極楽フジ丸  陰陽師退魔伝

kasyグループ/金土豊

第1話 最強の陰陽師1

大手出版社、大英社の二十階建ての自社ビルは


東京都千代田区にあった。


その七階のフロアはいくつかのパーテーションで分けられ、


それぞれに雑誌の編集部に割り当てられている。


そのひとつに、『月刊パラノーマル』編集部があった。


『月刊パラノーマル』―――創刊して四十年以上経つ、


歴史ある老舗的な雑誌だ。


その内容は雑誌名が表しているように、


超常現象や未確認生物、UFOなどといった


カルト的なものを扱っている。


マニアックな読者層に好評で、


発行部数は20万部を超えている。


この種の雑誌で、それだけの発行部数をキープしているのは


世代に渡って読まれていることでもある。




その編集部は約30平米の広さの中にあった。


8席ほどの事務机が整然と並んでいる。


その上には、雑然と積み上げられた書類や資料、


それにノートパソコンがのっていた。




その上手―――大きな窓を背にして、編集長のデスクがあった。


そのデスクで舌打ちしながら


書類に目を通している矢内渉やないわたるは、


黒縁メガネの眉間を指で上げると、


視線を向けることなく編集者の一人を呼びつけた。




「おい、玉置。ちょっと来い」


矢内編集長の声音には、


わずかだが怒気が含まれていた。




「なんでしょう?編集長」


矢内に玉置と呼ばれたその女性記者は、


ノートパソコンのキーを叩いていた手を止めると、


チェアを後ろに引いて立ち上がった。




髪型は黒髪のセミロング。


白いブラウスにダークグレーのジャケット、


下はそのジャケットと同色の膝までのタイトスカート姿だ。


足元には茶褐色のローファーを履いている。


身長は160センチくらいか。


二十代前半の若々しい雰囲気を醸し出している。


学生の頃、陸上部で短距離ランナーをしていたこともあって、


引き締まったスタイルをしていた。


それでいて女性らしいラインを際立たせている。


目鼻立ちは整っており、端正な顔立ちの美人だ。


だが彼女の両の瞳には、意志の強さを示すような光が窺えた。




「玉置、お前が出したこの企画書はなんだ?」


矢内は、手にある書類の束を指で弾いた。




「何だといわれても、


  霊能力に対する科学的検証の記事の企画書ですけど」


彼女の答えを聞いて、矢内は頭を抱えた。




「あのなぁ、ウチの雑誌のコンセプトわかってるよな?」


矢内は彼女の企画書を、デスクの端に放り投げると、


噛んで含んだように言った。




「わかってますよ。霊能力や超能力、未確認生物、


  UFOといった存在が疑わしいカルト的なものを


  扱ってる雑誌ですよね」




「だからそれがダメだって言ってんだ。


  お前は最初からそういったものを


  疑ってかかっている。


  それじゃ記事に説得力が欠けてしまうんだよ」


矢内はほとほと疲れたように言った。




矢内と玉置のやりとりを垣間見ながら、


他のデスクで仕事をしている記者の数人が、


また始まったというような苦笑を浮かべていた。




玉置桜子たまきさくらこ―――


2年前に某国立大学の理工学部を卒業して、


大英社に入社した。


理工学部出身にありがちな、


物理的、科学的根拠に裏打ちされていない事を、


頭から否定している典型的理系女子だ。


そんな彼女が、オカルト雑誌である


『月刊パラノーマル』に配属されたことは、


大英社の七不思議の一つだと噂されていた。




矢内は言葉を続けた。


「この企画書を見ると、


  何やらいろんな学者先生に取材したみたいだが、


  どれも霊能力に対して否定的だ。


  そんな記事を読んで、読者が面白がると思うのか?」




だって事実なんだから―――と玉置桜子は思った。


この企画書を作るのに、


自分がどれだけの時間と労力を割いたことか。


母校の物理学の教授に意見を聞き、


他にも高名な物理学者、数学者、


化学者にもインタビューをした。


その誰もが、霊能力に否定的な答えを出したのだ。


それも理論的にである。


あらゆる物理的法則、化学変化にも当てはまらない、


霊的存在というものが、実在しているとは到底認められない


というのが多くの意見だった。


中には彼女の質問を一笑に伏した学者もいたくらいだ。




「事実は事実として伝えなければならないと思います。


  それがジャーナリズムの根幹ではないですか?」




「ジャーナリズム?


