プリンなんて願いはやめたほうがいい
ありま氷炎
オックス
「これ、お土産よ。ご利益あるはずよ!」
二〇二一年、一月一日。
初日の出を確認して、とはいっても建物の合間から朝日を見る程度だったんだけど、一応初日の出!
それを見てから、ちょっと満足したので眠った。
そうして再び目を覚ましたら、すでにお昼前だった。
布団を畳んでぼんやりとしていると神社から帰ってきた母から、牛のキーホルダーを渡される。
就職を機に私は「大人」扱い。
ここ2年ほどお年玉を貰っていない。
キーホルダーよりもお年玉が欲しい。
「おみくじを引いたら、なんでも私が百人目だったみたいで、巫女さんからキーホルダーを貰ったのよ。新年から縁起がいいでしょ?」
「……いらない」
「だーめ!これは神社にお参りにいかなかったあんたが貰ったほうがいいの。いらないなら、神社に行って奉納してきて。 もう1か月くらい家から出ていないじゃないの?気晴らしに出たら?大丈夫、あんたが海外から帰ってきてことなんて、誰も気にしてないから」
母はケラケラと笑うけど、絶対に違う。
新型コロナの影響で全世界で旅行がストップ。
私は旅行代理店の海外支店で働いていたのだけど、支店を閉めることになって、1か月前に日本へ戻ってきた。
帰国後も、陰性であれば14日間自宅待機でいいなんて、なんて生ぬるいとか思ったけど、まあ、お金かからないからといそいそと実家に戻ってきた。
もちろん、空港に迎えに来たのは父だ。公共機関をこっそり使っている人もいて、びっくりしたけど、罰則がないからしかたないのかなあ。
そういう緩い感じで戻ってきたんだけど、世間の目は冷たい。
14日過ぎて、ちょっと外に出ようかと思ったら、物凄い目で見られた。
黴菌みたいに。なので、めんどくさくなって家に籠ってしまった。
「お昼はうどんにするわね。後で作るから。お腹すいたら適当に食べて」
そう言って母はいそいそと居間へ戻っていき、テレビを見始めた。
父は、居間の隣の和室――寝室なのだが布団もすっかり片付けていて、そこで襖をあけて釣り道具の点検を楽しそうにしている。
ぽつんと台所に一人で取り残され、冷たい床からひやりと寒さが伝わり、私は自室に寒さに震えながら戻った。
「……牛」
渡されたキーホルダーは、リアル感を追求したもので、どこにも可愛らしさが見当らない。一瞬ごみ箱に入れようかと思ったが、神社という単語が脳裏を過り、握りしめた。牛の人形は硬くて、少し重みがあった。
「木彫りかな?」
部屋に戻って机の上にそれを転がせてみる。
鈍い音がして、小さな牛の人形がひっくり返った。
「すごい。こんなところもちゃんと色を塗ってるんだ。よくできてるなあ」
お土産のキーホルダーなんて、大体が荒い作りのものが多い。
職業柄、お土産店にもよく行ったことがあったけど、どうも買うのを躊躇してしまう品質のものもあった。けれども、母が貰ってきたものは違った。
『どこ触っているんだ』
手に取って肌触りなどを確認していると急にそんな声が聞こえてきた。
当然部屋には私一人だ。
新年早々心霊現象かと周りを見渡していると、ぽんっと某アニメのカプセルが弾ける音がして、机の上にでっかいものが現れた。
いや、ものではないか。一応。
「まったく、恥ずかしいとは思わないのか?男のあれを触って」
「は?何言ってんの!」
あれ、とか何の話?
机の上にどかっと腰かけているのは、ガタイが大きくて、水干をまとった黒髪の男。
頭の上には角と茶色の耳が見える。
「女。俺はオックスだ。俺を起した理由を聞かせてもらおう」
☆
「わかった」
「誤解が解けたならいいわ」
つくりを確認しようとして触っていたら、どうやら大事なところを触っていたらしい。
あくまでも事故と説明して、オックスは納得した。
っていうか、水干着てて、牛の化身とかなのに、オックスという名もどうかと思うけど。
「エーゴで牛のこと、オックスっていうんだろう?だからオックス。ナウイだろう?」
「ナウイ……」
カッコイイって意味だっけ?確かお母さんが使っていたような。
「さて、目覚めたからには仕事をする。お前の願いを言え」
「願い?願いを叶えてくれるの?アラジンの魔法のランプの魔神みたいなものなのね」
「魔神?おれは魔物でもないし、神でもないぞ」
オックスが真顔でそう突っ込んできたので流すことにした。
要はこの牛の化身、正確にはキーホルダーの化身は私の願いを叶えてくれるのだ。
「どんな願いでもいいの?」
「現実的な願いだな」
「現実的?例えば?」
「そうだな。千円欲しいのであれば、アルバイトを探す手伝いをするとか」
「はあ?何それ?それって自分で稼ぐんであって、願いを叶えることじゃないじゃないの!」
「最終的には願いは叶うだろう。俺は、その補助をする」
使えない。
っていうか、意味ないわ。
「キーホルダーの姿に戻ってくれる?神社に返してくるから」
「無理だ。お前の願いを叶えるまでは元に戻れないのだ」
「嘘でしょう?」
願いを叶えるっていうか、自分で努力するってことじゃないの。
私って小さい時から努力って大嫌いだったのよね。
できることだけやる。やりたいことをやる。
英語も中国語も好きだから無理のないように勉強していて、就職先も適当に探していたら、見つかって。小さい時から努力なんてしたことがなかった。
今も貯金はあるし、実家にいるので、やる気が出るまで就職をしないようにしようと思っていたところだ。
努力しないで叶うような願い、なんかあったっけ?
「願いは決まったか?」
「決まらない。決まらないとずっと居座るつもり?」
「居座るとは失礼な。俺の姿はお前にしか見えないし、食事も便も必要としない。だからお前の願いが決まるまではふらふらさせてもらう」
「は?」
そう言うとオックスは腰かけていた机から降りて、歩き出す。
壁をすり抜けていき……
「どこに行くのよ!」
誰にも見えないとか、壁を通り抜けるとか、多分幽霊みたいなものだけど、心配になって追いかけた。
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