第19話「誰が電話しやがったゴラァァッ!!!」
綾咲は後ろ手で扉を閉めると鍵を掛け、毒づいたものだ。
「何なのよ、あいつは!」
苛立つ綾咲の呼吸は乱れていた。
「変態だよ、変態……」
マコも同様に頭を抱えてパニック状態に陥っていた。
全裸の上、湯上がりで拭くこともしなかったのでびしょ濡れであったが、ベッドの上に座り込んでブルブルと震えていた。
恐怖体験をしたお陰で、マコの目には涙が浮かんでいる。
『なんだ、おい? どうしたんだ? さっきの奴はどこに行った?』
扉の外で、様子を見に来た足達の声が聞こえる。ドンドンと扉を叩いてマコたちの安否を気遣った。
「あ、いやっ! ちょ、ちょっと待って!」
綾咲は自身がすっぽんぽんということもあり顔を赤らめ、声を張り上げ呼び掛ける。
二人が不審者に追われて逃げていた様を目撃した足達は気が気でないらしい。放っておけば今にも扉を破ってきそうだったので、綾咲は慌ててそれを制止した。
「な、何か着るものは……!」
ゴソゴソと棚を漁ると男女兼用の衣類が出てきたので、急いでそれに袖を通す。
「マコも何か着て!」
そう言いながら綾咲は、適当に見繕った衣服をマコに放った。
◆◆◆
マコたちから事情を聞いた足達は、事の重大さに神妙な顔付きになる。丁度、期限の三時間も経過したところなので、休憩していた面々に声を掛けてモニター室に集めた。
マコから覗き魔の話を聞いた一同は驚いた顔になる。
清澄だけは呑気に「ビックリしたよ。全裸の女の子たちが、廊下を駆け抜けて行くんだからさ」と、思い出しながら笑っていた。
マコは何だかムッとしたので「緊急事態だったから仕方ないよ!」と反論してやった。
「……ああ、そう言えば君、写真撮っていたよね? みんなに見せてあげたら?」
そう言いながら清澄が眼鏡の男に視線を送った。
「……え?」
──いつの間に……。
「……というか、カメラってなんなのよ。どこから持ってきたの?」
「【器物損壊】の部屋で、鑑識風の奴が持っていたものを、証拠品として借りておいたのさ。なかなか良い一眼レフカメラだったから……」
「呆れた! また誰かを貶めるつもりじゃないでしょうね!」
「そんなつもりはないよ」
マコの指摘に、眼鏡の男が苦笑いをする。
どうやらドサクサに紛れて眼鏡の男がシャッターを切ったことに間違いはないようだ。勿論、それを予見して最初からカメラを構えていたわけではないだろうが、そこにはマコたちの裸体が写っているに違いない。
綾咲が眼鏡の男の胸倉を掴み、凄みをきかせた。
「消しなさい。今すぐに! でないと……あんたを消すわよ」
「は、はいっ!」
綾咲の睨みに、偏屈であるはずの眼鏡の男も素直に返事をした。余程、恐ろしい殺気を放っていたのであろう。
眼鏡の男はカメラを取り出して、操作を始めた。
「すまないね。いきなりのことでビックリしてしまってね……。その覗き犯を追ったのだが、廊下の角を曲がったところで忽然と消えてしまってね。取り逃がしてしまったよ」
足達が申し訳なさそうに言う。マコたちが部屋に飛び込んだ後、足達は覗き犯を追ってくれたらしい。
「……で。誰が覗きなんてしたのさ?」
間石が部屋の中の男性陣の顔を見つめる。
「覗き犯っていうか、あれはもう乱入者よ! 乱入。許せないわ」
綾咲が眼鏡の男から間石に視線を移し、鋭い顔付きになる。
「中まで入ってきて、踊り出したんだから!」
綾咲はあのおぞましい光景を思い出したのであろう。顔を青褪めさせ、体をブルリと震わせた。
「……今なら許してもらえるかもしれないから素直に出て来いよ。誰がやったんだ?」
間石がケラケラと笑いながら男性陣の顔を見回した。
──すると、眼鏡の男はカメラから顔を上げてムッとした表情で間石を睨む。
「君は、僕達の中に覗き犯が居るっていうのか?」
「えっ? むしろ、どうして居ないっていうのさ?」
眼鏡の男の言葉に、間石は当然だろうといったように肩を竦めた。
「此処に閉じ込められているのは俺らだけなんだから、その中の誰かがやったに決まってるだろう! それとも何か? 俺達を閉じ込めた犯人が、わざわざ覗きなんてしに来たっていうのか? 監視カメラの映像を見てりゃあ良いのに、わざわざ気持ちが昂って出て来た、と?」
