第10話

自室に帰ってからアネットさんへ事情説明を行なった。

パン屋で話してもらった話に加えて、酒場で教えてもらった事、放置出来ず問題を解決すると決めた事を話せばアネットさんは泣き出してしまった。


「どうしたの?」

「おとうさん…なんです」

「お父さん?」

「エルさんが会った酒場の人…。私のお父さんなんです」


ユルバンおじさまの連れ攫われた娘はアネットさんだった。

彼女が私の教育係になったのは偶然なのか、必然なのか分からないけど、出会う事ができて良かった。


「ユルバンおじさま、アネットさんの事をとても心配してましたよ」

「はい…」

「もう大丈夫ですから」


再び泣き始めてしまった彼女の背中を摩り続けた。

落ち着いた頃、アネットさんは覚悟を決めた顔をこちらに向けてくる。


「エルさんに助けて欲しい人がいるんです」

「助けてほしい人?」

「前の領主様です」


どういう事だろう。

確か前領主は病気で衰弱していると聞いたけど…。


「前領主様はこの屋敷で療養を行っているのですよね?」

「それは違います!」

「は?」

「前の領主様は病気じゃないんです。離れにある地下牢に閉じ込められているんです」


地下牢?どうして前領主がそんな場所に?

考えてみると一つの答えが浮かび上がった。

おそらくバティストが領主の座を乗っ取る為に前領主を閉じ込めたのだ。

そうなると村の人達が予想していた事は間違っていなかった事になる。

本当にあの害虫は碌な事をしませんわ。


「でも、どうしてアネットさんはその事を知っているのですか?」

「私、地下牢に食事を運ぶ当番をした事もあったので…。元々領主様の顔は知っていましたので凄く驚きました」


どうや前領主はよく村を見て回っていたそうだ。

彼の慕われっぷりを見るに領民達との関わりを大事にしていた人なのだろう。


「アネットさん。その場所まで案内してもらってもいいですか?」

「あそこにも見張りがいるんですけど、本当に良いんですか?」

「私の強さを見たでしょう?アネットさんの事も必ず守ります。それに助けてほしいと言ったのは貴女じゃないですか」


村の人達によれば前領主は人格者だったらしい。

今の寂れきった村を任せられる人は村の事をよく知っている彼しかいないと私は考える。

その為には話し合う必要がありそうだ。

私の気持ちが伝わったのかアネットは「ありがとうございます、案内します」と頷いてくれた。

静まった屋敷を出て、離れに向かうと寂れた小屋がひっそりと佇んでいた。夜中である為、気味の悪さも感じる。


「アネットさん、私のそばを離れないでください」

「わ、分かりました」


小屋の中に入ると地下へ続く階段のみが存在していた。

ゆっくりと音を立てず降りて行く。小屋に比べると地下空間はかなり広く牢の前には見張り番が五人いた。


「この人数なら余裕ね」

「エルさん?」


バティスト達を眠らせた魔法を使って見張り番達も眠らせていく。バタバタと倒れる音に反応したのは牢の中にいる人達だった。


「凄い…」

「さぁ、行きましょう」


驚くアネットさんの手を引いて牢の前まで行くと中には薄汚れた格好をした初老の男女が二人いた。

おそらくバティストのご両親、前領主と夫人でしょう。

他の牢にも人がいるみたいだけど、今はこの人達と話すのが先だ。


「君は?」

「エルと申します」

「彼らを眠らせたのは君かい?」

「はい。皆さんを助けに来ました」


私が目的を言えば初老の男女は驚いた顔をした。

事情説明をしたいところだけど、ここでするよりも屋敷の方が落ち着いて話せるだろう。


「とりあえず屋敷に戻りませんか?」

「いや、しかし…」

「ここだと落ち着いて話が出来ません。事情を説明したいのです」


そう言ってみるが渋られてしまう。

おそらく私が信用出来る人間か分からないのだろう。

どうすれば良いのかと思っていたら後ろにいたアネットさんが前に出てくる。


「旦那様!エルさんはバティスト様を倒してくれたのです。信用しても大丈夫です」

「君がバティストを倒した?」

「はい。それも含めてお話をしたいのですが構いませんか?」


そこでようやく男性は「分かった」と頷いてくれた。

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