第18話 レイア海賊団
レイアを先頭にネレウス一行は洞窟の中に案内されていた。幅二メートルほどの通路をしばらく進むと、目を疑う光景が飛び込んできた。
「す、凄いな」
サラも驚きのあまり思わず言葉を漏らす――そこには百人の人間が入ってもまだまだ余裕がありそうなほどの空間が広がっていた。そして幾つものテーブルと椅子……奥は調理場だろうか。何やら調理員らしき人物が慌ただしく動いていた。
一番一同が目を引いたのは、まだ乳飲み子と呼べるくらい小さな子に母親が乳をあげていたり、シーナよりまだ幼い子供の集団が何やらボールで遊んでいたり……そして老人がテーブルを挟んでボードゲームに熱中していたりと、およそ〝戦闘集団の拠点〟とは言い難い光景が目の前に広がっていたのだ。
言うなればそれはまさしく〝暮らし〟と呼べるものだろう。誰もが活気に満ち溢れていて笑顔がある――どこにでもある平和な村のようだった。
「良し。左奥の通路からシャワー室に行ける。一度に十人ずつは入れるから手際よく垢を落としてきな? こらっ! 客人だよ。遊ぶならおとなしく遊びな」
レイアは駆けずり回る子供をまるで母親のように叱り飛ばしながら案内をした。そのあまりにも平和な光景に一瞬ここがどこであるのかサラは忘れてしまいそうだったが、傍らにいたアイーダが耳元で囁いてきたところで我に返った。
「海賊ですよ? 信用出来るのでしょうか……私はすぐにここを発った方が懸命だと思います」
アイーダは眉間に皺を寄せ嫌悪感を露にしていた。気持ちはわかる……今まで散々敵対関係にあった集団なのだ。殺された仲間もいる。笑う気にはなれないだろう。
「どのみち補給が受けられなければ先行きもおぼつかん。ここでの主導権は向こうにある。様子を見るしかあるまい。万が一の時は……〝アレ〟は持ってきてあるんだろ?」
サラは悟られぬように視線だけは前から逸らさず小声で言った〝アレ〟とは、万が一の時に使用する銃器のことである。サラも胸のホルスターに三十八口径、短銃身の拳銃を忍ばせていた。
「はい。士官には全員持たせてあります……」
その時レイアが僅かに振り返り薄く笑ったように見えた。サラとアイーダは心臓を鷲掴みにされたような気持ちになる。
「さ、あんた達も先ずは風呂、風呂! 話は後だよ」
全員が入浴を済ませる。久しぶりに体を洗いさっぱり出来たことで皆が心無しか穏やかな表情に見えた。やはり風呂は〝命の洗濯〟……この度初めて潜水艦勤務をした者は、その有り難みが身に染みてわかったことだろう。
下士官達は先ほどの広い食堂に待機させ、士官らは別室の部屋に案内された。レイアの私室だろうか? 奥にはベッドがありクローゼットや鏡台、その上には女性が使うような小物が色々と置かれている。手前には鮮やかな色彩で編み込まれたカーペットが敷かれており、全員そこに座るよう促された。
「……まずはあんたらが一番引っかかっていることから話そうか」
キャンドルの灯りが妖しく揺れている……奥のベッドに腰かけレイアは話し出した。隣では副官のブルズが両手を後ろ手に〝休め〟の姿勢でじっとしている。
「最初に言ったけど……私達は海賊だよ。あんた達が忌み嫌うね。だけど、ジェシカならわかると思うんだけど、私ら〝砂の民〟は本当に貧しくてね。故郷の水は枯れ……砂に埋もれて、住む場所すら無いのが現状なんだ」
ジェシカが下唇を噛んで俯いていた。
「ジェシカのように移民として北に移ろうとは思わなかったのですか?」
当然の疑問をアメリアが投げかけた。
「みんながみんな移民になれるってわけじゃない。コネ、特技、貧しいながらも金か運のあるやつ……移民の資格が得られるのはそんな奴ばかりだ」
「確かに私達も、体力や銃器に関しての知識が買われて入隊しました。だけど残された家族は……」
