ヤンキーっぽい、山下くん。
「ママ、見てみて!あの人、何もないところから現れたよ!」
葉山商店に突然移動したように、景色が一変。がらんとした商店街の一角に私とオックスは立っていた。シャッターが下りた店が並ぶ中、母親に手を引かれた男の子が私を指さしていた。
「まーくん。そんなこともあるわよ。気にしないでいきましょう」
そんなことわけないだろう!
母親の言葉にツッコミをいれたくなったが、多分子どもの言葉を聞き流しているだけだと思って口を噤む。すると男の子は興味を失ったみたいで、母親と一緒に何もなかったように歩いて行った。
「面白くない反応だな」
「面白くなくてよかったでしょう?騒がれたら面倒だし。っていうか、ここはどこ?」
「花谷街だろ。懐かしいな」
オックスは目を細めて周りを見渡す。
「懐かしい?あんたってキーホルダーの化身でしょう?」
「12年前もきたからな」
「12年前?」
「俺は12年に一度神社から人手に渡って人化する。お前の前に現れたようにな。前回の相手は子どもだったな。あれから12年、今頃はお前と同じくらいのはずだ」
「ふーん。そうなんだ」
彼は懐かしそうに語ったが私はあまり興味がなかった。
とりあえずプリンを購入して、彼を早くキーホルダーの姿に戻したい。
だって、なんか面倒くさいもん、このオックス。
「早くキーホルダーの姿に戻れ、と思っているだろう?本当、今回の奴は可愛げがないな。前回はかなり感謝されたのにな」
感謝?
どういう状況で感謝にいたるの?
願いを叶えるって言ったって、自力じゃないの?
まあ、いい。とりあえずショッピングセンターを早く探して、プリンを買おう。
そう思って周りを見渡すが、さっぱりわからなかった。
この街に引っ越してきたのは、10年前。
両親がマイホームを建てたのだ。
短大はこの街から遠く一人暮らし、仕事も海外だったため、この地区に住んでいたのは実質6年くらいだ。
古い商店が連なる花谷商店街を訪ねたのは数回程度、街にくると大概ショッピングセンターやその周辺をうろつくことが多かった。
なので全く地理がわからなかった。
「うーん、どこなんだろう」
「花谷街だろう?」
思わずそんなつぶやきを漏らしたら、速攻で返事が返ってきた。
それは知ってる。
だけど、私が来たかったのは商店街じゃなくて、花谷街のショッピングセンターだ。
言い返そうと思ったが、不毛な気がしてカバンからスマホを取り出す。
「こういう時は、スマホよね。現在位置を確認してみようかな」
「スマホ?なんだそれは」
スマホを手に取ると、オックスは珍しそうに見ている。
12年前、そういえばスマホじゃなかったっけ。
12年前といえば、12歳の頃。小学六年生。携帯時代だもんね。
「これは電話だよな。本当、すごいなあ。12年前も電話が小さくなって凄いと思ったが、今はこんなものか。画面が大きい」
オックスは子どもみたいにスマホの画面を見入っていた。
ちょっと、可愛いかも。
いや、それはないから。
自分でツッコミをいれていると、ふと彼が視線を上げた。
そしてにやっと笑う。
「俺のことがかっこいいとか思っただろう?」
「思うわけないでしょう。馬鹿!」
「ふうん。で、これはどうやって使うんだ?」
「画面を指で操作して現在位置を確認するの」
「現在位置?指?」
マップのアプリを開いて、見せるが彼はいまいちわかっていないみたいだ。
「花谷街の外れなのね。ショッピングセンターは右に歩いていけばあるみたいね」
ある程度の方向性を得て、スマホを鞄に入れると急に声がした。
「え?オックスじゃん!」
声の主は茶髪の軽そうな男。勢いよく駆けてくる。
「うわ!まじでオックス。うああ、嬉しい!」
興奮してやってきたのは、高校の同級生の山下くんだった。
山下くんは地元育ちの子で、ちょっと軽い感じの人だった。高校卒業してから6年たっているんだけど、彼はやっぱり明るい茶色の髪にピアスをつけて、軽い感じは変わっていない。黒いマスクをつけてヤンキーみたいになってる。
「……誰だ?」
オックスはわからないみたいで、彼に聞き返していた。
「ひどいな。俺だよ。俺、カノタ!12年前に願いを叶えてるのを手伝ってくれただろう!」
「カナタか?なんで髪色が茶色なんだ?しかも耳についているのは耳飾りか?」
「あ、かっこいいだろう」
「かっこいい?そういうのがかっこいいのか?」
「そうだぜ」
戸惑うオックスに山下君は胸を張って答えている。
違う、それはカッコイイとは違う。
私は自分の突っ込みを飲み込みながら、あることに気が付く。
山下くんにはオックスが見えているの?しかも名前まで知っている?
もしかして、12年前の子どもって、山下君?
私の考えは当たったようで、二人は12年前の思い出話に花を咲かせていた。
うーん。
おいていかれている?
まあ、いいけど。
とりあえず、ここにオックスを置いて、私はショッピングセンターに行こうかな。
「待て、どこに行くんだ?」
「あれ?井田野じゃん!明けましておめでとう!」
けれども私の動きは二人に察知されていた。
「えっと、あけましておめでとう。山下くん。ほら、二人で盛り上がっているみたいだし、私は私の目的を達成しようとしていたのよ」
「俺を置いていくのか?」
「え?目的?そうか、今は井田野の願いを叶えるためにいるんだな」
二人はバラバラのことを口にする。
「おいていってもいいでしょう?私がプリン買ったらそれで終わりなんだか」
「プリン?えっと、もしかして井田野の願いはプリンなのか?なんでそんなちっちゃな。別に願いじゃなくても」
「そうだろう?だけど、この女の願いはプリンとかいうものなんだ」
「小さなあ」
「煩いわね。だって、他の願いが思いつかなかったんだもん。努力しなくて叶うような願いなんてなかなかないでしょう」
「確かにな。努力することに意義があるんだろう?あの時、オレ、店番とかたのしかったな。葉山のオジサン元気かな」
「葉山?どういうこと?」
「井田野、今暇?暇だよな。プリン買うくらいだもん。オックスとも話がしたいから、お茶でも飲もうぜ」
なんだか強引にそう言われお茶を飲むことになった。
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