胸の内の猫

 好奇心は猫をも殺すという言葉がある。もちろん、猫ちゃんは可愛いくて好奇心も旺盛であることを前提にしたことわざだ。

 しかし、忘れられがちだが重要な、もう一つの前提がある。


「何だか分かります?」


 少年は薄紅色の唇を撫で、試すような目つきで女を見つめた。


「前提……なんだろう? 好奇心を持ったのは猫ちゃんじゃないとか?」


 あなたには興味ありません、というような口ぶりだった。そういう態度を取ること自体が好奇心の顕れなのに。

 少年は唇を撫でたのと同じ指先でティーカップの縁に触れる。


「猫は九つの命を持つというくらい、タフな生き物だと思われてるんです。そんな猫でも、好奇心から死んでしまう。だから好奇心を持ちすぎてはいけない」

「ふぅん……知りたくなりすぎると死んじゃうんだね」


 女は退屈そうに片肘をつき、少年に流し目を送る。


「でも、好奇心は君を豊かにすると、私は思うな」

「寂しくなるかもしれませんよ」

「それは誘っているのかな?」

「お姉さんこそ」


 沈黙。

 ふたりは、ほとんど同時に息をついた。


「君の心の中に、猫ちゃんはいる?」

「お姉さんの中にはどうです? いますか?」

「今にも死にそう」


 少年はきょとんと長いまつ毛を上下し、伝票を取った。


「じゃあ、お姉さんの猫ちゃんのために帰ります」

 

 去りゆく少年の背に手のひらを振り、女は見せびらかすように大きく開いていた胸元に目を落とす。


「だって。良かったね、お前」


 にゃあ、と深い谷間から子猫が顔を出した。

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