第6話:第2章②この悪魔、腹立つ

「それで、なんのようなの?」


 僕はアクセルを踏んだ。


「なんもないよ。あんたが呼んだだけでしょ?」


 僕はすぐに会話がスリップした。そういえば、僕が本を開けたら出てきたんだ。


 僕は車に酔った人がするように深呼吸して落ち着かせた。


「そうだった。僕が呼んだんだった。それで、君はどうしたいのですか?僕はどうしたらいいんですか?」


 僕は駐停車のごとく思考停止してただ聞いた。


「あたしはね、あんたの願いを叶えたいの。だから、願い事を言ってほしいの」


 彼女は対向車への感謝を伝えるライトの点滅のように目をパチパチさせた。


「君は神様でもないのにそんなことをするものなのか?」


「だって、あんた、あたしを本から出してくれたでしょ?」


「ああ。出してくれたお礼か」


「いや、服従させるための契約さ」


 お前は悪魔か。いや、悪魔だけどよ。


 僕はケーケッケッケとコウモリのように目を光らせて薄気味悪い笑いをしている彼女に言った。


「申し訳ないが、願い事はない」


「ケッ?……」


 薄気味悪い笑いを餅を喉に詰まらせたように止めた彼女は、首をグリューンと曲げて貞子のように睨んできた。


「ど、どうして?」


「服従させるための契約と聞いて、契約する奴なんかいないだろ?」


 僕はいたって普通のことを言ったつもりだ。


 彼女はグモーと目と口を大きく開けた。


「そんなそんなそんな、そ、そ、そ、そんなそんなそんな」


 彼女は開いた目と口から液体を作業用ポンプのごとく目いっぱい出しながら僕の首元を掴んできた。


「が、ご、げ」


「なんでなんでなんでよ?契約して契約して契約して!願いは願いは願いは?」


 グールングルンと魔女が巨大ツボの中をかき混ぜる棒のごとく僕の首を回す彼女に抵抗する術はなかった。


「で……」


「なんか喋ってよ。ねえ、喋って。喋ってったら!」


 いや、そんなに首を絞めて振り回されたら喋れないんですけど……





「ほんっとごめんなさい」


 頭を下げながら両手を頭の上に合わせる悪魔を初めて見た。人間でも見たことがないのに、悪魔で初めて見た。なんか、パンチラを見るようなお得な気分だ。


「べつにいいんだけど」


「じゃあ、契約は?」


「それはダメだ」


 食い気味に契約しようとする彼女を食い気味に断った。お前は悪徳業者か。全く反省の色を見せていない。


 その場に両手をついてヘタりこんだ彼女は嘘っぽかったが、本当に落ち込んでいる風だった。


「そういえば、君の名前を聞いていなかったが」


「あたし?メフィスよ」


 どこかのドイツ文学に出てくる悪魔みたいな名前だな。そういえば、その悪魔も主人公と悪魔の契約をしていたな。


「メフィス、どうして契約して欲しいんだ?人間の魂が欲しいのか?」


 彼女は涙が残った目を砂漠のように乾かした。


「なんでだろう?」


 テへへと砂漠の中のオアシスのような可愛い笑顔で答えてきやがった。


「なんでだろう?じゃねーだろ!そこ、大切なとこだろ!」


「そ、そんなこと言っても、わかんないものはわかんないもん」


「うっせー。だったら調べてこい。今すぐ本に戻って調べてこい。今すぐ本を閉じてやるから調べてこい」


「やめてやめてやめて。戻されても調べられないの。だからやめて!」


 僕の足に潰れたアンパンみたいな顔ですがりつくまで権威の落ちた悪魔様を見て、僕は何とも言えない気持ちになった。というか、ズボンに鼻水をつけないでくれ。


「……戻っても調べられないとはどういうことだ?悪魔の世界に繋がっているんじゃないのか」


「ぐすっ、ぐずっ、繋がっているわけないじゃない。あたし、封印されていたのよ。その中は1人で住む世界しかないのよ」


 なるほど、僕は勘違いをしていた。彼女は牢獄のような寂しいところで1人悲しくくらしていたのか……


「だからあたし、だだっ広いお家でだらだらとしながらいろいろな世界を超能力で覗き見して楽しんだり、たまに超能力で友達を招いて美味しい食事を楽しんだり、超能力で外の世界に行ってショッピングで服を買ったりして楽しんだり、他には……」


 ――僕は本を閉じた


 ――静かになった。

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