ジェシカは苦しげに言い言葉に詰まった。
「晴れて移民として認められたからと言ってそれで安泰じゃない……北の連中からの差別の中で辛くても舌出して笑ってなきゃならない生活が始まる」
サラも、アイーダも……そうした差別の現場の一度や二度は遭遇したことがある。今これだけ人員不足が騒がれていなかったら、おそらくジェシカも士官への道などあり得なかっただろう。
「つまり、行くも地獄――残るも地獄ってやつさ。そうしたあぶれた連中……行き場をなくした連中が生きてくには、お天道様に唾吐くような仕事でもするしかないんだよ」
「綺麗事ぬかすな! そんなお前達の詭弁で何人の人間が死んだと――」
アイーダが立ち上がり怒りをぶつける。モニカは彼女の左腕を引っ張り制止した。だが、そんなアイーダの姿を見てもレイアは冷静だった。
「じゃあ、あんたらは本当の〝貧困〟を知ってるのかい? 恵まれて生きてきたあんたらに本当の意味での貧困がわかるのかい」
そのレイアの言葉でジェシカは瞼をぎゅっと閉じた……彼女はその意味を知っている。
「食べるものも無い、寝るとこも無い連中が最後どうなるのか……あんたらは知ってるのかい?」
「レイアさん、それ以上は……」
ジェシカは涙目だった。だがレイアは話を止めようとはしない。
「人買い」
レイアは悲しい表情をするわけでもなく、淡々と言った。
「男は過酷な労働力として、女は性の捌け口となるために売られていくんだ。たった一日一個のパンのためにね……そして、死ぬまで奴隷として酷使される」
「そ、そんな国際法違反なことっ」
「あるんだよ!」
反論しようとしたアイーダをレイアが捩じ伏せる。
「あるんだよ……水面下で、裏社会で……需要と供給が成立するなら、それはもうビジネスになっちまうんだ。そんな綺麗事を言うあんたらの国にだって、売られて行った同胞がいるんだからね」
「……う、嘘だ」
アイーダは真っ青な顔で力無くうずくまった。ジェシカはもう顔を上げられないでいる。
「だから……そんな連中を一人でもって面倒見てたら、こんな大所帯になっちまったんだよ」
冷静に見えたレイアの表情……だが次第にサラは、彼女のその瞳の奥底に潜む悲しみや苦悩が透けて見えてくるように感じていた。
「自分達が生き残るためだったら、罪の無い人々を殺しても仕方がないと?」
――敢えて問う。
「あんた達軍人に言われたかないね。あんたらだって〝大義〟とやらのために平気で人を殺すじゃないか」
レイアのその言葉にサラも返す言葉が無かった。
「殺やらなきゃこっちが殺られる……その辺は同じってことね」
「――同じじゃないっ」
モニカは感情を込めずに言った。自分の息子だって――だがアイーダは絞り出すようにその言葉を否定する。
「私らだって海賊の矜持はある。無益な殺生はしない。金品を頂くのはこんな時代に私腹を肥やしている〝ブタ野郎〟だけさ」
サラは考える……自分が今まで海軍で教わってきた正義。それが本当に全てだったのかと。大きな流れに身を委ねて、考えることを止め盲目になった結果が今の自分ではなかったのか……
海賊、即ち悪と全てを否定するのは簡単だ。だが、ここには全く自分達の責任ではないところで不条理な目に遇い、それでも足掻きなんとかしようとしている人達がいる。それから目を背けてはならない……しっかりしろ。自分の目で見るんだ――
「何故私達を襲わないんだ? 憎い軍隊との約束など反故にして、私らを人買いに……ネレウスを売りに出せばかなりの収入になるだろう?」
最もな話だった。レイアがレイテア海軍に義理立てするようなことはひとつもない。今これだけの女性と潜水艦を手に入れることが出来たなら、仲間達の生活もかなり潤うはずだからだ。
レイアは先ほどの表情から少し柔和な面持ちとなる――そして質問に答えた。
