどっていく。
「もちろん、よく存じておりますよ」
そう言って頭を下げた一人の女性は、鷹揚な仕草をみせていた。
彼女のまわりで動きを止めていた数人も、おたがいに距離をとっており、目は完全に
「たしか、あなたは英名ではアルフ=ウエイン様だとか・・・。私は、イレイナ=フレードと申します」
(・・・やはり、こいつがそうか)
どうも、耳障りな名だった。
その『十字の切っ先』と呼ばれる異名は、教徒の中でも異例だと言われる神聖力と、魔族狩りの群を抜く数で知られていった、教会極右の先鋭 ーー
「我々の前に立つ、ということの意味は理解されているのでしようか?」
被っていたフードをはずし、流れるような金髪を耳にかけるが、周囲の人間は重心を沈めている。
細い銀剣が背に・・・
「僕はただ、大陸の使者がどんな人間か、見ておきたくてね」
くだけたように手を広げて、一也は言う。
「ずっと大人しくしてきたんだし、これからもそれは変わらないよ」
正直、逃げ切る自信がない。
「ーー そうですか」
彼女は部下に合図すると、興味なさげに一度うなずいてみせた。
「私どもは急いでおりますので。これで・・・」
くるりと体の向きを変え、足音もさせずにその場を離れていく。
(!)
ーーあれはーーまさか。
見下されていたことも忘れ、一也はただ、呆然としていた。
(混色の瞳、なのか?)
『そうそう。あなたの
残されていったその言葉に、不吉な思いだけがふと、よぎっている。
「これは・・・。どうも厄介なことになりそうですよ、先輩・・・」
少年はひさしぶりに、体全体が動悸を打っているのを感じていた。
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