第二章:『試練』-③
3
「 ──ふっ!」
振るった剣が目の前の精霊樹の葉を斬り裂く。真っ二つになった葉がひらひらと落ちていく光景を見届ける。そして、叫んだ。
「やっ、た ───」
直後、明らかに過去一番の量の【
僕は【精霊結晶】を介してその【
木の葉斬りの試練開始から一五日目。
──二〇枚。それが、今僕が更新した新しい記録だった。
「やるじゃないですか。あれからたった五日で」
そう口にするシティさんに水の入った革袋を投げ渡される。僕は慌ててそれを受け取ると、お礼を言ってから続けた。
「シティさんの助言がなかったら、今も一人で思い悩んでいたと思います」
五日前から、シティさんは時々僕のもとに足を運んでくれるようになった。そしてお手本を見せてくれたり助言をしてくれたりと、僕の成長を後押ししてくれているのだ。
「ありがとうございました、シティさん。その、色々と」
その蒼穹のような瞳を見て、僕はシティさんにしっかりと伝える。
姉弟子は一言「いえ」と返すと、僕の方に背中を向けた。
「それより、師匠に結果を報告しに行きましょう」
そして足早に歩き出した。
遠ざかっていく姉弟子の背中を見て、僕は小さく笑う。これは照れ隠しだな、と。
この五日間で、僕はシティさんという人間が少し掴めた気がしていた。
口調はいつも冷静だが、実は繊細で感受性が豊か。時には厳しく、時には可愛らしい。
人々がこの人を応援したくなる気持ちも、よく分かる。
「待ってください、シティさん!」
僕は思わず笑みを零すと、シティさんの背中を追って走り出した。
シティさんと並んで【氷霊】のギルドの門をくぐる。
すると、聞き慣れた師匠の声はすぐに耳へと入ってきた。
「あーもう! どうして私にこんな紙と睨めっこするような仕事させるのさー! 派手な仕事だけ持ってきてよ! 討伐の依頼とか!」
「溜め込んでいなければ済んだ話だ。恨むのなら過去の自分を恨め」
「もう、もっと面白い返しできないの? カタブツ!」
誰かと言い合いをしている?
嫌な予感を覚えながらその音源へと目を向ける。するとそこにあったのは、明らかに他とは違う存在感を放っている二人の冒険者の姿だった。
一人はもちろん師匠。そしてもう一人は ──
「っ」
見覚えのある顔だと思っていたけど……思い出した。
屈強な肉体を纏う巨躯。荒んだ錆色の髪。尖った眉。そして切れ長の目から放たれているのは凶暴な獣の如き眼光。
この都で暮らす中で、その人の偉業はいくつも耳にした。
冒険者を代表するほどの主役たちが集う集団 ──【氷霊】のギルド。世界の頂点に位置しているそのギルドには、特に秀でた能力を持つ二人の英雄が存在している。
龍と虎。矛と盾。最強と最強。英雄という存在の体現者。
一人は言わずもがな。師匠 ──【
そして、それに並び立つもう一人の最強が ──【
今、師匠の隣にいるのは、まさにその人。
「あ、アイル! シティ! 良いところに来てくれたよー! こっちおいで!」
僕たちの姿を視界に捉えた師匠が、こっちに向かって手招きをする。
一気に集まる周囲の視線。僕たちと師匠たちとの間を繋ぐようにしてできる道。
「行きましょう、アイル」
躊躇うことなく歩き出したシティさんの後を追うようにして、僕は足を踏み出す。
そしてすぐに師匠たちの立つ場所までたどり着くが……僕は顔を上げられなかった。
ガルバーダさんの顔に目を向けることができない。その顔を目にすると、凱旋道で惨めを晒した自分の姿を思い出してしまいそうで。
「……そうか、お前が」
──と。それは僕に聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで放たれた声。
誰の? きっと、ガルバーダさんの。
誰に向けての? きっと、僕に向けての。
恐る恐る顔を上げる。しかし、彼はすでにこちらに背を向けて歩き出していた。
「ベルシェリア、次に来た時までに仕事を済ませていないようなら、覚悟しておけ」
その背中は静かにギルドの奥へと消えていく。
「あー、もうイヤになっちゃう。ほんっと面白くないヤツでしょ? アイツ」
ガルバーダさんの背中が見えなくなった途端、師匠は口を尖らせて愚痴を零し始めた。
僕とシティさんは微妙な顔をしながら、それを聞き流す。
「で、今日はどうしたの?」
そして愚痴が止まると同時に、師匠の口からそんな疑問が放たれた。
僕はシティさんと一瞬だけ視線を交わし合った後、口を開く。
「その、木の葉斬りの進捗状況を報告しようと思って」
「おー! うんうん、どこまでいった?」
「その……今日、二〇枚に届きました」
「二〇枚! すごいじゃん!」
師匠は顔を綻ばせて僕の頭を撫でまわしてくる。
「あ、その、でもこれはシティさんの助言があったから出せた結果で、えと、僕一人だったらこんなに順調には進めていなかったと思います」
「へえー、シティからも認めてもらえたんだ」
ちらりと横目でシティさんを見ながら言う師匠。
「わたしはただ、これまでの自分の言動を反省した上でアイルと接しているだけです」
「素直じゃないからなー、シティは!」
ツンとした様子のシティさんをおちょくるように言って、師匠は笑った。
そんな二人の間に流れている空気を見て、僕はホッと息を吐く。二人ともあれから仲直りできたみたいでよかった、と。
「よしっ、じゃあ ──《
そして僕の方に向き直った師匠は、そんなことを口にしたのだった。
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