7-1 スローライフに向けた医薬品準備

 鉱山病の治療薬のため、僕は新居の工房で地味な研究作業をし続けていた。


 錬金術による成分の抽出と単離は基本の技だ。

 例えば酸性の液体や気体を作りだしたり、単なる水や油を作り出したりして成分を溶かし込んだら別容器に移し、溶媒を消し去るだけでいい。


 おまけに時空魔法には重力操作の魔法もあるので加圧と減圧も自由。


 成分の最終確認は時の権能による《解析》で確定できる。


「はい。これでエタノールやジエチルエーテルに続いて、ケシからのモルヒネの抽出完了っと」


 エタノールは酒の蒸留で。


 ジエチルエーテルはそのエタノールを強酸と混ぜて加熱し、そこから出る気体を冷やして集めた。


 モルヒネはケシからアヘンを作り、とある薬品で処理してからろ過と濃縮などをしてモルヒネを結晶化させる長い道のりだったが、時の権能もあって短期間で生成できた。


「まあ、これは重症例に対応する時用だね。軽症用の方もそろそろ次の段階に進められそうだし、順調かな」


 僕は窓辺に置かれた鳥かごに目をやる。


 そこには弱ってうずくまるばかりだったカナリアを数羽入れていたのだが、かご内の枝に飛び乗るくらいには元気になっている。


 けひゅん! とたまに起こすくしゃみと、それで吐き出される黒い飛沫。

 それだけでも自分の処置の効果が確認できる。


「ところでテア。いつまで一緒に座っているの?」

「ん。気にしないで」


 その間、テアとアイオーンは二人で魔物を狩って売りさばき、家に必要なものを買い揃えてくれたりしていた。


 ただ、その作業もある程度終わって今日はずっと引っ付いている。


「いや、気になるっていうか……」


 腰に腕を回して後ろから抱きついてくるだけならまだいい。


 けれどテアは足先同士を撫でるように擦り合わせてきたりする。



 まあ、それくらいはこそばゆいだけで済むけれど、問題は手の行方だ。


「あのさ……」

「いいの。反応がちょっと楽しくなってきちゃった」


 足先と同じようにかりかりと掻くように触れられれば、体は反応する。


 そうやって自分が何かをして徐々に変化が起こることをテアは楽しみだしたらしい。


 正直、作業どころではなくなってきた。


 昼夜問わず幸せなスローライフ。

 勇者をのさばらせたままだと昂れなくて不完全燃焼。


 テアの発言はどっちが正しかったんだろうか。


 振り返ってその顔を見てみると、狩りに興奮した獣のように瞳孔が細まっている。


 背に当たる胸越しに心臓の強い鼓動まで伝わってきた。


「……こんな日がさ、これからも続けばいいよね」


 僕がぼそりと呟いてみると、テアは止まった。


 これからといえば、越えなきゃいけない壁があるわけで。

 彼女もそれを思い出したらしい。


「どぼじで今それを言うのぉー!」

「残念だけどこの後に用事があるんだよね。あと乙女が出しちゃいけない声が出てるよ」

「……うん、出した」


 はぁぁぁ……と深くため息を吐いた彼女は背にこつんと頭を預けてきた。


 そして彼女は一度気合を入れるように息を吸って背を伸ばす。

 多分、さっきみたいな気分に戻れるかチェック中なのだ。


 けれどあえなく失敗したらしい。テアはかくんとまた項垂れる。


「ぬぁぁぁ、もうっ。この空気じゃもう無理ぃ……」


 彼女は不完全燃焼になった熱量をミシミシと締め付けるハグに変えたが、それでも解消できないらしい。


 ふらりと立ち上がる。


「手配されている魔物でもぶち殺してくるぅ……」

「いってらっしゃい。遠出はしないようにね」


 自分の身を抱いて悶えながらに彼女は出ていった。


 すると、偶然にもすれ違ってアイオーンが入室してくる。


「マスター。治験に賛同された鉱夫が到着されました」

「あー、うん。行くのはちょっと休憩してからにさせて……」

「はい。しばらくは待つようにと言ってあります」


 椅子から立とうとして、ゆるゆると座り直したところをアイオーンはどう見ただろう。


 気まずい間が通り過ぎる。


 彼女はいつもと変わらない顔のまま、後ろ手でドアの鍵を閉めた。


「なるほど。休憩が、必要なのですね?」


 彼女は大きな尻尾をふるふると揺らしながら近づいてくるのだった。

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