9-1 コケと真菌の世界、マタンゴ霊洞

 僕らがこの砂界に来てから一週間以上は経過している。


 その間、ドワーフの手によって磨き抜かれた怪鳥の肩甲骨は、ボードとしての機能をより一層高めてスピードを獲得していた。

 もしかするといくつかの魔法も付与されているのかもしれない。


 けれども乗り心地はやはり置き去りにされたように思える。


「もう、エル。私にしがみついてもいいんだけどさ、足元にハンドルもついたよね?」

「あるけど、こんなのじゃいつか吹っ飛んじゃうって!?」


 腰やお尻にしがみついてちょっといやらしい雰囲気に――なんてことはない。


 割と全力で遠心力に抗っているだけだ。



 アイオーンは無言でいるけれど、彼女だって両手でハンドルを掴んだ上に尾を僕の腰に巻き付けている。


 こうして密着していないと吹っ飛ばされる恐れがあるわけだ。


 そういえば、揺れでアイオーンの角が刺さるなんてのも怖いけど大丈夫だろうか。


「またまたぁ。まあ、仮に投げ出されても礫砂漠じゃなければ痛くはないと思うよ」

「くぅっ。これはテア専用! 騎乗用の馬でも早く見つけよう!」

「えぇー。それだと遅いってばぁ」


 なんて言い合いながらも僕たちはマタンゴ霊洞の入り口に到着した。


 そこに立ち入る準備として目にはゴーグル、口にはマスクをつける。


 ゴーグルは魔物の半透明な素材から。

 マスクは簡単に言うと口部分しかないお面に布を張った感じの材質だ。


 二重になっているとはいえ、繊維の編み込みだけでは心もとない。


 確かにこれはフィルターの改善も欲しくなる。


「準備完了だね。テア。出現した変異種っていうのはどんな魔物?」

「大きなクモだって。中級の戦士、盗賊、魔法使いが奇襲に気づいても半壊したレベル。魔法使いの子が負傷して、戦士の攻撃は効かなかったから盗賊の子が逃げたみたい。上級に届くくらいの実力はあるかもね?」

「なるほど。僕らなら一対一でも苦労はしなさそうだね。とりあえず洞窟だから落盤が怖いし、生け捕りはしないで迅速に処理しよう」


 この辺りの事前確認は重要だ。


 互いに頷きを確認し、話を次に進める。


「僕は支援と索敵をするから、イオンは僕の護衛を。テアは前衛で敵を蹴散らして」

「はい、マスターの身の安全ならお任せを」

「私も了解。じゃあ、急ごう? 死ぬ前に助けてあげないとね」


 僕らが前にするのは礫砂漠にぽっかりと口を開けた洞窟だ。


 それぞれ冒険者のランクで言えばS級相当の実力はあるので躊躇うことはない。

 小走り程度の速さで侵入する。


「まずは掃除しておくよ。影矢!」


 周囲に影の矢を複数展開したテアは先行し、耳で音を捉えては魔物を射殺していった。


 犬から人相当の虫やキノコがこのダンジョンの魔物らしい。


 基本的に魔力はただそれだけでも攻撃や防御に運用でき、魔法でさらに複雑な使用が可能になる燃料だ。


 下級の魔物ならたとえ攻撃されても無傷だし、魔力を込めて振り払えば消し飛ばせる。


 けれど万が一、噛みつかれたり、火や毒などを吹きかけられたりしては痛い目を見る。


 子供でも、武器を持てば大人を殺し得るのと同じだ。


「必要ないだろうけど、気取れたものは潰しておいたよ。五十七本くらい放ったかな?」


 先行したテアに僕とアイオーンも追いつく。


 入り口は砂や石が入り込んでいたものの、すぐに乾いたコケが見えて様子が変わった。


 かつては溶岩の流れ道だっただけあり、分岐が激しい鍾乳洞とはまるで違う。


 綺麗にくり抜いたような一本道が地下へと傾斜しながら伸びていた。



 アイオーンは環境を見回す。


「現時点でもじっとりと湿度が高いですね。確認できるのはコケ、シダ類、そして真菌類ですか」


 溶岩洞の壁面はコケに覆われている。


 大小無数のキノコやシダが生えていることもあり、小さな虫型の魔物は見つけにくい環境だ。


 ヒカリゴケなどが放つ幻想的な光といい、妖精の世界かテラリウムにでも迷い込んだようにも思えた。


「この溶岩洞は見通しがいいし、魔物もほぼザコの初心者エリアだね。救助要請があるのは旧二等住宅街エリアだったはずだよ」


 警戒を終えたテアは目的の方向を指さす。


「テア、火は使っちゃダメだよ?」

「わかってる。この胞子だもんね」


 僕らが歩くと、シダがぶら下げる胞子のうやキノコの傘から花粉のように胞子が散っていく。


 単に通り過ぎるだけなら何年も掃除をしていない倉庫並みでも、ここで戦闘をした上に火を扱えば粉塵爆発だって起きかねない。


 酸素不足も崩落も怖いので絶対に避けなきゃいけないことだ。


「よし。目的のエリアの入り口はここだね? 《空間走査》」


 下りの一本道に、ぽっかりと開いた横穴を見つける。


 僕はそこで手のひらに球場の魔力を集め、それを弾けさせた。


 魔力は何かに触れる度に細分化し、ピンボールのように反射して散っていく。


 そうして広がることで、距離などのデータが魔法陣にどんどん集まるという術式だ。


 手の平の魔法陣上には立体の地形図ができており、遮蔽物が多いほど末端の構造はぼやけて映っている。


 歩いて進むごとに魔力を散らせば地形はより鮮明に映し出されていった。

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