明かす事

ソラノ ヒナ

気付く事

 白石美月しらいしみつきは、慣れ親しんだ教室から訳もわからず飛び出した。


 さっきの……、さっきの言葉って……!


 小学生の時から高校生になった今でも、ずっと仲の良い親友、花咲夏海はなさきなつみの為、美月は夏海の恋を応援する立場に徹していたはずだった。


『白石はさ、色々と下手だよね』


 やめて。


『自分の感情を隠す事』


 やめて!


『もう飽きたんだよね、白石の無理してる顔』


 やめてっ!!


 どんなに美月が頭の中に浮かぶ声を止めようとしても、先程まで教室で2人きりでいた夏海の想い人、黒瀬悠くろせゆうの声が消えない。


『ずっと見てきたのは自分だけだと思ってるの? 俺もずっと見てきたんだけど……、白石の顔』


 まさか、黒瀬が私の事を……!?


 放課後の校内は静かで、階段を駆け下りていた美月の足音だけが響いていた。


 私の気持ちになんて、ずっと気付かなくてよかったのに。


 美月は駆け下りる足を止め、階段の手すりにもたれると息を整えた。


「私の今までの努力は、なんだったんだろ……」


 自分の気持ちにきつく蓋をしたはずだった。それなのに、黒瀬の言葉をきっかけに、美月の閉じ込めていた強い想いが溢れてくる。


 私が黒瀬を好きな気持ちは、このまま消してしまうはずだった。

 夏海と黒瀬が両想いになれば、こんな気持ちは邪魔になるだけだって、思っていたのに。

 親友と同じ人を好きになって、先に言葉にしたのは夏海だった。だから、自分の気持ちより大切な夏海のために、諦めるはずの想いだった。


 けれど、黒瀬の先程の言葉で、美月は自分の本当の気持ちを無視できなくなっていた。


 黒瀬と今の関係を壊すのも怖くて、気付かれないように接していたつもりだった。

 それなのに、私は黒瀬に気付いてもらえて、すごく、すごく、嬉しいと思ってしまった。

 最低だ、私。


 夏海に対して罪の意識を感じながら、美月はそれでも喜ぶ自分の浅ましさに奥歯を噛み締めた。

 その時、ブレザーの右ポケットから小さな振動を感じた。


「……黒瀬?」


 スマホを取り出してみると、先程まで教室で勉強を教えていた、今1番関わりたくない黒瀬からのメッセージが届いていた。

 今は教室に戻る気にもなれず、でも画像が添付されているのが気になり、美月は恐る恐るメッセージを開いた。


「あっ!」


『忘れ物』、という言葉とともに添付されていた画像は『自分の鞄』だった。

 本当ならこのまま顔を合わせず帰宅したかった美月は、自分の間抜けさに嫌気が差した。


「鞄、忘れてた」


 鞄に定期が入っている為、このままじゃ電車に乗れずに帰宅する事ができない。

 美月はしぶしぶ、億劫な足取りで階段を上り始めた。


 どうしよう。

 まだ教室にいるよね?

 時間稼ぎ、する?


 のろのろと階段を上りながら、美月は無駄な足掻きをしようとした。

 そしていったん、階段の踊り場で立ち止まった。


 今逃げたって、明日からも顔を合わせる。

 しかも黒瀬は隣の席だ。

 席替えもしたばかりだし、クラス替えなんて、2、3年生は一緒なままだから、もうない。

 行くしか、ない。


 ポーカーフェイスだと思っていた自分がどんな表情をしているのかわからなかったが、美月は自分の顔が赤い事ぐらいは自覚していた。

 けれどそれでも黒瀬と向き合う決心を固め、階段をしっかりとした足取りで上り始めた。

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