このさき..ひだり
「まだか?」
「そろそろ見えてくるはずなんだな..」
「ほんと何もねえなここ..大丈夫かよ」
太陽は真上から変わらず季節外れの熱光線を浴びせている
高速を降りて既に一時間が経とうとしている
すっかり山の中に続くこの道は、道幅も狭く、所々舗装も剥げている
山道特有のくねくね道に、時折事故を知らせる曲がったガードレールが現れる
道路脇に外灯も無い
暗くなればここは漆黒の闇となるのだ
わざわざそんなことを想像しては意味も無く盛り上がる
”・・・・旅館、この先ひだり”
「あっ」
予告も無く、唐突に、当たり前に、その看板は道路脇に現れた
いつから雨風にさらされていたのだろう
通り過ぎる一瞬でさえわかるほど、痛み、劣化した木の看板のような”もの”
旅館の名前はほぼ消えかかり、読むことすら出来なかったが、何もない山の中を走り続けて一時間、それが間違いなく目的地を指し示していることは明らかだった
彼らの沈黙こそ、そのことを三人が皆理解していることの証であった
招き入れるかのように、側道の入り口は現れた
「ここを..ひだり..か」
もはや道は舗装ですらなく、雨のたびに車のタイヤが削ったであろう不規則な轍が続く
ハンドルを握る陽介は、その轍に不思議な安堵を抱いていた
轍がある、つまり車の行き来があるのだ
彼らが目指しているのは、旅行の宿泊先に予約した”旅館”である
車の行き来の形跡があるのはごく当たり前のことなのだ、そんな当たり前のことに安堵するほど、彼らは初めて訪れたこの山道とその道中の雰囲気に、既に自ずから気付かず飲み込まれようとしていたのかもしれない
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