よく気がつく人と気がつかない人

 世の中には、よく気がつく人と、気がつかない人がいて、両者は反目しあっている。よく気がつく人は気がつかない人に「なんで気がつかないんだろう」と思っているし言うし怒るし結局やる。気がつかない人はよく気がつく人に「なんで気がついてるのにやらないんだろう」と思っているし言うし怒るし結局やる。

 双方の間にある溝は、歩み寄るには深すぎた。

 そんなとき、彼女は生まれた。

 よく気がつく人が気づいていることと、気がつかない人が気づいてないことに、よく気がつく子――

 通称、よく気づく子である。


「ねえ、きっちゃん、いまちょっといい?」

 

 きっちゃん、というのは、クラスメイトのあーちゃんがよく気づく子につけた愛称だ。よく気づく子は、あーちゃんが「きっと親が変人なんだろうな、名前を気にしてそうだな」と気がついて気を使ってくれていることに、気がついていた。

 よく気づく子はあーちゃんの顔を真正面から見つめて気づく。


「……ちょっとよくないことに気づいていながら気づいていないフリをしていますね?」

「……うん、まあ、そうだけど」

「なんでしょうか」

「えっと、教室のゴミ箱なんだけど」

「斎藤さんが当番を忘れていることにみーちゃんが気づいています。いま、そのことにあーちゃんが気づきました。なんで分かってて言わないでいたんだろうと思っています」


 背後で、ガタ、と椅子が動いた。


「いま、斎藤さんが忘れていたことに気づきました。音で気づきました。みーちゃんが斎藤さんが気づいたことに気づきました」

「気づいたかどうかじゃなくてさ」

「はい」

「やってよ」


 よく気づく子はあーちゃんの目を真っ直ぐ見つめて答えた。


「なんで、私が」

「気がつくだけで何もしないじゃん」

「でも」

「やってよ。少しくらい」

「……はい」


 よく気づく子は教室の片隅にあるゴミ箱に手をかけ、呟いた。


「みんな、気づいています」


 教室が静まりかえった。あーちゃんが窓の外に視線を投げ、斎藤さんが席を立ち、みーちゃんが俯いた。

 よく気づく子はゴミ箱を揺さぶって袋を出し、口を縛った。

 気づいていた。

 結局、どっちが悪いということはないのだ。よく気がつく人は気がつかない人に怒っているが、結局それは、自分がやりたくないからなのだ。気がつかない人からしたら、気がついているのにやらない人は害悪でしかない。つまり、私の役割は、


「……みんな、気づいています」

 

 涙が出た。

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