「そうだったかもしれないじゃないか……。うん、多分……」
眼鏡の男は言いながら口籠ってしまう。
いずれにせよ、この場に覗き犯が居たとしても自己申告してくれるわけもなく、あれこれ憶測が飛び交うばかりであった。
「……ん? というかさぁ……」
マコはふと何かに気が付いたように顔を上げる。
みんなの視線がマコに集まった。
「状況的に、間石君しか居ないじゃないの? 覗き犯……」
「は、はぁっ!? 何を言ってんだよ!」
犯人扱いされた間石が声を荒げた。
「俺がなんで覗きなんか……。する訳ねーだろ! そんな意味のねーこと、誰がするか!」
「それはそれで、私らに失礼な物言いなんだけれどね……」
綾咲が豊富な胸を強調するかのように腕で押さえながらポーズを取る。見る価値もないボディーと言われたかのようで、何だか嫌な気持ちがしたらしい。
「ははっ……」と、そんな綾咲に苦笑いしつつ、マコは話を続けた。
「……だってさ。私と綾咲ちゃんは被害者だし……足達教官とは廊下で会ったわよね。眼鏡君は写真を撮っていて、清澄君も目撃していたみたいだから一緒に居たってことだし……。だったら、あの場に居なかったのは必然的に間石君だけってことになるわよね?」
消去法で容疑者となるのは間石だけである。みんなの目が間石に向けられる。
「君もあの時、廊下に居たのか?」
「いや、居なかったかもしれないな……」
眼鏡の男に尋ねられ、間石はモゴモゴと口籠った。
どうやら、本当に間石はそこに居合わせていなかったらしい。だとすれば、状況的に犯人の可能性もぐんっと高まるわけである。
間石が追い詰められてまごついていると、それを遮るかのようにスピーカーから声が響いてきた。
『……お話し中、申し訳ありませんが……。何時になったら本題には入られるおつもりですか?』
スピーカーから響いてきた声は──マコたちをこの場に閉じ込めている犯人のものである。
みんなの表情が強張った。
それに──。
「……本題?」
犯人からの言葉の意味も分からなかった。本題とは、いったいなんのことだろうか。今は、覗き犯についてのことで頭がいっぱいであった。
『殺人事件の通報がありましたので、その犯人を上げて下さい。いつまでも、その議論に入らないので……失礼ながら割って入らせてもらいました』
「え……通報?」
スピーカーからの声に、みんなは驚いた表情になる。探るように、それぞれがお互いの顔を見詰めた。
「だ、誰が通報なんてしたの?」
綾咲の疑問符に、清澄も同意して頷いた。
「まったくだね。通報するだなんて、自分たちの首を締めるようなものじゃないか。わざわざ犯人にコンタクトを取らなければ、それまで快適に過ごせるっていうのにね」
清澄の指摘にも一理ある。通報したことによって事態が進展してしまった。前回の佐野と同様に誰かを犯人として吊し上げなければならないということである。
『今回の通報者は清澄さん……貴方ですが?』
ところが、そんな清澄に言葉を返すかのようにスピーカーから声がした。
「えっ……?」
それは清澄自身も予期していなかったようである。驚いたように目を見開いている。
「な、何を言っているのか分からないなー。僕は、通報なんてしてないぞ……」
『いいえ、清澄さん。貴方から通報がありました。虚偽通報は犯罪になりますよ』
犯罪──即ち、それは有無を言わさずに制裁を加えられることを意味する。初っ端の足達が暴行を受けた姿が思い返される。
清澄は慌てて反論をした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 本当に、僕じゃないんだ!」
『虚偽通報は犯罪です。虚偽通報は犯罪です……』
まるで呪詛のように、スピーカーからは警官の同じような言葉が繰り返さて聞こえてきた。
これ以上、否定することはやぶさかでないと悟った清澄は仕方なしに頷いてみせた。
「わ、わかったよ! 僕が通報したってことで構わないよ! 今、犯人を挙げるから、ちょっと待ってくれ!」
『分かりました。少々時間をあげましょう。こちらから、改めて折り返しますので、それまでに考えや証拠品を纏めておいて下さい。……ただし、虚偽通報は重罪であるということをお忘れなく』
「こ、心得ているよ!」
──プツッ! ツー、ツー!