  ウチは別に社会正義や政治家を糾弾する雑誌じゃないんだ。


  ただ世の中の不思議な現象に焦点を当てて、


  読者に夢を提供している雑誌なんだ。勘違いするな」


矢内の声はさらに荒ぶっていた。




「夢?それってカルト宗教や霊感商法を


  助長するだけじゃないですか。


  これじゃジャーナリズムとは間逆だわ」




 額に血管を浮かび上がらせて、


顔を紅潮させた矢内が、玉置桜子を睨み返した。


そんな事、お前に言われなくても


わかってる、とでも言うように。


本当は怒鳴りたい気分だが、


後でパワハラなどと騒がれたくはなかった。


この玉置桜子ならそういう事を上層部に報告しかねない。


大英社ほどの大手出版社ともなると、


そういったコンプライアンスには


ナーバスにならざるを得ないものだ。




「とにかくだ。世の中には摩訶不思議な事が


  あるということを信じて書くんだ。いいな」




「そう言う編集長は、


  オカルト的なものを信じてるんですか?」


玉置桜子に詰問されて、矢内は一瞬たじろいだ。




「オレか?そ、そりゃ信じてないよ」


矢内の言葉は、心なしか詰まっていた。




「信じるわけがないだろ。オレも今年40になるんだぞ。


  いい大人がそんなものいちいち信じててどうする?


  た、ただ個人的考えを仕事に挟まないってことだ。


  あ、そうだ。ネタが無いのなら、これを参考にしてみろ」




 憮然とした表情で答えた矢内は、


話題を変えたい様子で、デスクの引き出しを開けた。


小さなUSBメモリを取り出すと、それを机上に置いた。




「なんですか?それ」




 「呪いの映像だ」




「はあ?呪いの映像?」


玉置桜子は、半ば呆れた顔で反芻する。




「何だ、知らんのか?


  ネットの大型掲示板でもスレが立ってるぞ。


  まあ、超常現象を頭ごなしに否定する、


  ガチガチの理系女子は興味ないか」




何だか遠まわしに


けなされているような気がした玉置桜子は、


矢内を睨むと口を尖らせた。




「呪いの映像だかなんだか知りませんけど、


  ネタが古すぎじゃないですか」




「ああ、確かにな。


  これまでのはその真偽は疑わしいものばかりだったが、


  これは違うかもしれん。


  その呪われた映像は大手動画サイトに投稿されたものだ。


  だが、運営側で強制的に削除したらしい。


  それというのも、映像を見たユーザー側に


  実際に被害が起きたということで、


  削除依頼のメールが殺到したということだ。


  グロ映像や無修正の猥褻映像でもなく、


  利用規範に違反したわけでもないのに


  運営側が削除することは、まず無いそうだ。


  その情報をネットで知ったオレは、


  気になって直に調べてみたんだ。


  すると、いろんな事実がわかってきた」


いつになく、矢内の目は真剣だった。




「事実って、例えばどんなことですか?」


玉置桜子は少しだけだが、興味を覚えた。




「それは、そのUSBメモリの中のファイルに


  まとめてある。それを読んで見てくれ」




「その呪われた映像って編集長も見たんですか?


  それとも怖くて見れなかったとか」


玉置桜子の声音には、好奇の色が滲んでいた。


それを体現しているかのように、


彼女の口元には意地悪そうな笑みが浮かんでいる。




「あ?と、当然だろ。見たさ。


  オレがビビッてるとでも思ってるのか?」


居心地が悪いのか、そこで矢内は席を立つと、


背後の窓外の景色―――


といっても隣接するビルの壁が見えるだけだったが


―――に視線を泳がせた。




「わかりました。早速見てみます」


USBメモリを手に取りながら、玉置桜子は答えた。


彼女の返事に、矢内は慌てたように半身を振り返らせた。




「ちょっと待て。ここで見るな。誰かの目に留まるかもしれん。


  自宅に帰ってから確認してくれ。


  それともう一つ。ダウンロードした問題の映像も


  その中にあるが、絶対に再生するな」




「やっぱり、怖いんですね」


にやりと笑う玉置桜子に再び背を向けて、


矢内は語気を荒くした。




「念のためだ」




「あの、編集長。


  それって家で仕事しろってことですよね?


  残業代出ますか?」


玉置桜子は、矢内の背中に向けて詰問した。




「お?見ろ。蝶々が飛んでるぞ。もう春だなぁ」




とぼけちゃって・・・。


ここはビルの七階よ。


蝶々なんて飛んでるわけないじゃない―――。




玉置桜子は、心の中で愚痴っていた。

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