第35話「殺さないと……殺さないと、僕が殺されちゃうんだ!」
蛸のお面を被った制服警官が、モニター越しに部屋の中を見回す。
『確固たる証拠も提出され、これ以上の反論も特にないようですので議論はここで終了となります。足達教官に逮捕状を請求、直ちに容疑者確保へと向かいます!』
足達は腹を括っているようで、静かに頷くだけであった。
『それから……』
蛸のお面は、扉の前で丸まっている間石に視線を向けた。
『悪戯に場の混乱を招いた反乱分子も同様に【偽証罪】で確保致しますので、皆様ご安心下さい』
──ビクンッと間石の背中が動いた。
「えっ、あ……ううっ!」
スピーカーから聞こえてきた死の宣告に、間石は酷く怯えてしまったようだ。
清澄はふむと唸ると、足達に近寄って頭を下げた。
「足達教官。僕達のことを気遣って犠牲になってくれたんですね……。ありがとう御座います……」
「いや、構わぬさ……」
刑の執行を待つばかりの足達は相変わらず妙に落ち着いていた。
「一警察官として、市民を守ることは当然だからな。君たちのために、犠牲になれることは私にとっては幸せだよ」
フフッと笑った足達は、部屋の隅で横たわるマコに視線を向けた。
「足達さん……あの、私……」
綾咲が謝罪の言葉を述べようとすると、足達はスッと手を出してそれを制した。
「いや、構いやしないさ。城田君のこと、宜しく頼むよ」
足達が犠牲に志願したのは、本当にみんなのことを思ってのことなのだろう。足達の優しさに、綾咲の目から涙が流れた。
「足達教官……」
ふと清澄は手を出す。
「犠牲ついでに、証拠品も譲って貰えませんかね。この先にも役立てていきたいんです」
「そうだな……」
清澄の言葉に、足達は頷いたものである。
「何に使えるか分からないが、みんなで分けて役立ててくれると有り難い……」
そう言って、足達は証拠品を床の上に置いた。
──ニタァッ!
突然清澄が動き出したかと思ったら、床に置かれた証拠品──【血のついたナイフ】を奪い取る。
「あ。お、おいっ! なにをするつもりだ!?」
これにはさすがの足達も驚き声を上げたものである。
取り戻そうと立ち上がるが、清澄がナイフを袋から出してブンブンと振り始めたので迂闊に近付くことはできなかった。
「やめないか! どういうつもりだ!? 議論は終わっただろう!」
足達が叫んだが清澄は聞く耳を持たず、ナイフを振るって他人を寄せ付けようとはしなかった。
そんな清澄の激しい憎悪は──綾咲へと向けられる。
「さぁ、残るは三人……今の内に残ったお前らを殺して、生き残るのはこの僕だぁあああ!」
奇声を発しながら清澄はナイフの刃をしっかりと綾咲へと向けた。
「危ないっ!」
足達と清澄が叫んだが、綾咲は立ち竦んでその場から動けなくなってしまっていた。
──ブスッ!
清澄が綾咲に体当たりをする。
二人の体がぶつかり──清澄が離れる。
──ポタッ。
──ポタポタッ!
清澄が離れると、綾咲の腹部にナイフが突き立てられているのが見えた。刃は皮膚を貫き──患部から血が流れていた。
「うぅ……っ!」
苦悶の表情を浮かべた綾咲は、その場にパタリと倒れてしまう。
清澄は後退り、血に染まったその手を震わせた。
「殺さないと……殺さないと、僕が殺されちゃうんだ! ……だ、だから……もう一人やらなきゃいけないのに……!」
清澄は意識を失っているマコを睨み付けた。
本当は綾咲を刺したナイフで、マコも刺殺したかったのだろう。なんせマコは無防備な状態だ。ヤるならば今しかない──。
ところが、初めて人を刺した清澄は震え、思わずナイフから手を離してしまったのであった。
だが──清澄は両手を伸ばしながらゆっくりとマコへと近づいて行った。その両手で、マコを絞め殺すつもりらしい。
「やめないかっ!」
足達は叫び、清澄の襟首を掴んだ。
──綺麗な一本背負い。
清間の体は浮かび上がったものである。
そのまま床に叩き付けられ、寝技で押さえ込まれた。
「は、離せぇえ! い、今しかないんだぁああ! 今しかぁああ!」
ジタバタと暴れる清澄だが、さすが柔道有段者の足達は動きを封じ込めて逃さない。
「どけぇええぇえっ!」
清澄が咆哮を上げたのとほぼ同時に、扉が開いた──。
警察官が四名、部屋の中へと飛び込んで来た。
彼らは先ず清澄の元に駆け寄ると、手にした警棒を大きく振り上げた。そして、暴れる清澄の頭をポカリと殴って意識を失わせる。
「ふぅ……」
清澄が大人しくなると、足達は息を吐きながら立ち上がったものだ。
警官たちにガチャリと両腕に手錠を嵌められながら後ろを振り返る。
「彼女を早く手当てしてやってくれ……」
血を流して倒れる綾咲に心配そうに視線を向ける。
「やめろぉおお! やめろぉおお!」
──同時に、間石は数人がかりで取り押さえられていた。
暴れる間石は上から押さえつけられ、後ろ手に手錠を嵌められてしまった。
「離してくれ! 助けてぇええ!」
泣き叫ぶ間石はズルズルと引き摺られながら、部屋から乱暴に連れ出されていった。
──その後に、タンカーを担いだ白服の救急隊員たちが部屋の中へと飛び込んで来て大変な騒ぎになっていた。
「大丈夫だ。まだ息があるぞ! 急げ!」
「よし、タンカーで運ぼう」
救急隊員たちは綾咲をタンカーの上に乗せると、そのまま彼女を何処かへと運んで行った。
最後に足達がゆっくりと歩かされながら部屋を出て行く──。
「残り二名……。どちらが善良な市民のために働けるのか……健闘を祈るよ……」
足達が部屋から出ていくと──バタンと、扉が閉まった。
部屋に残されたのは、気を失ったマコと清澄だけであった。
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