22-2 備えで神獣を凌駕しました

「……っ! エリノアさん、こっちへ!」


 避けたところで、首を振られて息吹が曲がりでもすれば焼き殺されるだけだ。


 防御をしなければいけない。



 きっと、痛恨の一撃をもらったことで赤竜の思考も冷静さを失ったのだろう。


 僕はこの絶好の機会を前に時空魔法の展開を始めた。


 エリノアがこちらに跳躍してくる頃には赤竜の息吹も臨界に達し、こちらの魔法陣も展開が終了する。


『これに耐えうるものかっ!』

「《次元収納》!」


 壁として展開するのは、道具の出し入れに使っていた空間だった。


 次の瞬間、竜の身すら飲み込みそうな息吹が放たれる。


 軌跡にあるもの全てを蒸発させ、一直線に向かってきた。



 ああ、これをそのまま受ければ熱量と圧を異空間が受け止めきれず、《次元収納》は崩壊して息吹に飲まれていたことだろう。


 それが見えていたからこそ、受け止める気はない。



 獣人領の宰相と通話したのと同じだ。


 この異空間は、特定の手順を踏めば同時にアクセスすることができる。


 僕の補助を担う《時の権能》なら、無論造作もない。


 こちらに迫った光線は異空間に飲まれ――テアのもとに寄り添っていたアイオーンが同時に開けた《次元収納》の裂け目から吐き出される。


『――っ!?』


 赤竜は息吹を咄嗟に止め、できうる限りに魔力を高めて防御に転じた。


 分厚い魔力の層に息吹が突き刺さったことで爆発が生じ、熱量が辺りに四散されていく。



 流石の神獣もこれで無事であるはずがない。


 これこそ、最大の好機だった。


「エリノアさん、竜が幽閉されていた結界に送ります」


 短く告げると共に魔力を高め、竜を喚んだあの空間座標を絞り込む。


 複雑な魔術式が刻まれた魔法陣が展開されていくと、当のエリノアはうっとりとその文様を眺めていた。


「ふふっ。ああ、いいだろう。君との逢瀬を待ちわびておこう。あと、結界の鍵はこちらが所有したままだ。女をあまり待たせると、怒って帰ることを肝に銘じておけ?」


 やがて道が開かれると彼女はひらひらと手を振り、その中に歩いて消える。


 道を閉じると共に、僕は息を吐いた。


 これでひとまずの勝利条件達成だ。


「エルッ。エルーーッ!」


 どっと溢れ出す疲れを堪えていたところ、テアが走ってきた。


 竜を殴るのに使用した右腕は過剰な魔力を行使したせいで見るも痛々しい血みどろになっており、ハグを求めて広げられる片腕と違ってぶら下がったままだ。


 全身を投げ出してくる彼女を受け止めると、相も変わらない満面の笑みを向けられた。


「くぅぅぅーっ! さっきの一撃は気持ちよかった!!」

「いやいやいや。普通ならその腕、再起不能だからねっ!?」

「私にはエルがいるから大丈夫ぅー」


 酔ったように、ふへへへとにやける彼女にはきっと何を言っても無駄だ。


 遠い、遠い存在に全力以上に一撃をぶち込めてランナーズハイになっている。


 火の勇者を処理したのとは違い、さぞ達成感があることだろう。


 まさしく犬のように興奮冷めやらぬ彼女を拘束するように抱き留め、どうにか《原型回帰》でその傷の応急処置を始めた。


 すると、遅れてアイオーンがやってくる。


「マスター、申し訳ありません。御しきれませんでした……」

「あはは……。まあ、結果よければ全てよしってことにしようね」


 僕も彼女も、実のところは無事と言えない。


 最後の息吹は《次元収納》から漏れた熱気すら尋常ではなく、かざした手の表層なんて焼け焦げているくらいだ。


 こちらもテアの腕と一緒に後で治療する必要がある。


「さて、ひとまず赤竜さんの無事も確認しようか」

「はい」


 深く、きつく抱きついたまま離れなくなったテアを抱えたまま、僕とアイオーンは赤竜のもとに向かって歩いていった。


 ぐつぐつと灼熱する大地の先で、竜は首をもたげていた。


 話すには不適な環境と見てくれたのだろう。


 どしどしとゆっくり歩いて場所を変えてくれた。


「赤竜さん、命に別状はありませんか?」


 片目は閉じたままで、体表はかなりが焼け焦げており、翼の皮膜もなくなっていた。


 けれども彼は頷きを返してくる。


『……見事だ。よもやここまで手痛くいなされるとは思わなんだ』

「僕らは勇者には力じゃ敵いませんから、それなりの手段を揃えていたんです」

『認めよう。汝の備えは我を凌駕した。人の身でありながら、よく苦難を排したものよ。我が全霊はこれ以上となく満たされた』

「そうっ! 赤竜も気持ちよかったでしょう!?」


 僕のひっつき虫はいまだに火照りきったままの顔を上げる。


 彼は何とも言い難そうな顔のまま、それについては無言でいなした。


『さて、我が盟友よ。手間ついでだ。今再び、この傷を癒してもらえぬか?』

「はい、わかりました」


 今までより一層砕けた調子の声に僕は応じるのだった。

 

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