幕間34 レジス視点
エルを追いかける事を諦めた私はふらふらと宿屋に向かって歩き始める。
「旦那様!」
こちらに向かって走ってくるのは私の護衛筆頭ジスランだった。ずぶ濡れになった私に傘を差してくれる彼は「エル様は見つかりましたか?」と尋ねてくる。
「ああ、見つかった…」
私の答えにジスランは嬉しそうに目を輝かせた。
エルが戻って来てくれると期待しているからこその笑顔なのだろう。
その期待を裏切るように「逃げられたよ」と続ける。
「なっ、どういう事ですか…。今すぐ探して連れ戻しましょう!」
「余計な事をするな!」
私を見たエルは怯えていた。本気で私を拒絶していた。
魅了のせいできつく当たっていた時でも見た事がない苦痛に満ちた表情を浮かべていたのだ。
そしてエルは私から逃れる為に知らない男に縋った。
苦しそうにする娘を追いかけられるわけがなかったのだ。
「宿屋に戻るぞ」
予約していた宿屋の部屋に入ると一人で溜め息を吐いた。
外は雨が降り続けている。私もずぶ濡れになったがエルも濡れたはずだ。
「風邪を引かなければ良いが…」
もしも風邪を引いたら看病してくれる人は居ないだろう。いつもエルの側に居た侍女ジゼルは私が屋敷から追い出し、行方知れずのまま。彼女の事も探しているが今も見つかっていない。
お互いを大切に思い合っていたエルとジゼルを引き裂いたのは私だ。
ジゼルは魅了にかかっておらず追い出される日までエルを庇い続けた。私に盾を突いた事を追い出す事を決めた時の彼女の憎悪に満ちた表情は忘れない。
最後に言われた『私はいつまでもエル様の味方だ』という言葉も忘れる事はないだろう。
「どうしてジゼルは魅了にかからなかったのだろうか…」
ふと甦るのはエルがジゼルに初めて贈った魔法無効化のネックレスだった。
あれがあったからジゼルは魅了にかからなかったのだ。
もし彼女からあれを取り上げていたら魅了に飲み込まれ、恩人であるエルに牙を剥いていた。そして魅了が解けた時には自ら命を絶っていたはず。
「ジゼルが魅了にかからなくて良かったな」
彼女の存在があったからこほエルは心を壊さなかった。
感謝するべきなのだろう。同時に思ってしまうのは魔法無効化の品を自分が持っていればという事だ。
力を持たない侍女じゃなく公爵であった私が味方になってあげていたらエルは国を追われる事はなかった。
「くそ!」
苦しめるだけの存在であった頃の自分に苛立ち。怒りに任せて机を叩くとじんわりと痛みが走る。
エルが味わった痛みはこれと釣り合うものじゃない。
細い身に抱えている苦しみは私のそれよりもずっと重く辛いものだ。
「すまない、エル…」
私が迎えに来れば話を聞いてくれる。
戻って来てくれる。
許してくれる。
心のどこかでそう楽観視していたのだ。少し考えれば分かった事なのに。
「旦那様、失礼致します」
部屋に入って来たのはジスランだった。
力なく彼を見つめると悲しそうな表情を返される。
「何の用だ」
「ガブリエル様の事でご報告が」
「手短に頼む」
「ガブリエル様が黒髪を持つ大柄の男と同じ宿屋に入って行ったと報告が入りました」
黒髪を持つ大柄の男…。
もしかして私の前からエルを連れ拐った男か?
私に怯えたエルが縋った男なのか?
どうして同じ宿屋に入って行ったのだ。
「どうやらその男はアーバンに来てからエル様と行動を共にしていたようです」
嫌な予感が駆け巡る。
まさかエルとその男は交際しているのか?
彼女に限ってそれはないだろう。ないと思いたい。
「駄目だ、許さない」
私の知らない男と、素性も分からない男と交際する事は許せない。
そもそもエルは今もシリル殿下の婚約者だ。他の男と付き合う事は許されるはずがない。
自分の罪を見失った私は早くエルを連れ戻さなければという気持ちに掻き立てられた。
「雨が止み次第、エルが泊まっている宿屋に行く」
私の言葉にジスランは「畏まりました」と頭を下げた。
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