まるで電話でも切られたかのように、スピーカーから終話音が流れた。
危うい状況ではあったが事なきを得て清澄は先ずはホッと胸を撫で下ろしていた。
──どうも、佐野の時とは勝手が違うようだ。今回は猶予時間が設けられている。その間に、動き回っても良いらしい。
「誰が電話しやがったゴラァァッ!!!」
清澄は怒りを露わにして、床を思い切りバンッと踏み鳴らした。凄い剣幕で、今にも飛び掛ってきそうな勢いだ。
「……えっ? 清澄君が通報したんじゃないの?」
マコはそんな清澄にも物怖じせず、平然と疑問を返した。
「通報なんてしちゃいないよ! 誰だっ!? 誰が通報したんだっ!」
清澄は順番に一同を睨み付けていった。──ところが当然の如く、名乗り出る者はいない。
怒りで冷静さが欠落していた清澄だが、ふと我に返って大きく深呼吸をする。思考をクリアーにするために自身の頭を掻き毟った。
「いや……それよりも、今はこの状況をどうやって切り抜けるかを考えなければな……。犯人をあげなきゃ、虚偽通報ってことで、僕の身が危うくなることだろう……」
そのことに気付いた清澄は──ふと何かを思い立ち、顔をニヤけさせた。
「……あ、いや、待てよ。これは僕にとっては、ある意味好機ともいえるかもしれない……」
「好機? どういうことだ?」
上官である足達の問い掛けに、清澄はフンッと鼻を鳴らして答えた。
「通報者が僕と言うことは、僕が誰かを犯人として挙げられるってことじゃないですか? ……ということは、逆に言えば犯人は……僕が決められるってことですよね?」
怪しく口元を歪めた清澄の顔が、この場の誰の目にも悪魔のように写ったものである。
──つまり、清澄の気分次第で、誰でも犯人として吊し上げられてしまうということだ。
「おい、おい。何を言ってるんだ! ここは、みんなで協力していくべきだろう」
足達が諭すように言ったが、最早清澄の耳には届いていないようだ。
逆にビシッと指を突き付けられてしまう。
「いいんですか、教官。僕にそんな口を聞いて? 貴方を犯人として、奴らに差し出してもいいんですよ?」
「うむむ……」
これには流石の足達も上手く反論ができないようだ。出掛かった言葉を飲み込んでしまう。
そんな緊迫した状況の中で真っ先に有益なことを言ったのは、覗き犯として立場が危うくなりつつあった間石であった。
「しょ、証拠品集め……今のうちに証拠品を確保しておかないと! 変な嫌疑を掛けられた時に、対抗する術がなくなっちゃうじゃないか!」
間石は叫び、いの一番に部屋から駆け出した。
佐野の時の眼鏡の男のように──何かしら、嘘に対抗するための手段は必要である。既にカメラやボイスレコーダーなどを所持している眼鏡の男とは違って、丸腰の者も多い。先の話し合いの様相を思い出し、足達も焦って部屋を飛び出して行った。
「ははっ! さ~て、誰をどう陥れてやろうかなぁ……」
清澄はニタニタと笑い、気合いを入れるために上着を脱いだ。それを部屋の隅に放ると、間石や足達の後に続いて行く──。
「ど、どういうこと……?」
この場で唯一、状況が理解できていないのはマコだけのようである。
「マコ。私たちも行くわよ!」
綾咲がマコの手を掴んで急かすが、首を傾げるばかりである。
「証拠をでっち上げられて犯人に仕立て上げられたら堪らないじゃない。こっちも、何か見を守るものを持っておいて、いざとなったら反論できるように備えておかないと!」
「ああ、なるほどね。だからみんな急いで行ったんだね」
ようやく状況を理解して呑気に呟くマコの手を綾咲は引いた。
そして、二人で手を繋いで一緒に部屋を飛び出して行ったのであった。
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