「あんたらの大将が馬鹿だからだよ」
サラを指差す――
「軍隊ってとこは狡猾で油断ならなくて……私だって最後の最後まで信用してなかったんだ。だがセルギアナの連中だけにこのメディウムの海をいつまでも好き勝手にさせてられない。私らが望むものは〝バランス〟なんだからね……そのバランスを取り戻す戦いに懸けても良い相手なのか、本当に悩んだんだよ」
レイアは頭を掻きながら苦笑いしている。
「普通こんな敵地のど真ん中で、あやふやな情報だけを頼りにのこのこやってくる? 先に部下を乗り込ませて安全を確認してから偉いさんが来るもんでしょ。
それをまぁ、堂々と艦橋で仁王立ちになって『サラ・モーガン中佐だ!』って――よっぽど肝が座ってんのか馬鹿なのかって思ったわよ。殺されるかもって思わなかったの?」
サラは目をまんまると見開いた。冷静になってここまでの自分の行動を振り返る――
「確かにそうだな……考えもしなかった。いや、部下を先に行かせるつもりも毛頭無かったのだが……協力を得るためには、信頼を得るためにはあぁするのが礼儀だと思ったからだ」
全員言葉を失った。しばし室内に静寂が訪れる。そして、一番初めにそれを破ったのは吹き出したブルズだった。
「――ハーッハッハッハッハ! ハッハッハッハッ! お前らの大将面白い」
次にモニカ――
「でっしょー? ちょっとうちの大将変わってんのよー」
緊迫した空気が一転して和やかなものとなる。笑っていないのは、サラとアイーダの二人だけだった。
「ククク……なんとまぁ、私ら相手に〝礼儀〟ときたか。いやはや本当に変わってるというかおめでたいというか」
レイアは目尻に涙を浮かべて笑っている。本当に可笑しかったようだ。
「だけど、そんな艦長だからみんな付いて行くと決めたんです。レイアさん」
ジェシカが曇りのない笑顔で言った。それを見てレイアは頷いて見せる。
「あぁ、私も幾千幾万の修羅場を潜り抜けてきた身だ。人を見る目はある……あんたがそんな顔が出来るってことは信用に足る人物ってことなんだろうね」
「もちろんです!」
レイアの言葉にジェシカは胸を叩いて見せた。
「そして、同じ大将として……部下にこれだけ信頼されるってことがどういうことなのか私にもわかる。だから信じてみようと思ったのさ? 馬鹿な大将さん♪」
「? ? ?」
馬鹿と言われて気分の良いものではないのだろうが、ひとまず本当の意味で馬鹿にされているわけではないということと、悪い連中ではないということもなんとなくわかった。サラも内心ホッと息をつく。後は――
「銀髪のガタイの良い姉さんはどうなんだい?」
考えていた矢先、レイアはその当人に聞いた。アイーダは仏頂面を崩さずそっぽを向いたまま固まってしまっている。
「どうだろう副長。彼女らは我々が追っていた〝暴虐の限りを尽くす海賊〟とは少し違うようだが……」
この場の空気と、艦長であるサラにここまで言われてしまってはアイーダも折れるしかなかった。どんなに譲ったところで海賊行為は許せない……だが先ほど食堂で見た子供達や非戦闘員がレイアに向けた笑顔――それは信じてみたいと思った。
「艦長が良いと仰られるなら従う。だが少しでも怪しい真似をしてみろ。ただじゃおかないからな?」
その子供のようなふて腐れ方にモニカは苦笑いする。
「ね? めんどくさいやつでしょ?」
「な――なんだとっ?」
再び場が笑いに包まれた。レイアは穏やかな表情でひとつ息をつきベッドから立ち上がる。鏡台の引き出しから何やら書類を取り出し、それをサラに手渡した。
「それはお互い様だ。じゃあ理解が深まったってことで……ビジネスの話をするよ。搬入リストだ。目を通しておくれ」
「入れ」
ノックをすると同時に中から声が聞こえてきた。ユングは静かに司令室のドアを開け足音も立てずに素早く中に入った――そして敬礼する。
