第7話 とある少年の半生

 自分の運命は自分で管理しなさい。でなければ、あなたは誰かに自分の運命を決められてしまう


                         稲盛和男(秋津島の実業家)



 世界大戦が終わって10年が経とうとしていたころ、合衆国のシアトルで帝国系移民の中に一人の少年が生まれた。帝国系と言っても移民したのは彼の祖父の時代であり、父は合衆国の陸軍軍人として従軍している。

 父は弁護士、母は実業家であり裕福な家庭だったが、少年は自分のことにお金を使おうとはしない変わった子供だった。ただ、偉大と呼ばれる人物、偉大と呼ばれる発明家などの伝記と共にSF小説なども読み漁る子供だった。


 少年がシアトルの私立の中高一貫の学校に通うことになった時、1人の女性と会った。女性はその学校に多額の寄付をしている人物で、この人物の寄付で学校はコンピューターの端末を導入した。

 それは少年を夢中にさせるものだった。端末に向かっていた時、後ろから声がかかる


「そんなに、その機械に興味があるかね?」


 後ろを向くと、美しい銀髪をたなびかせた女性がいた。


「はい。触っているととても面白いです。時間を忘れるぐらいです」


 少年は思ったまま答える。


「大変結構。もし君が良ければもっと触れる機会を与えよう。むろん料金は取らない。先行投資だと思ってくれたまえ」


 彫像のように美しい姿ながら、まるで軍人のようにしゃべる女性は、一枚の名刺を差し出した。そこには”コンピューター・センター・カンパニー 外部取締役 ターシャ・ティクレティウス”と書いてあった。


「この名刺を出せば、社内のコンピューターを扱えるようにしておこう」


「どうしてそこまでしてくれるんですか?」


 少年には不思議でたまらなかった。このコンピューターが好きという点を除けば、自分はどこにでもいる少年である。こんな謂わば特別待遇を受けるような覚えはない。


「先ほども言ったように、先行投資だよ」


 少年は結局警戒心よりも好奇心の方が勝り、女性の申し出を受け週末や放課後に会社に通い続けた。会社は2年後に倒産してしまうが、一度ついた少年のコンピューターに対する興味は薄れる事は無かった。


 少年が女性に2度目にあったのは丁度10年の経った時だった。少年は青年実業家となりミクロンソフトという会社を作っていた。

 女性は10年がたつというのに、月日を感じさせることはなく、当時の美貌を保ったままだった。


「調子はどうかね?」


 相変わらず透き通った声で、まるで軍人のように聞いてくる。


「好きなことをしてるので、自分は満足してますが・・・。まあ、お世辞にも順当とは言えませんがね」


 青年は周りを見渡す。会社とは名ばかりで、事務所はガレージの中にあるものだ。


「少し大きなことをやってみる気はないかね?」


「やっては見たいですが、資金のあてもありませんし、取引先のあてもありませんよ」


「ふむ、ではこれを」


 そう言って、女性が青年に差し出した小切手は、目玉の飛び出るような金額のものだった。


「これでそちらの株式の30%を売ってもらいたい」


「会社を買うのではなく、30%ですか?」


 青年は驚く。自分の今の会社の規模なら数えきれないほど買える金額である。


「経営に口を出す気はないのだよ。君の好きなようにするには、それぐらいの割合が良いだろう」


 破格中の破格と言ってもいい条件である。普通は怪しんで契約などしないだろうが、青年の直感は契約すべきと言っていた。青年は自分の直観に従い、契約書にサインをする。

 そして1週間もたたないうちにIBMという会社からコンピュータのOSを開発する仕事を受けることになる。

 

 その後、ミクロンソフトはWindowというソフトを皮切りに、次々とパーソナルコンピューターの基本となるべきソフトを作り出し、世界でも有数の企業になった。そしてコンピューター好きの少年だった男は世界一のお金持ちになることになる。


 世界一の金持ちになった時に男がとった行動は、このチャンスを与えてくれた謎の女性にお礼を言う事だった。だが、株式はいつの間にかザラマンダー信託投資組合の名義になっており、女性の行方も知る事が出来なかった。

 

 結局、ガレージで会ったのが最後になってしまった。あの時もし怪しんで断っていたら、今の自分はなかっただろう。


「しばしば、直観のみが頼みの綱となる」


 ミクロンソフト創業者、ヒル・ゲイツは成功の秘訣を尋ねられた時、そう答えたという。


 そしてこう言う事も言っている。


「金持ちだからと言って、それで得することはあまりない」


 一説によると、成功後、金に飽かせて女性の正体を突き止めようとした時に、何かひどい目にあったという噂である。

 その後、ヒル・ゲイツはある時を境に慈善事業に力を入れ、世界一の慈善事業団体を設立することになる。その本当の理由は誰にも語られることはなかった。


 ところで、ヒル・ゲイツが最初に交わした契約書の中に、こういう一文が有ったと言う噂が有る"ミクロンソフトの制作したソフト上で行われるすべての事は、○○が閲覧する権利を有す”

 これが本当なら、現在世界中で行われている、政治、経済、軍事、ありとあらゆることがその人物に知れることとなる。もっとも根も葉もないうわさであり、インターネットどころか、パソコン通信すらなかった時代に、パソコン同士が蜘蛛の巣のように繋がるなど、誰も予測できるはずがない。もし予測したものがいたとしたら、神か悪魔か、どちらにせよ人外に違いないだろう。


後書き


 いかがでしたでしょうか。面白いと思っていただけたら嬉しいです。

 また他にも、同じペンネームでオリジナルの小説を、カクヨム様と小説家になろう様、両方で書いていますので、是非読んでいただけたらと思います。

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