「ハール・ユング中佐であります」
室内の奥――豪華なアンティーク調のデスクに腰かけた痩せぎすの男は、立て肘をついたまま眼鏡の奥から品の無い目でユングを値踏みするように見つめていた。
「ん……〝ネズミ〟が一匹入り込んだようだな?」
ユングは溜め息をつきたい気持ちを必死で堪えて男の質問に答える。臆病で人を統べる〝才〟も無いのに、要領だけで出世したこの男の下に付いてもうどれくらいになるだろうか……たまたまこの海で〝面白い物〟が作られているからやってきただけだと言うのに。
少なくとも〝アレ〟はこの国の命運をかけた兵器のはずだ。それを……それこそこんな〝ネズミ〟のような奴が開発の総責任者だと言うのだから笑える。
「は……先の戦闘で駆逐艦〝ソリン〟一隻。ブライン艦長以下、乗員約四十名が死亡。残り六十名が負傷しております」
ユングはメディウム方面軍〝グリトニル基地〟司令、〝ドルンブ大佐〟の顔を直視することなく答えた。
「まぁ駆逐艦の一隻くらいは惜しくもない。それより気に食わんのは〝ネズミ〟の方だ。たまたままぐれ当たりの魚雷に当たったとは言え、たった一隻の潜航艇だか潜水艦にうちの船団が手玉に取られたとあっては私の面目丸潰れだ」
死んだ部下への手向けの言葉よりも、自分の面子か……
「情報が錯綜しておりますが遠距離にもう一隻いたのではないか――という報告も入っております」
「どちらでも良い」
ドルンブは苛ついているようでユングの報告を鬱陶しそうにあしらった。
「は……」
「肝心なのは〝バベル〟だ。完成六十%までこぎつけたのは良いが、それから一向に作業が進まん。何やら原子炉の冷却系に問題があるようでな」
バベル……ユングの興味もまさにそこにあった。禁忌とされていた〝核〟の力へ一歩踏み出したセルギアナ。永遠に潜り続けていられる潜水艦などと、サブマリナーにとって興味が湧かないわけがない。
国を捨ててまで、裏切り者の謗りを受けてまでここに来たのだ……自分としても完成してもらわなければ困る。
「なんとしてでも見つけ出して始末しろ」
ドルンブは上目遣いでユングを睨み付けながら言った。
「わざわざこのメディウム深くに危険を承知で入り込んでいるのだ。おそらくネズミが嗅ぎ回っているのもバベルで間違いないだろう」
その点についてはユングも同感だった。この男にしては珍しく頭が回っているようだったが、それだけバベルにご執心だということか……だがサラのことまで教えてやる義理はない。
「まだ実用段階にも入っていないというのにこの事が世界に知れ渡ってみろ……計画の頓挫だけでは済まん騒ぎになる。当然私とお前の立場も危ういものとなるんだ。アザル中将もいたく気にしておられる」
結局は〝保身〟か……小者め――ユングは心の中でネズミを笑った。
「新型への転換作業はどうか?」
ほんの僅かな時間この男を揶揄することに心を奪われていたユングは、その質問に我に返る。
「は、順調でございます。艦内設備の配置がキャラルを継承したものがほとんどなので……間も無く完了致します」
「うむ。バベルが完成すれば、いずれはお前の艦にも原子炉を積む予定なのだ。そのためにも何はさておき〝バベル〟だ……完成のための障害は排除しろ。以上だ」
身震いがした。世界最強の潜水艦隊――それを自分が指揮するのだ。不安要素は山積みだったが、この一点についてのみユングはドルンブと考えを共にしている。
「は! 全力を挙げて。失礼します」
ユングは居住まいを正し形だけの敬礼をした。そして部屋を出る。重厚な扉を閉めた瞬間ユングはほくそ笑んだ。
「〝あれ〟は私の獲物だ。誰が教えるものか。なぁ? サラ――いや、オルカよ」
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